第98話「コキアの赤と、約束のトウキビ」
先日の、家の中が一時的に無重力になるという「トロゲート騒動」から数日。
私は、ビリー君からの無言ながら、しかし物理的に痛い強烈なプレッシャーを感じていた。
彼が事あるごとに、壁に掛かったカレンダーの「9月」の日付を、鋭利なシックル・クローでコツコツ……コツコツと叩くのだ。
「……わかってるよビリー君。約束だろ? 『寒くなる前にトウキビを食いに行く』だろ?」
「Vamoose!( そうだ! 遅いぞ執事! )」
というわけで、私たちは私の愛車のSUVに乗り込み、ドライブに出発した。
目指すは札幌の南東、空知南部エリア。由仁・長沼・栗山の3町を巡る、秋の弾丸グルメツアーだ。
まず訪れたのは、由仁町にある『ゆにガーデン』。
広大な敷地に四季折々の花が咲く英国風庭園だが、今の時期の主役は『コキア』だ。丸々としたマリモのような植物が、秋の冷気で鮮やかに紅葉し、なだらかな丘一面を燃えるような赤に染め上げている。
「うわぁ、すごいな。まるで赤いアフロがいっぱいだ」
私が渋い感性で丘からの景色に見とれていると、隣にいたはずのビリー君がフッと消えていた。
「おーい、ビリー君? かくれんぼのつもりかい?」
「Vamoose!( うぇーい、ここだぜ! )」
真っ赤なコキアの茂みから、同じく鮮やかなアンズ色の羽毛を持つビリー君がヌッと顔を出した。
彼はコキアのモフモフした感触がすっかり気に入ったらしく、体をスリスリと擦り付けている。どっちが植物でどっちが恐竜か、遠目には区別がつかない。
散歩でお腹を空かせた後は、長沼町へ移動してランチだ。
この辺りの名物といえば、やはり『ジンギスカン』。特に長沼は、タレに漬け込んだ「味付け肉」の激戦区である。
私たちは老舗の店の表に並んでいるテーブルについた。店員さんの表情が一瞬「おや?」と驚いたように見えたが、何事もなく「ご注文はお決まりですか?」と、聞いてきた。その適応力に私は驚きを隠せなかった。
さて、中央が盛り上がったスリット入りのドーム状のジンギスカン鍋で、私はクセのないラム肉を、ビリー君はお気に入りの野性味溢れるマトンを焼く。
ジュウジュウ……ッ!
甘辛いタレが焦げる香ばしい煙が、換気扇の容量を完全に無視して店内に立ち込める。
ところで、道民同士でジンギスカン鍋を囲むと、度々『焼き方』で揉めることがある。鍋の縁に敷き詰めた野菜の上に肉を乗せて蒸し焼き風に上品に食べるタイプと、鍋の頂上に肉を直接乗せてガンガン焼いていくタイプだ。
私はもちろん、後者の『鍋に肉を直接乗せてジュージュー焼く』ハードボイルド・タイプである。
「よし、焼けたぞ。ビリー君、焦げないうちに……」
私が言うより早く、ビリー君は熱々の肉をフーフーすることなく、ハフハフと豪快に頬張った。羊肉特有の力強い旨味が口いっぱいに広がる。
「Vamoose……( 最高だぁ……極上すぎるぜ…… )」
彼は白飯の上に肉をワンバウンドさせてタレを染み込ませるという、日本の完璧な作法すらもマスターしていた。
食後のデザートには、やはり長沼町の名物、老舗菓子店にむかい、『かりんとう饅頭』を購入。
黒糖を練り込んだ生地をカラリと揚げてあり、外はカリッカリ、中はしっとりとした上品な餡が入っている。ビリー君の大好物だ。
車内で1口かじると、「ザクッ」という小気味よい音が響いた。
「ん〜〜美味い。……よし、これも佐藤さんと大家さんへのお土産分として確保だ。冷凍も売っていたしな!」
私はUターンして再び店舗に戻り、大量にお買い上げだ。もちろん、今すぐ食べる自分たちの分も忘れない。このかりんとう饅頭は、賞味期限が「食感が変わるまで」という、極めて儚いお菓子なのだから。
長沼を満喫した私たちは、隣の栗山町へと車を進めた。
栗山といえば温泉も有名だ。もちろん、日本ハムファイターズの元監督栗山氏が住んでいるらしいということでも有名だが、私はあまり野球が詳しくないので定かではない。そして、今日のメインは弾丸グルメツアーのため温泉も栗山監督も割愛。まあ、いつかビリー君と一緒に温泉旅行もいいかもしれない。
さて、ここ栗山町での最大の目的は、お留守番をしている大家さんと佐藤さんへの『渋いお土産』の調達である。
まずは赤レンガの酒蔵が立ち並ぶ『小林酒造』へ。
佐藤さんには、ここの銘酒『北の錦』の純米大吟醸を。上品でキレのある味わいと歴史ある佇まいは、ミステリアスな彼女の優雅な晩酌にぴったりだろう。
そして、甘党の大家さんには『谷田製菓』の『日本一きびだんご』だ。
直売所でレトロなパッケージの箱を買い込むと、助手席のビリー君が「なんだそれは?」という顔で覗き込んできた。
「ああ、これは『きびだんご』だよ。絵本で読んだ桃太郎で、お供にあげるやつさ」
ビリー君は目を輝かせた。「それを食えば僕ちゃんも最強のお供になれるのか!」と言わんばかりに、口を大きく開けて待機する。
私は包み紙を剥き、オブラートに包まれた中身を取り出した。
現れたのは、茶色くて、平べったい、長方形の板状の物体だ。
「……Namoose?( なんだこれ、丸くないぞ? )」
ビリー君が首を傾げる。無理もない。
本州の人間が想像する『丸い黍の団子』とは完全に別物だからだ。そもそもこれ、原材料に『きび』が一切入っていない。麦芽水飴と砂糖と生あんを力強く練り上げた、超高カロリーな北海道開拓時代の携帯食糧である。
北海道民は、大人になって本州に行くまで、この板状の物体こそが全国共通の「きびだんご」だと信じて疑わないのだ。パッケージに桃太郎のイラストまで堂々と描いてあるのだから致し方ない。
「いいから食ってみろ。オブラートごとでいいんだ」
ビリー君は恐る恐るかじりついた。
ムチャァ……と特有のすさまじい粘り気が鋭い牙に絡みつく。だが、水飴の強烈な甘さが脳天を突き抜けた瞬間、彼の黄金色の瞳孔がカッ! と開いた。
「Pikobabool!!( 極上の甘さだぜ!! )」
彼は丸くないことなどどうでもよくなり、桃太郎(私)の家来になる契約をあっさりと結んだ。
( 大家さんへのお土産、少し減ってしまったな……まあいいか )
そして帰り道。
国道沿いの農家の直売所で、ついに念願のモノを見つけた。
大釜で茹で上げられたばかりの、白い湯気を立てる『ゆでトウキビ』だ。
品種は『恵味ゴールド』。フルーツ並みの圧倒的な糖度を誇る、この時期だけの贅沢だ。
「すみません、これ10本ください」
「はいよ! あら〜、助手席のワンちゃん(?)、大きいねぇ! 大人しくてえらいえらい。これ、少し小さいけどオマケだよ!」
お店のお母さんは、助手席の窓から顔を出しているビリー君を見てニコニコしながら、規格外の小さめのトウキビを1本余分に持たせてくれた。
ビリー君は「ワンちゃん」扱いに少し不服そうだったが、熱々のトウキビの魅力には勝てず、黙って太い尻尾を振った。
車に戻り、さっそくガブリ。
プチッという小気味よい音と共に、口の中に砂糖水のような甘い果汁が弾ける。
「……!!」
ビリー君は無言で私を見つめ、バシッとサムズアップ(親指ポーズ)を決めた。
前回は縁側でスズメのチュンちゃんに奪われた最後の1粒。だが今日は誰にも邪魔されず、完璧な『ハーモニカ食い』で完食した。
芯だけになったトウキビを満足げに見つめるその顔は、狩りに成功した最強の捕食者の顔だった。
帰りの車内。
助手席のビリー君は、ジンギスカンとかりんとう饅頭ときびだんごとトウキビで、お腹をタヌキのようにパンパンに膨らませ、幸せそうな寝息を立てていた。
荷台には、お土産の箱と新鮮な野菜がたっぷり積まれている。
窓の外には、空知平野の広い空と、秋の夕焼けが広がっている。
( 地下のゲートが見せた不穏な挙動も気になるが……まあ、今はただ、この平和な寝顔を守れるならそれでいいか )
私は55歳の親心でアクセルを緩め、安全運転で家路についた。
明日からはまた、地下の謎解きと、増えすぎた体重(私もビリー君も)を落とすためのハードなトレーニングが待っている。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次話も、山悟荘でお待ちしております。




