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ラプトルの鉤爪  作者: 紫紅葉
第8章:山悟荘のエピファニー
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第92話「超高速の流星群と、地下40メートルの饗宴」

 札幌の夏は短いと言うが、今年の暑さは異常だった。

 こうなると、我々がやることは1つしかない。日本の夏の風物詩、『流しそうめん』だ。


 だが、ここはマッドサイエンティスト・大家さんの管理物件である。風流な竹筒などで満足するはずがない。

 大家さんは、完成したばかりの『ビリー・ハイウェイ(螺旋スロープ)』の手すりに沿って透明なチューブを設置し、不敵な笑みを浮かべた。


「紹介しましょう。これが『超伝導リニア・ハイドロ・サイクロン素麺スライダー MK-II』です!」


 名前が長い。そして無駄に七色に光っている。

 この装置は、地上の中庭にある『地底への門(始発点)』から、地下40mの終点までを一気に滑り降りる恐るべき加速装置だ。


 しかも、チューブ内にはフルカラーLEDが埋め込まれ、通過する麺をサイバーパンク風にライトアップする仕様らしい。さらに重要なのは、流す水だ。大家さんが地下水脈から汲み上げた「純度100%の極冷ミネラルウォーター」が、強力なポンプで凄まじい水圧と共に循環している。


「ではアキラさん、上からの投入をお願いしますね。最高の喉越しになると思いますよ?」


 無線から聞こえてくる大家さんの声がやけにワクワクしているような気がした。


「了解です。……行きますよ!」


 私は中庭の入り口から「投入係」として麺を放流した。

 今回用意したのは、動物たちの健康を第一に考えた『塩分ゼロの特製・五色(ごしき)そうめん』だ。白、ピンク(梅)、緑(抹茶)、黄色(卵)、そしてオレンジ(人参)。色とりどりの麺の束である。


 シュバッ!!


 麺は重力と尋常ではない水圧で一気に加速し、瞬く間に私の視界から消えた。

 それはもはや麺ではない。チューブの中を猛スピードで疾走する『虹色の流星』だ。


 螺旋カーブに差し掛かったその時、チューブの上部があえて開かれている「ジャンプ・ゾーン」で、麺の一部が遠心力によって空中に飛び出した。

 それを待ち構えていたのは、スズメの航空部隊だ。


 チュンちゃんの子供たちが、ビリー君直伝の空戦機動で急降下し、空飛ぶピンクや緑の麺を見事に空中でキャッチ(捕食)していく。

 完璧な編隊飛行と連携プレーだ。彼らにとって、これは楽しい遊びであり、同時に動体視力を鍛える狩りの訓練でもあるらしい。


 そして、その猛スピードの麺が到達する最下層。地下40mの『サッポロカイギュウ広場』。

 そこでは、ビリー君がどっしりと構えていた。

 彼は私が冬山用に使っていた偏光ゴーグルを装着し、LEDの眩しさをカットして動体視力を極限まで高めている。ゴーグルの奥で、彼の瞳は獲物を狙う冷酷な『金色』へとスッと細められていた。


 七色に光りながら、弾丸のようにチューブから飛び出してくる虹色の束。

 ビリー君は、右手のハンド・クロー(前脚の爪)を鋭く閃かせた。


 カッ!!


 一瞬の交錯。

 ビリー君が時計職人のピンセットのように操る爪の先には、美しく絡め取られたピンクと緑のそうめんが輝いていた。


Vamoose(ヴァムース)……( へへっ、僕ちゃんにはチョロい獲物だぜ……)」


 ビリー君は満足げに麺を啜り、次なる流星を待つ。


 だが、いくら百発百中のビリー君でも、全ての麺を捉えきれるわけではない。ザルから溢れ、床に落ちてしまった麺や具材はどうなるのか?

 心配無用だ。地面には『黒い絨毯』が待機している。


 クロオオアリの清掃部隊だ。彼らは落ちてきた麺を「神からの恵み」として強靭な顎で素早く解体し、自分たちの巣へとあっという間に運び去っていく。おかげで床は常にピカピカだ。


 さらに、札幌軟石のテーブルの上では、13mmの巨体となったアダンソン先輩と、101匹の守護者チビアダンソンたちが、流れてきたカマボコや錦糸卵の欠片を的確に確保し、ささやかな宴会を開いている。

 どうやら先輩は、炭水化物の麺よりも、上に乗っている具材(タンパク質)がお好みのようだ。


 私は大家さんに投入係を交代してもらい、ハイウェイを降りてその光景を眺めた。


 太古の化石が見下ろすテーブルを囲み、恐竜が虹色の麺を啜り、スズメが頭上を飛び交い、足元ではアリが行列を作り、卓上ではクモが躍る。

 LEDの光が彼らを照らし、まるでエレクトリカルパレードのような賑やかさだ。


 私は、ビリー君が私のために残してくれていた白い麺をめんつゆにつけ、ズルズルと啜った。


「……大家さん、これ、片付けはどうするんです?」


「ふふふ。スイッチを『逆噴射モード』にすれば、チューブ内は一瞬で高圧洗浄されるんですよ。画期的だと思いませんか?」


「……ええ、便利すぎますね。でもそれだと、1番上にある中庭が、逆噴射された水と麺の破片で大惨事になると思うんですが」


 私の50代の現実的なツッコミに、大家さんは「あっ」という顔をして目を逸らした。


 ハイテクと野生が融合した、地下40mの異常な夏。

 お腹いっぱいになったビリー君は、パンパンに膨らんだお腹をさすりながら、天井のサイバーなLEDを見上げて幸せそうにゲップをした。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

次話も、山悟荘でお待ちしております。

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