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12/24

聖夜の特別なケーキと、解け切った氷の熱

十二月二十五日。聖誕節當夜。

洋菓子店『パティスリー・フジノ』にとって、一年で最も忙しく、息つく暇もない大激戰の一日が、ようやく終わりを告げようとしていた。

ショーケースにズラリと並んでいた聖誕限定ケーキは全て完売。

外の通りは、色とりどりのイルミネーションと舞い散る粉雪に包まれ、聖夜の静寂が少しずつ街を覆い始めていた。

「ふぅ……なんとか全部売り切れたな……」

俺——藤野葵(ふじの あおい)は、エプロンで汗を拭いながら、厨房の片付けを終えた。

疲れはピークに達していたが、俺の心臓は朝からずっと心地よい緊張感で跳ね続けていた。

(今日の約束……長谷川さん、来てくれるよな……)

一週間前の初雪の日、街のイルミネーションの下で交わした『聖誕節當天,也讓我吃試作品』という密かな約束。

時計の針は、すでに夜の八時半を回っていた。

さすがに遅くなりすぎただろうか、と少し不安がよぎったその時——。

コンコン、コンコン。

勝手口の扉から、いつもより少し小さく、控えめなノック音が響いた。

◇

俺が急いで鍵を開けて扉を開けると、そこには帽子を深くかぶり、真っ白なコートにマフラーを埋めた長谷川凛(はせがわ りん)が立っていた。

「……お疲れ様、葵。遅くなってしまって……ごめんなさい」

「長谷川さん……! ううん、全然大丈夫だよ。来てくれて嬉しい」

長谷川はすっと勝手口から中に入ると、パタンと扉が閉まった瞬間、小さく吐息を漏らした。

「ふはぁぁ……っ……生徒会の年度末資料の整理が思ったより長引いちゃって……約束の時間に遅れるかと思って、走ってきたの……」

よく見ると、彼女の白い頬は走ってきたせいか、ほんのりと朱に染まり、息が少し乱れていた。

マフラーの隙間から覗く耳たぶも、寒さと熱気で真っ赤になっている。

「そんなに急いでくれたんだ。寒かったでしょ、入って入って」

俺が彼女を厨房の奥の小さな休憩室へと案内すると、長谷川はソファに腰を下ろし、そっとマフラーと帽子を外した。

艶やかな黒髪がサラリと肩にこぼれ落ちる。

私服姿に冬のコートを纏った彼女は、学校の「氷山の副会長」とはまるで別人のように、儚く、そして息を飲んでしまうほど美しかった。

「……葵、今日ずっとお店の手伝いだったんでしょ? すごく大変だったんじゃないかしら……」

「忙しかったけど、すごくやりがいがあったよ。それに……長谷川さんが来ると思って、とっておきのケーキを仕込んでおいたんだ」

「……私だけの……特別……?」

長谷川の瞳が、まるで子供のようにキラキラと輝き始めた。

その潤んだ瞳に見つめられ、俺の胸がドクンと激しく跳ねる。

「ちょっと待っててね、今持ってくるから」

◇

俺が冷蔵庫から取り出し、テーブルの上に置いたのは——。

真っ白な粉雪のようなシュガーパウダーが散らされた、特製の『苺とホワイトチョコのプレミアム・ミルフィーユ』だった。

香ばしく焼き上げられた幾重にも重なるパイ生地の間には、濃厚なホワイトチョコカスタードと、甘酸っぱい真赤なイチゴが贅沢に挟まれている。

「……わぁ……っ……!」

長谷川は両手を口元に当て、感嘆の声を漏らした。

「これ……今日お店で売っていたクリスマスケーキとも違うの……?」

「うん。長谷川さんのために、個人的に作った特別仕様なんだ。ホワイトチョコの甘さとイチゴの酸味が、きっと長谷川さんの好みに合うと思って」

「……私のためだけの……」

長谷川は噛みしめるように呟くと、ゆっくりとフォークを手に取った。

ザクッ、と心地よい音を立ててパイ生地がカットされる。

彼女は小さく一口サイズにすくうと、そっと口へと運んだ。

「……んん……っ♡」

瞬間、長谷川の瞳がうっとりと細められた。

頬がカッと朱に染まり、両手が自然と自分の頬に添えられる。

一口食べるごとに、彼女の防衛線が完全に崩れ去り、とろけるような笑みがその美しい顔全体に広がっていった。

「……美味しい……っ。パイが信じられないくらいサクサクで……ホワイトチョコのコクが……こんなの、反則よ……」

「ふふ、喜んでもらえてよかった。パイ生地の折込回数を、いつもより多くしてサクサク感を強調したんだ」

「……ずるい……。葵のお菓子を食べると、私……どんどん駄目になっていく気がするわ……」

幸せそうにミルフィーユを味わう長谷川。

学校での冷酷で無敵な副会長の姿はどこにもない。

いま目の前にいるのは、俺の作ったスイーツ一口で完全に骨抜きにされ、俺だけに無防備な素顔を見せてくれる愛おしい少女だけだった。

◇

ミルフィーユを綺麗に平らげた後、長谷川は温かい紅茶を飲みながら、静かに外の景色を眺めていた。

小窓の向こうでは、静かに雪が降り積もっている。

部屋の中には、二人の静かな息遣いと、小さな時計の針の音だけが響いていた。

「……ねえ、葵」

「ん?」

「……私ね。ずっと、誰かと深く関わるのが怖かったの」

長谷川はカップを両手で包み込んだまま、ぽつりと語り始めた。

「期待されたり、勝手に『氷山の副会長』っていうイメージを押し付けられたり……。だから、誰も寄せ付けないように、ずっと冷たいフリをしてた」

「長谷川さん……」

「……でもね。葵は違ったわ」

長谷川がゆっくりと顔を上げた。

その瞳には、今まで見せたどんな表情よりも深く、温かく、そして切ないほどの愛おしさが宿っていた。

「……私に無理な期待もせず、ただ美味しそうにお菓子を食べる私を、優しく笑って見ていてくれた……。ここに来る時間だけが、私にとって唯一……本当の自分でいられる場所だったの」

長谷川はそっと手を伸ばし、俺の服の袖をギュッと握りしめた。

その力加減は、いつもよりずっと強く、そして震えていた。

「……だからね。私……葵のことが……」

「——っ!」

息が止まる。

言葉の意味を理解した瞬間、俺の全身の血が激しく巡り始めた。

お互いの視線が、逃げ場のない距離で絡み合う。

彼女の甘い吐息と、熟したイチゴのような耳たぶ。

あと数センチ顔を近づければ、唇が触れ合ってしまいそうなほど至近距離だった。

(……言いたい……俺も、長谷川さんのことが……)

けれど、長谷川は握りしめた袖をさらに強く引き寄せると、照れくさそうに、でも必死に自分の顔を俺の胸元に預けてきた。

「……っ……言わない……まだ、ちゃんと言わないわ……笨蛋(バカ)葵……」

「え……?」

「……だって……こんな素敵なクリスマスに、簡単に伝えちゃったら……勿体無いじゃない……」

俺の胸の中で、小さく呟く長谷川。

彼女の心臓も、俺と同じくらい激しく、狂おしいリズムで打っていた。

「……これからも……ずっと私のために……美味しいお菓子、作ってくれる……?」

「……もちろん。長谷川さんが望むなら、一生でも作るよ」

「……ふふ。じゃあ、合格ね……」

長谷川は俺の胸の中で嬉しそうに微笑むと、さらにギュッと抱きついてきた。

告白という形式的な言葉は、まだ交わしていない。

戀人という関係へ踏み出すには、あとほんの一歩の勇気が必要なのかもしれない。

けれど、聖夜の雪が静かに街を包み込むように。

二人の間に紡がれた『秘密の協定』は、もう誰にも引き裂けないほど深く、甘く、確立されたものになっていたのだった。

(第12話 おわり)

お読みいただきありがとうございました!


第12話では、聖誕節當夜の特別甜點與告白前夕極致心動的「告白未遂(?)甘々展開」をお届けしました!

長谷川さんの本音と、二人の解け切った距離感を楽しんでいただけましたでしょうか?


【読者の皆様へお願い】

「聖夜の二人が甘すぎて尊死した!」「告白寸前の緊張感がたまらない!」と思っていただけましたら、

ページ下部の**【ブックマーク追加】や【評価(★★★★★)】**をいただけますと、毎日の執筆の大きな大きな勵みになります!


次回第13話は**「初詣與三日連休!私服和服姿の長谷川さんと、新年の秘密デート」**をお送りする予定です。

ぜひブックマークしてお待ちください!

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