第75話「真実の姿と白亜紀ジオ・フロント」
「Vamooooose!!( やあ、画面の前のイカした奴ら! 僕ちゃんだぜ! 今日は僕ちゃんの極上なお城を紹介してやるよ!)」
地下40メートル、『サッポロカイギュウ広場』。
メッシュWi-Fiが完璧に飛んでいるこの再現された太古の地下空間で、アンズ色の羽毛を持つヴェロキラプトルのビリー君は、ピンセットのように器用な前肢で「自撮り棒」を高く掲げていた。
先端には、あの一件以来すっかり彼のお気に入りとなったアクションカメラ( GoProもどき)が取り付けられている。画面に向かってドヤ顔をキメる恐竜の姿は、どう見ても立派なVloggerだ。
ビリー君は自撮り棒を振り回し、まずは広場の中央にそびえ立つ、飴色に輝くサッポロカイギュウの全身骨格化石を映した。そして、広場の奥へとズンズン歩いていく。
そこには、大家さんが丹精込めて彫り上げた、味わい深い筆致の木製看板が掲げられた入り口があった。
看板の文字は、『白亜紀ジオ・フロント』。
「Vamoose!( ここが僕ちゃんのプライベートルームにして、皆の憩いの場ってわけ!)」
彼がカメラを向けながら中へ入る。そこは、広場から1段奥まった、地熱システムが特に効いている暖かくて快適な居住空間だ。
そしてビリー君は、そのジオ・フロントの「さらに奥」にある、もう1つの木製看板にカメラをズームした。
そこには『ドライ・サウナ・クレタ』と書かれた、自家製の遠赤外線岩盤浴施設がある。
ビリー君のやかましいマイルームツアーはまだまだ終わりそうになかったが、その横で私と大家さんは、壁のディスプレイ棚に置かれた鉢植えの前で、固唾を飲んであるモノを見守っていた。
ビリー君が愛情のあまり水をかけまくって育てた、大家さん特製スプレーによる巨大な『古代ハオルチア』。その不気味な紫色の蕾が、ついに動き出したのだ。
「Vamoose!」
私が声を上げるより前に、異変に気づいたビリー君が叫んだ。私と大家さんとビリー君が鉢の周りに集まった時、アスパラガスのように極太に育った花茎の先端が、ボウッと淡い光を帯び始めた。
ポンッ。
静かな破裂音と共に、最初の花が開いた。
「おおお……!」
それは、通常のハオルチアが咲かせる地味な白い花とは、似ても似つかない代物だった。
大人の掌ほどもある巨大な花弁は、透き通るクリスタルのようで、内側から七色の光が乱反射して漏れ出している。
1つ咲くたびに、シャン……と微かなガラスの鈴のような音が鳴る。
ポンッ、ポンッ、シャン、シャン……。
次々と連鎖して咲き誇るその姿は、まるでこの世のものとは思えない「光のシャンデリア」だ。
「Pikobabool……!!( すげぇじゃんか……!!)」
ビリー君の真っ黒な瞳にも、キラキラと輝く虹色の光が映り込んでいる。
これが、白亜紀の夜を照らしていた太古の光なのだろうか。それとも、大家さんのオーバードーズな科学が生み出した一時の幻影なのだろうか。
しかし、その絶景はほんの一瞬だった。
すべての蕾が開ききり、光の乱舞が最高潮に達した次の瞬間――。
サラサラサラ……。
花弁の先端から、光の粒が崩れ落ち始めた。
枯れるのではない。まるでデジタルの画像が解像度を失っていくように、あるいは分子の結合が解けたように、花がバラバラにほどけて空中に溶けていくのだ。
「えっ……?」
異変は花だけではなかった。
あれほど巨大化していたハオルチアの本体、肉厚な葉や太い茎までもが輪郭を保てなくなり、金色の霧となって霧散し始めたのだ。
「Namoose!?( おいおい、どうした!? 僕ちゃんの花が消えちゃうぞ!?)」
ビリー君が慌てて手を伸ばすが、彼の鋭い鉤爪は虚しく光の霧をすり抜ける。
シンデレラの魔法が解けたかのように。
シュワワワ……。
最後に残った太い茎も煙のように消え、白亜紀ジオ・フロントの部屋には、以前の静寂だけが戻った。
鉢の中は、空っぽになってしまったのか?
ビリー君の手からは自撮り棒が滑り落ち、悲しそうに、ガランとした大きな鉢を覗き込む。
「……いやいや、ビリー君。よく見てごらん」
大家さんが、優しくビリー君のアンズ色のダウンの肩に手を置いた。
煙が完全に晴れたその鉢の中央に、ちょこんと鎮座する「それ」があった。
それは、親指の先ほどの大きさしかない、小さな小さなハオルチアだった。
あの化け物じみた巨大な姿ではない。
けれど、その小さな「窓( 葉の透明な部分)」は、以前よりもずっと硬く、深く、純度の高いエメラルドの輝きを湛えている。
「これが、この子の『真実の姿』なんでしょうかねぇ」
大家さんが、曇った眼鏡を拭きながら、神聖なものを見るような目で静かに覗き込んだ。
「急激な成長エネルギーを使い果たして消滅した、という感じではありませんね。あの巨大な姿は、この小さな核を外敵から守るための『揺り籠』だったということでしょうか。……う〜ん、根っこも土の奥深くまでしっかり張っていますし……」
そこで一旦言葉を切ると、大家さんは顎に手を当て、いつもの発明家の顔に戻った。
「これは私の『メブキ・マックス( 春一番カスタム)』に、まだ改良の余地がありますねぇ……」とブツブツ呟きながら、自室のアクアポニックスルームへとフェードアウトしていった。
無理やりドーピングで大きくされた虚像が消え、大地に根を張り、自分の力で生きようとする「本物の命」だけが残ったということか。
作られた虚飾よりも、この小さな結晶の方がずっと美しい。……まあ、正直言うと、あのド派手な巨大シャンデリアも見ていてちょっと楽しかったけれど。
「Namoose……( ちっこくなっちゃったな、僕ちゃんの花……)」
ビリー君は、自分の大きな鼻息で吹き飛んでしまいそうなその小さな芽に、そっと鼻先を近づけた。
今度は、無闇に水をかけたりしない。
彼は、壊れ物を扱うような極めて繊細な手つきで鉢を撫でると、私を見上げて「Kururu」と小さく喉を鳴らした。
( また最初から、育てればいいんだよな、ATM( パパ))
「ああ、そうだね。今度はゆっくり、時間をかけて自然に育てよう。春はまだ始まったばかりだからね」
私は小さくなったハオルチアを、再びディスプレイ棚の安全な位置にそっと戻した。
小さな窓が、地下の地熱システムの淡い灯りを受けて、チロリと青白く瞬いた気がした。
魔法の夜は終わり、ここから本当の意味での、静かで長い「育成日記」が始まるのだ。
この地下40メートルの白亜紀ジオ・フロントに、確かな春の種が蒔かれた夜だった。
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次話も、山悟荘でお待ちしております。




