氷山副会長の逆襲と、放課後の甘い作戦会議
二月上旬。
寒さは一層厳しさを増し、街路樹の枝からはすっかり葉が落ちて、冬の深まりを感じさせる季節になっていた。
放課後の教室。
窓の外を眺めると、どんとした灰色の空から、いつ雪が降ってもおかしくないような冷たい風が吹き付けている。
「ふぁあ……ねむ……」
佐藤が大きな欠伸をしながら、カバンを肩に担いで教室を出ていく。
「おい藤野、今日の買い出し手伝えなくて悪いな! 彼女とデートだから!」と、リア充全開のセリフを残して去っていった。
(デートね……こっちだって、毎日放課後が実質デートみたいなものだけどさ)
心の中で苦笑しながら、俺——藤野葵は教科書を机にしまい、斜め前の席に視線をやった。
長谷川凛は、相変わらず隙のない美しい姿勢で、生徒会のノートに何かを几帳面な文字で書き留めている。
——しかし、よく見ると彼女のペンを持つ手がわずかに震えており、耳たぶから首筋にかけてうっすらと赤らんでいた。
(……さては、さっき佐藤が「彼女とデート」って言ったの聞いて、意識しちゃったな?)
俺が心の中でクスリと笑っていると、長谷川はハッと気づいたように背筋を伸ばし、何食わぬ顔でこちらをチラリと一瞥した。
そして、誰も見ていない隙を突いて、すっと左手の薬指をトントンと軽く叩いてみせた。
(『今日の放課後、いつもより少し早めに行くわよ』の合図だな)
俺がペンを二回カチカチと鳴らして返答すると、長谷川はふっと誇らしげに、しかし照れくさそうに口元を緩めた。
◇
十五分後。
実家の洋菓子店『パティスリー・フジノ』の裏口。
鍵を開けて厨房に入り、手を洗おうとした、その時だった。
コン、コン、コン——。
いつもより少し早いノック音のあと、ガチャリと扉が開き、制服姿の長谷川が滑り込んように入ってきた。
「お疲れ様、凛。今日は一段と早いね」
「……っ! だ、だって……!」
長谷川はパタンと扉を閉めると、いつものようにカバンを置き、スタスタと俺のすぐ目の前まで歩み寄ってきた。
今日の彼女は、なぜかいつもより目が据わっているというか、妙に気合が入っているように見える。
「どうしたの、そんなに急に近づいて……」
「……ねえ、葵」
「ん?」
「私、最近思っていたのよ……」
長谷川は両手を腰に当て、少しふてくされたような、それでいて最高に可愛い顔で俺を見上げた。
「いつも葵ばかり、私をドキドキさせて……美味しいお菓子で翻弄して……私を可愛い可愛いって、子ども扱いするでしょう?」
「え? いや、子ども扱いなんてした覚えはないけど……」
「あるわよ! この間だって、頭をなでたり、急に甘い言葉を言ったりして……! 私だって、一応『氷山の副会長』として学校で恐れられている身よ?」
「いや、ここでは生徒会関係ないでしょ……」
「関係あるわよ!」
プッと頬を膨らませる長谷川。
彼女は一度大きく深呼吸をすると、決心したようにグッと拳を握りしめた。
「だからね……今日は、私から……葵をドキドキさせ返してやるんだから……っ!」
「は……? えっ……?」
驚く暇もなかった。
長谷川はスッと一歩踏み出し、逃げ場を塞ぐように、俺のすぐ横の作業台の壁に「ドンッ」と両手をついたのだ。
——いわゆる、逆壁咚(逆ドン)の体勢。
至近距離。
長谷川の美しい黒髪がふわりと揺れ、甘いシャンプーの香りと彼女の熱い吐息が俺の顔全体を包み込む。
「——っ!?」
予想外すぎる反撃に、俺の心臓は一撃で限界突破の音を立てた。
学校の冷徹な氷山副会長が、顔を真っ赤に染めながら、必死に強がって俺を覗き込んでいるのだ。
破壊力が規格外すぎて、頭の中が真っ白になりそうになる。
「ふ、ふふ……どう? これなら、少しは驚いたかしら……?」
強気に笑おうとしているのだろうが、その声はめちゃくちゃ震えており、耳たぶから首元まで茹でダコのように真っ赤だった。
自分で仕掛けた癖に、恥ずかしさのあまり泣き出しそうな顔をしている。
(……可愛すぎるだろ、まじで……反則だぞ、それは……)
「……うん、めちゃくちゃ驚いたし、めちゃくちゃドキドキしてるよ、凛殿」
「っ……! しょ、当然よ……! 私だって、たまには……こうして、葵を困らせたいんだから……っ!」
そう言いながらも、長谷川はだんだんと自分の顔の近さに耐えきれなくなってきたのか、視線を泳がせ、耳まで真っ赤にして小さく縮こまり始めた。
「で、でも……その、やっぱり……こ、こういうの、慣れてなくて……近い……かも……」
さっきまでの強気はどこへやら、一瞬でしおらしい子猫ちゃんモードに戻ってしまう長谷川。
そんな彼女が愛おしくてたまらなくなり、俺はそっと両手を伸ばし、彼女の華奢な腰を優しく引き寄せた。
「っ……!? あ、葵……?」
「仕返しは嬉しいけどさ、調子に乗りすぎると、こっちも反撃しちゃうよ?」
「はん、げき……っ!?」
俺がそのまま体を押し返すようにして、今度は彼女を作業台と俺の腕の中にすっぽりと閉じ込める形(本当の壁ドン)へと体勢を入れ替えた。
「ひゃっ……!?」
立場が逆転した瞬間、長谷川の瞳が驚愕で見開かれ、顔面の温度が一気に跳ね上がる。
「あ、あなた……これじゃあ、さっきと……っ!」
「僕ばっかりドキドキさせられて不公平って言ったのは、凛だろ? だから、お相子様だよ」
「〜〜〜っ! ずるい……! そんなの反則よ、バカ葵……っ!」
恥ずかしさのあまり両手で顔を覆い、俺の胸元に額を押し付けてジタバタとジタバタする長谷川。
その可愛さは、もはや地球の理を超えていた。
◇
しばらくの間、お互いに赤面しながらも、厨房の隅でそんなイチャイチャとした攻防を繰り広げたあと。
ようやく落ち着きを取り戻した俺たちは、並んで作業台に立ち、今日の試作品作りを始めた。
「もう……葵のいじわる……」
エプロンを整えながら、まだ少し頬を朱に染めたままボウルを混ぜる長谷川。
その口元には、不満そうなふりをしながらも、隠しきれない満面の笑みが浮かんでいた。
「ごめんごめん。でも、凛のそういう可愛い一面を見せてくれて、すごく嬉しかったよ」
「……っ……もう、次はもっと上手くやってみせるんだから……!」
負けず嫌いを発動させる長谷川。
そんな彼女と一緒に笑い合いながら、甘い生地をオーブンへと流し込む。
外の冬の風がどんなに冷たくても、この小さな厨房の中だけは、二人の甘い体温と笑い声で、いつまでも春のように温かかった。
(第19話・おわり)
お読みいただきありがとうございました!
第19話では、長谷川さんの可愛すぎる「逆壁ドン(逆ドン)」の反撃と、そこからやり返される甘々ラブラブな厨房の攻防戦をお届けしました!
氷山副会長の尊すぎるギャップとデレデレ具合、楽しんでいただけましたでしょうか?
【読者の皆様へお願い】
「長谷川さんの逆ドンが可愛すぎて悶絶した!」「二人とも甘すぎて血糖値が上がる!」と思っていただけましたら、
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次回第20話もお楽しみに!




