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イルミネーションの街と、冬の日の特別な約束

十二月半ば。

期末テストが明け、学園内にはどこか浮ついた冬休みの気配が漂い始めていた。

廊下の窓から外を眺めると、どんよりとした鉛色の雲が広がっており、今にも初雪が舞い降りてきそうな冷え込みだった。

「うぅ……寒っ! 今日の夜、雪が降るらしいぞ」

「マジで? いよいよクリスマスって感じだなー」

教室のあちこちで、寒さに身を縮こまらせながら生徒たちが雑談を交わしている。

俺——藤野葵(ふじの あおい)は、自分の席でマフラーを巻き直しながら、斜め前の長谷川凛(はせがわ りん)の背中を見つめていた。

長谷川は相変わらず凛とした立ち姿で、生徒会の連絡書類を整理している。

コートを羽織る姿すら様になっていて、すれ違う男子生徒たちが思わず見惚れてしまうほどの美しさだ。

……だが。

彼女は放課後を告げるチャイムが鳴った瞬間、そっと右手で自分の「右耳たぶ」を触った。

(……『今日も行く』の合図だ)

俺がペンを二回カチカチと鳴らして返答すると、長谷川は背中越しに嬉しそうに肩を揺らした。

◇

十五分後。

実家の洋菓子店『パティスリー・フジノ』の裏口。

寒さで白くなった息を吐きながら厨房に入ると、すでに先回りしていた長谷川が小さなソファで丸くなっていた。

「ふはぁぁ……っ……寒い……」

「お疲れ様、長谷川さん。今日は本当に冷え込むね」

「ええ……手が凍りつきそうだわ……」

そう言いながら、長谷川は自分の両手に「はぁー」と息を吹きかけている。

学校での完璧な副会長の姿から、一瞬で「暖を求める無防備な少女」へと切り替わるこの瞬間が、俺はたまらなく好きだった。

「はい、今日の試作品だよ。体の中から温まるように仕込んできたんだ」

テーブルに置いたのは、熱々の『焼きたてフォンダン・ショコラ〜温かいフランボワーズソース添え〜』だ。

「……フォンダン・ショコラ……?」

長谷川の瞳がキラキラと輝き始める。

彼女が慎重にフォークを入れ、生地を割ったその瞬間。

中からとろ〜りとした濃厚な熱々ショコラが溢れ出してきた。

「……っ……♡」

一口頬張った長谷川の顔が、ぽっと朱に染まる。

「……美味しい……っ。外はサクッとしてるのに、中はとろけて……ベリーの酸味がアクセントになっていて……すごく温まるわ……」

「ふふ、喜んでもらえてよかった。冬の限定メニューとして出そうか迷ってたんだ」

「……限定にするのは勿体無いくらい美味しいわ。……私、毎日でも食べたい……」

幸せそうに頬を緩める長谷川。

彼女が夢中でショコラを味わっているのを見ているだけで、俺の胸の中までじんわりと温かくなっていくようだった。

◇

フォンダン・ショコラを平らげた後、長谷川は温かい紅茶のカップを両手で包み込みながら、どこか遠くを見るような目をした。

「……ねえ、葵」

「ん? どうしたの?」

「……駅前の大通り、もうイルミネーションが飾られているらしいわね」

「あ、そうだね。もうそんな季節か」

「……クラスの女の子たちが話していたの。すごく綺麗で……カップルがたくさんいるって」

ポツリポツリと呟く長谷川。

彼女はカップを見つめたまま、そっと自分の制服の裾をギュッと握りしめた。

「……長谷川さんは、見に行かないの?」

「……見に行きたいけれど……私、一人で行くのは……その……」

照れくさそうに、恥ずかしそうに言葉を濁す長谷川。

その耳たぶは、熟したイチゴのように真っ赤に染まっていた。

彼女が何を言いたいのか、俺には痛いほど伝わってきた。

「……じゃあ、今から一緒に行く?」

「えっ……!?」

長谷川が勢いよく顔を上げた。

目を見開き、驚きと期待が混ざり合ったような表情で俺を見つめてくる。

「い、いいの……!? 葵、忙しいんじゃ……」

「店の手伝いはもう終わってるし、長谷川さんと一緒に行けるなら俺も嬉しいよ」

「〜〜〜っ!」

長谷川は慌てて両手で顔を覆った。

指の隙間から覗く瞳は潤んでいて、嬉しさを必死に噛み殺しているのが丸分かりだった。

「……バカ……そういうこと、さらっと言わないでよ……っ」

◇

三十分後。

駅前の大通り。

色とりどりのLED電球で彩られた街頭の樹木が、冬の夜空の下で幻想的な光を放っていた。

「……綺麗……」

コートの襟を立て、帽子を深めにかぶった長谷川が、うっとりと街並みを見上げていた。

街を行き交う人々は、寒そうに肩を寄せ合うカップルばかり。

その中で、俺と長谷川は少しだけ距離を空けて歩いていた。

(……学校の誰かに見られたらマズイしな……)

俺がそう考えて少し控えめに歩いていると、長谷川が突然足を止めた。

「……長谷川さん?」

「……遠い……」

「え?」

「……葵との距離、遠いわ……」

長谷川は俯いたまま、小さく不満そうに呟いた。

そして、おずおずと手を伸ばすと——俺のコートの袖口を、キュッと力強く掴んできたのだ。

「……街中だし、人混みで離れたら困るから……こうさせて」

「……うん。分かった」

長谷川の指先から、ほんのりと温かい体温が伝わってくる。

袖を握られたまま歩く二人。

恋人繋ぎではない。けれど、ただの友達よりもずっと甘く、強い力で結ばれた距離感。

ふと、空から白いものがひらひらと落ちてきた。

「あ……雪だ」

「本当ね……初雪……」

幻想的な光の街と、舞い散る白い雪。

長谷川は俺の袖をギュッと握り直すと、そっと俺の隣に肩が触れ合うほど近づいてきた。

「ねえ、葵」

「うん?」

「……クリスマス当日は、お店……忙しいかしら?」

「……ううん。夕方以降なら、少し時間が作れると思う」

長谷川はゆっくりと顔を上げ、上目遣いで俺の目を見つめてきた。

その瞳には、今まで見せたどんな表情よりも素直で、愛おしい光が宿っていた。

「……じゃあ、クリスマスも……私に、試作品……食べさせてくれる……?」

「……もちろん。長谷川さんのために、特別なやつを用意しておくよ」

「……うん。約束、ね」

真っ赤な顔で嬉しそうに微笑む長谷川。

お互いに『付き合おう』という言葉はまだ口にしていない。

けれど、降り積もる雪のように、二人の心に重なっていく甘い約束は、どんな言葉よりも確実に二人の絆を深めていくのだった。

(第11話 おわり)

お読みいただきありがとうございました!


第11話では、初雪が舞う冬の街でのイルミネーションデート(?)と、クリスマス当日の約束をお届けしました!

長谷川さんの少しずつ素直になっていく独占欲と甘え姿を楽しんでいただけましたでしょうか?

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