↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラプトルの鉤爪  作者: 紫紅葉
第9章:千のプラトーとリゾームの種
PR
99/120

第99話「百餅まつりの熱気と、囚人たちが拓いた道」

今日はいつものメンバーに加え、大家さんと佐藤さんもご一緒することになった。


私たちは私のSUVに乗り込み、国道12号線を北上していた。


助手席には地図アプリとポケモンGOを眺める大家さん。後部座席には窓の外を優雅に眺める佐藤さんと、身を乗り出して外の風と匂いを全身で嗅いでいる完全夏仕様のビリー君だ。


最初の目的地は岩見沢市。ちょうど中心街で秋の風物詩『いわみざわ百餅(ひゃっぺい)まつり』が開催されていた。


お祭り広場では、直径2.2メートル、重さ5.5トンという常軌を逸した巨大な臼(うす)に向けて、クレーンで吊り上げた巨大な杵がドスンドスンと餅をついている。圧倒的なスケール感と地響きだ。


私たちはその豪快な光景を「北海道の祭りは規模が違うな」と感心しながら軽く見物し、振る舞われたつきたてのお餅入りのお汁粉をビリー君がペロリと平らげたところで、早々に人混みを抜け出した。


周りの客はビリー君を見ても「リアルな着ぐるみだねぇ」と笑うだけで、誰も逃げ出さない。私はもう、いちいち言い訳をして回るのをやめたのだ。


次に向かったのは、岩見沢市の奥座敷である北村(きたむら)地域だ。


見渡す限りの広大な田園風景が広がっている。良く言えばのどかだが、正直なところ他に立ち寄るような観光施設は何もない。


だからこそ、ここでの目的はただ一つ、『北村温泉』である。


源泉100%掛け流し、43度という絶妙な温度の強塩泉だ。冷まさず薄めず注がれるお湯は、56歳の疲れた腰と関節の芯まで容赦なく温めてくれる。


私と大家さん、そしてビリー君は、田園風景の真ん中で極上の湯浴みを堪能した。もちろん、佐藤さんは女湯だ。


「Vamoose(ヴァムース)……(ふぅ、極上の湯だぜ……僕ちゃん、このまま温泉卵になっちまいそうだ)」


ビリー君が頭に器用にタオルを乗せ、お湯に浸かってオッサンのように息を吐いている。


不思議だ、実に不思議だ。


ビリー君は番台で誰に咎められることもなく、脱衣所でも悲鳴を上げられることなく、当然のように男湯の施設に入り込んでいた。他のお客さんも「おや、大きな鳥(?)ですな」くらいで済ませている。


世間の適応力がおかしいのか、私の感覚がおかしいのか。


体がポカポカに温まった私たちは、そのまま隣の月形町(つきがたちょう)へと車を進めた。


月形町(つきがたちょう)は、北海道開拓の歴史を語る上で絶対に外せない場所だ。


かつてここには、北海道で最初、全国では3番目の集治監である『樺戸(かばと)集治監』、つまり、重罪人を収容する巨大な国事刑務所が存在していたのだ。


私たちは『月形樺戸博物館』に立ち寄った。


当時の内陸部は、手つかずの鬱蒼たる原始林と泥炭地だ。国は、その過酷な開拓と道路開削の労働力として、囚人たちを利用したのである。


私たちが今日通ってきた国道12号線の前身にあたる上川道路も、彼らが鉄丸や鎖につながれ、おびただしい犠牲を払いながら切り拓いた『囚人道路』なのだ。


さらに私たちは、博物館の近くにある曹洞宗の寺院にも足を運んだ。


立派に改修された本堂の屋根を見上げながら、大家さんが静かに語る。


「このお寺の本堂も、囚人たちが出役して建てたものだそうですよ。正面の繊細で見事な木彫りも、全て彼らの手によるものだといいますからね、すごいですねぇ」


コォォォン……。


大家さんの解説の横で、ビリー君が神妙な面持ちで、首から下げた真鍮の鍵を使って寺の鐘をコツンと叩いている。


荒々しい重労働だけでなく、これほど美しい細工を遺した名もなき囚人たち。彼らの足に繋がれていた「鉄丸(てつがん)」の冷たい重みを想像し、私はただ静かに手を合わせた。


参拝を終え、だだっ広い駐車場に戻ると、ビリー君が散歩中のコーギーと一緒に楽しそうに走り回っていた。


コーギーの飼い主のマダムが、微笑ましそうに目を細める。


「あらあら、元気なワンちゃん(?)ですねえ」


すると、佐藤さんが上品な笑顔で、何気ない世間話のように答えた。


「いえいえ、アレは恐竜ですのよ。オホホ」


「あらまあ、珍しいことで」


マダムはコロコロと笑って受け入れた。


(……何故だ? 何故そこにヴェロキラプトルという白亜紀の肉食恐竜がいるというのに、誰も疑問に思わないのか!?)


私の心の声による激しいツッコミは、秋の空高く吸い込まれて消えた。


その夜は、月形町(つきがたちょう)に住む私の古い友人の家に一泊させてもらうことになっている。


さて、類は友を呼ぶとはよく言ったものだ。私は事前に友人夫婦へ「恐竜も一緒だからな」と電話で伝えてはいた。


友人夫婦はビリー君を目の当たりにして、よく訓練された巨大なダチョウの一種とでも思っているのか、もしくは完全に「恐竜」として受け入れたのか……。


ともかく、友人の奥さんは「よく来たねぇ、ビリーちゃん」と満面の笑みで、2階の子供部屋にビリー君のフカフカの寝床を完璧に用意してくれていた。


秋の虫の音が響く中、私たちは明日の三笠市(みかさし)への小冒険に向けて、深い感謝と、世間の大らかさへの一抹の戸惑いを抱えながら、静かに眠りについたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。