第72話「充電の壁と、白亜紀の隠れ家」
極寒の天北での大冒険を終え、未来人から正式に「所有権」を譲渡されたビリー君が、名実ともに壱拾六軒町内会の『家族』となってから数日後のこと。
私と大家さんは、地下40メートルにあるサッポロカイギュウ広場からさらに延びる、完成したばかりの地下連結トンネルの最終点検を行っていた。
「どうですか、アキラさん。各家庭へと繋がる避難スペースの居住性も完璧だと思いませんか?」
作業着姿の大家さんが、誇らしげにぐるりと腕を回す。
そこは地下とは到底思えないほど、広々として明るい空間だった。万が一の災害時、あるいは地上に干渉できない事態が起きた際、壱拾六軒町内会の住人全員が避難して生活できるだけの備蓄物資と、地熱システムによる完璧な空調が完備されている。
「ええ、素晴らしいです、大家さん。これなら真冬にブラックアウトが起きても、町内会は無傷ですね。……でも、一つだけ忘れていませんか?」
「おや? 何でしょう?」
「現代人が避難生活で一番パニックになる原因……それは『スマホの充電切れ』ですよ。これだけ広い空間でも、いざという時にコンセントの数が足りなくなって、タコ足配線で揉めると思いません?」
私が指摘すると、天才エンジニアである大家さんは「あっ」と口元に手を当てた。
「おやまあ……。巨大なインフラ整備に夢中で、個人の小さなデバイスのことまで頭が回っていませんでしたよ。さすがアキラさん、目の付け所が鋭い」
「ふふ、大家さんが大枠を作ってくれたなら、細部は私の得意分野です。そう来ると思って、ちょっとした細工をやっておきましたよ」
私はこの冬の雪かきのおかげで鍛え上げられた極太の腕で、何の変哲もないスタッコ調の壁をバンッと手のひらで叩き、ニヤリとハードボイルドに笑った。
そして自分のスマートフォンを取り出し、その壁の適当な場所にペタッと押し当てた。
ピロン、という軽い電子音と共に、スマホの画面に『充電中 100%』の表示が浮かび上がり、壁に磁力でピタリと張り付いたまま固定された。
「通路の壁に、広域電磁誘導シートとマグネット機構を仕込んでおいたんです。Qi対応機種なら、この壁のどこに貼り付けてもワイヤレスで急速充電できます。名付けて『無限充電ウォール』ですよ。
……もちろん、壁全体から常に電磁波が出ているわけじゃありませんよ。デバイスの接近を検知した部分だけピンポイントで通電し、不要な磁力は遮断するスマート制御を組んであります。ペースメーカーを付けたお年寄りが壁に寄りかかっても、金属製の鍵がくっついても、絶対に発熱しない安全設計です」
「おお……! まさか壁全体を巨大な充電パッドにしつつ、完璧なフェイルセーフまで組み込むとは。長年エンジニアとしてPCオタクとしてお仕事に向き合ってきたアキラさんならではの発想ですね。感服しましたよ、本当に」
大家さんに手放しで褒められ、私は50代の鼻を少しだけ高くした。しかし、壁全体をQiにしたのはやりすぎだったかもしれない……。
ふと見ると、電磁誘導でほんのりと温かくなっている壁の隅っこに、漆黒のアダンソン先輩がちゃっかりと張り付き、8つの瞳を細めて暖を取っていた。さすが影の女司令塔、快適な場所を見つける天才だ。
さて、人間の心配事はこれで解決である。
次は、この町内会の大切な『新しい家族』のためのパーソナルスペースだ。
ビリー君はといえば、先ほどから完成した真新しい地下通路を興味深そうに歩き回っているのだが、どうにも落ち着きがない。綺麗な三和土仕上げの床をピンセットのように器用な鉤爪で「カリカリ……」と引っ掻いては、ため息のようなくしゃみをしている。
「……そうか。ここは清潔で暖かいけれど、あいつのDNAに刻まれた故郷( 白亜紀のゴビ砂漠)とは、湿度が違いすぎるんだろうな」
私は腕を組み、『白亜紀風タタキ仕上げ』を作った時に余っていた資材の土嚢袋を引っ張り出した。
完治して絶好調の腰と極太の腕力を活かし、砂漠の砂の質感を再現する『オリビンサンド』、遠赤外線を放つ『ブラックシリカ』、そして強力な消臭・調湿作用を持つ『ゼオライト』の3種類をタフブネに開け、絶妙な比率でスコップで撹拌する。
そして、トンネルの一角に設けた「ビリー君専用個室」の床に、その特製ブレンド砂を分厚く敷き詰めた。
すでに天井には本物の太陽と変わらない「高密度光ファイバー採光システム」が設置されている。これから少しずつ観葉植物でも置いてやろうと思うが、まずはこの殺風景な砂漠空間こそが、彼にとって一番落ち着くはずだ、と思う。
仕上げに、壁に設けたニッチ( くぼみ)のディスプレイ棚を飾り付ける。
天北の極寒の川底からビリー君が拾い上げ、2人並んでカリカリとクリーニング作業を行ったあの『メノウ化したアンモナイト』。
そしてその隣には、もう一つ。
ビリー君がずっとダウンのポケットの奥底に入れて大切にしていた宝物――あの羊蹄山の雪の森で別れた、まるで口の中に入れても痛くない孫のように溺愛していた『シマエナガの白い羽根』を、特注の小さなガラスケースに入れて、そっと神棚のように添えた。
「完成だ……。名付けて、『白亜紀ジオ・フロント』!」
我ながら最高にイカしたネーミングだ。後で入り口に、木彫りの看板でも掛けておこう。
「高密度光ファイバー採光システム」のシャッターは全開、強力なエアコンディショナー設備で自然の風を再現し、ゼオライトの効果で部屋の湿度がグッと下がり、ブラックシリカの輻射熱によって、まるで高級岩盤浴のような心地よさとドライな熱気が空間を満たした。
「Gyau……?( ん……? なんだこの匂いは……)」
通路にいたビリー君が、鼻をヒクつかせて目を見開き、ものすごい勢いで部屋に飛び込んできた。
「Vamoose!!( うおおおっ、この乾いた感じ! 太陽の匂いだぜヒャッハー!!)」
彼は愛用の『第一ゴムの長靴( 山吹色・極限チューンナップ版)』を、器用に、そして汚さないようにそっと脱ぎ捨てると、オリビンサンドの砂山に向かって背中から豪快にダイブした。
ザリザリ、ザザーッ! という心地よい砂の感触。そして下からポカポカと伝わる懐かしい熱気。彼は至福の表情で全身を砂まみれにしながら、巨大な犬のようにゴロゴロと転げ回っている。
だが、今のビリー君は、ただ荒野を駆けるだけの野生児ではない。
ひとしきり砂浴びを楽しんで満足した後、彼は立ち上がり、部屋の出口に設置された総ガラス張りの近代的なブースへと向かった。
「……やはり、そこへ行きますか。彼は本当に綺麗好きになりましたねぇ」
大家さんがニコニコしながらリモコンのスイッチを入れると、天井の特殊ノズルから、霧のような超微細なシャワーが噴射された。
これぞ大家さんの最高傑作。ヘッド部分にテラヘルツ鉱石を組み込んだ、毛穴の奥の皮脂汚れも砂埃も一瞬で落とし、血流までも促進する『ピコバブール・シャワーシステム』だ。
シュワワワワワ……。
温かいミクロの泡に包まれ、羽毛の奥に入り込んだ砂埃が綺麗に洗い流されていく。ビリー君はうっとりと目を細め、短い前脚で顔を擦り、優雅に羽毛の手入れをしている。
ドライな砂漠の野生の癒やしと、現代文明の圧倒的な清潔さ。その両方を堪能したビリー君は、ピカピカになった体をブルブルッと震わせて水気を飛ばすと、おもむろに自分のカプセルから、私が与えた「お下がり」の大型タブレット端末を引っ張り出してきた。
「Vamoose( さあ、日課の時間だぜ)」
彼は私の作った『無限充電ウォール』にその安っぽいタブレットをペタッと貼り付けると、ピンセットのように繊細な鉤爪の先にタッチグローブを装着して器用に画面をタップし、YouTubeのアプリを立ち上げた。
画面に映し出されたのは、北海道のどこかにある森のライブカメラ映像。そこに集まる、雪の妖精『シマエナガ』たちの姿だ。
「Gyau〜……Pikobabool……( おお、今日も丸くて可愛いな……僕ちゃんの孫よ、元気にしてるか……)」
白亜紀の自称頂点捕食者のヴェロキラプトルが、壁の画面に向かって、まるで田舎の好々爺のように目を細めてデレデレと喉を鳴らしている。
そしてしばらく「孫の動画」を堪能した後、彼はサッとスワイプし、今度は『豪快! キャンプで骨付き肉の丸焼き』という飯テロ動画へとチャンネルを切り替えた。
「Vamoose!!( 肉だ! 腹が減ってきたぞATM( パパ)!!)」
ジュージューと焼ける肉の音と映像に大興奮し、画面の前でよだれを垂らして尻尾を振る恐竜。
サッポロカイギュウが見守る地下トンネルに響き渡るその賑やかな声は、長い冬の終わりと、この冒険のハッピーエンドを告げるファンファーレのようだった。
50代の私のIT技術と、好々爺の大家さんのトンデモ発明、そしてすっかりデジタル社会に順応したヴェロキラプトルのビリー君。
そのすべてが完璧に噛み合い、壱拾六軒町内会の地下に、時空を超えた最強のジオフロント( 地下都市空間)が、ついに完成したのである。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。これにて、第6章:「恐竜的、あまりに人間的」は完結となります。
次回、第7章でまた皆様とお会いできるのを楽しみにしております。
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