大雪の放課後、ふたりきりの秘密の夜と温かいスープ
二月中旬。
暦の上では春が近づいているはずだったが、その日の午後から空は急激に暗くなり、冷え込みは容赦なく体を刺すような寒さへと変わっていた。
「うわっ、マジか……! 外、雪が吹雪いてやがるぞ!」
放課後の教室で、窓の外を見た佐藤が信じられないといった声を上げた。
私も慌てて窓の外を眺めると、舞い散るどころか、視界を遮るほどの激しい大雪がアスファルトを白く染め上げ始めていた。
「これ、電車止まるんじゃねえか……? お前ら、早く帰ったほうがいいぞ!」
佐藤は慌ててカバンを掴むと、自分の彼女を迎えに行くために一目散に教室を飛び出していった。
教室に残されたのは、私——藤野葵と、斜め前の席に座る長谷川凛だけだった。
長谷川は静かに立ち上がると、窓の外の猛吹雪を見つめ、少し困ったような、しかしどこか嬉しそうな、複雑な表情を浮かべた。
(……これ、間違いなく電車もバスもストップするパターンだな)
私は自分の席から立ち上がり、長谷川の元へと歩み寄った。
周囲には誰もいない。学校の生徒はみんな急いで下校したか、部活を早めに切り上げていた。
「凛、大丈夫か? この雪だと、帰りの足が完全になくなりそうだけど……」
「ええ……さっきスマホで確認したら、最寄りの電車も、バスも、すでに運行見合わせになっていたわ……」
長谷川は困ったように眉をひそめながらも、そっと私を見上げてきた。
その瞳の奥には、隠しきれない期待と、ほんの少しのドキドキが揺れていた。
「……となると、行く場所は一つだな」
「……そうね。あなたの実家、『パティスリー・フジノ』の裏口へ直行するしかなさそうね……」
長谷川はふっと小さく微笑むと、私の制服の袖をキュッと指先で掴んだ。
表向きは「交通機関の麻痺によるやむを得ない避難」、実質的には——大雪がもたらした、願ってもないお泊り(?)級のふたりきりの夜の始まりだった。
◇
三十分後。
激しい吹雪の中を二人で肩を寄せ合って走り抜け、何とか実家の洋菓子店『パティスリー・フジノ』の勝手口へと滑り込んだ。
「はぁ……っ、寒い……! 雪が髪に積もっちゃった……」
店の中に入り、長谷川はコートを脱ぎながら、冷えた両手で自分の頬をパタパタと覆った。
外の寒さのせいで、彼女の白い頬や耳たぶは赤く染まり、いつも以上に可愛らしさが際立っている。
「ほら、ストーブつけるからこっちに来て。風邪ひいちゃうよ」
私は奥の休憩室の石油ストーブに火をつけ、温かいお湯を沸かし始めた。
外ではビュービューと猛烈な風が窓ガラスを叩いている。
世界から切り離されたような、二人だけの秘密の空間。
「ふぅ……生き返るわ……」
ストーブの温かさに包まれ、ソファに腰を下ろした長谷川が小さく息をついた。
彼女は自分の足元を温めながら、じっと私の作業を見つめている。
「ねえ、葵」ん?
「ん?」
「……こんな大雪になるなんて、思わなかったわね。帰り道、寒くて凍えそうだったけれど……でも、こうして葵と一緒にお店に逃げ込めて……少しだけ、嬉しかったりして……」
最後の方は蚊の鳴るような小さな声になり、長谷川は恥ずかしそうに顔をそむけた。
その素直すぎる言葉に、私の胸の奥がキュンと締め付けられる。
「俺もだよ。こんな天気は困りものだけど、凛と一緒に温まれる口実ができたのは……悪くないかな」
「——っ! も、もう……サラッとそういうこと言うんだから……!」
顔を真っ赤にして両手で顔を隠す長谷川。
そんな彼女の姿を見ていると、ふとお腹の虫が「キュルル〜」と控えめな音を鳴らした。
「あ……」
長谷川の顔がさらに真っ赤になり、自分の小さなお腹を両手で押さえた。
「そっか、お腹空いたよね。電車が動くまでまだ時間かかりそうだし、何か簡単なものでも作るよ。冷蔵庫にある食材で、温かいスープパスタでもどう?」
「ほんと……? お手伝いするわ。私だって、もう足手まといにはならないんだから」
長谷川は気合十分といった様子で立ち上がり、ミニエプロンを迷いなく装着した。
◇そこから始まった、大雪の日の特別ディナー作りだった。
お湯を沸かし、パスタを茹で、冷蔵庫にあったベーコンとキノコ、そしてたっぷりのトマトクリームソースを絡める。
狭い厨房の中で、二人でぶつかりそうになりながら料理をする時間が、たまらなく愛おしかった。
「あ、そこ、ソースが跳ねるから気をつけて」
「きゃっ……!」
ソースが跳ねたのを避けようとした長谷川がバランスを崩し、私の胸元へと飛び込んできた。
反射的に彼女の腰を両手で支える私。
「だ、大丈夫か?」
「う、うん……ありがとう、葵……」
至近距離。
長谷川の甘いシャンプーの香りと、彼女の柔らかい体温がダイレクトに伝わってくる。
外の吹雪の音なんてかき消されるくらい、お互いの激しい心臓の鼓動が重なり合っていた。
「……ねえ、葵」
「ん……?」
「……こうしてると、外がどんなに吹雪いていて世界が終わろうとしていても……ここだけは、すごく安全で、すごく温かい場所みたい……」
長谷川は上目遣いで私を見つめ、ふわりと優しく微笑んだ。
その笑顔は、どんな高級なスイーツよりも甘く、美しかった。
◇
三十分後。
出来上がった『特製ベーコンとキノコの濃厚トマトクリームスープパスタ』を二人で向かい合って食べた。
「んん〜っ……♡ 美味しい……っ!」
一口食べた長谷川の瞳が、幸せそうに大きく見開かれた。
冷え切った体に温かいスープが染み渡り、彼女の表情がみるみるうちにトロけていく。
「外があんなに寒いから、余計に美味しく感じるね」
「ええ。葵が作ってくれたから、世界一美味しいわ……! ねえ、一口あげる」
彼女はフォークにパスタをクルクルと巻き、私の口元へと差し出してきた。
いわゆる、王道の「あーん」の体勢。
「じゃあ、いただきます」
パクッと食べると、トマトの酸味とクリームのコク、そしてキノコの旨味が口いっぱいに広がる。
「どう……? 美味しい……?」
「最高だよ。シェフの腕が鳴る味だね」
「でしょ? 私も手伝ったんだから、味の保証はバッチリよ!」
得意げに胸を張る長谷川。
外では依然として激しい雪が降り続いていたが、この小さな洋菓子店の裏口だけは、世界で一番温かい魔法に包まれていた。
パスタを綺麗に平らげたあと、私たちは温かい紅茶を飲みながら、並んでソファに腰掛けた。
肩と肩が触れ合う距離。
外の嵐が収まるまでの限られた時間。
「ねえ、葵」
「ん?」
「……今日の夜、電車が動くまで……ずっと、こうしていてもいいかしら……?」
長谷川は少しだけ恥ずかしそうに、でもしっかりと私の肩に頭を預けてきた。
「もちろん。朝までだって、ずっと一緒だよ、凛」
「……うん。約束、ね……」
彼女は安心したように目を細め、私の手のひらに自分の手を重ねてきた。
恋人繋ぎ。
二人の指先がしっかりと絡み合い、外の寒さを完全に忘れさせてくれるほどの確かな温もりを伝えていくのだった。
(第20話・おわり)
お読みいただきありがとうございました!
第20話では、大雪の放課後に起きた「秘密の足止め(留宿級)」と、ふたりきりの温かいスープパスタ&甘々密着タイムをお届けしました!
吹雪の中の閉ざされた空間で距離がさらに縮まる展開、楽しんでいただけましたでしょうか?
【読者の皆様へお願い】
「大雪シチュエーションが甘すぎて尊死した!」「二人でパスタを食べるシーンが最高にエモい!」と思っていただけましたら、
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次回第21話もお楽しみに!




