第69話「黄金と湯煙の夜」
極寒のウソタンナイ川。
分厚い氷を砕いた穴から、淀んだ冷たい水流に身を沈める。電熱ドライスーツを着込んで背中から熱を供給されているとはいえ、氷点下の水圧と刺すような冷気は容赦なく襲いかかってくる。
だが、地下の岩盤浴で完全復活を遂げ、ドウェイン・ジョンソン級のパワーを取り戻した今の50代の肉体なら、私はこの程度の過酷な自然環境も力でねじ伏せてみせる。
そうは言っても、実際頼りになるのは、大家さんが操作する『電磁気式・重金属選別機』の超音波ソナーの反応だけだ。あとはビリー君の野生の勘に頼るしか無い。
「見てください、大家さん! アキラさん! これ多分、ナゲットですよ!」
ハヤテ君の、興奮気味な声が無線から聞こえてきた。
「オ〜ゥケェ〜ィ、間違いありませんね。今いる場所の半径1.5m区画を重点的に調べてください、アキラさん」
大家さんの冷静な声が聞こえる。
「少し大きめな石があるようですが、その下です」
大家さんが続ける。
現場にいる私にとっては、大家さんの冷静なオーダーは私自身の身を守るためにも重要だ。「了解です」と返事をし、私は厚手の手袋に包まれた手で川底をゆっくりと撫でるように確認した。そして、ビリー君にハンドサインで「この砂利をどけるぞ」と伝えた( つもり)。
「底の底ですよー。つまり、その砂利の下です」
大家さんの声が聞こえる。私とビリー君は、えーい、掘ってしまえとばかりに、川底をほじくり出した。
大家さんの言う通り、大小さまざまな石が川底に現れた。まるでその下を隠すように、きっちりと石が収まっている。手持ちのバールでグイグイと石を押し上げる。ビリー君が石をガッシリ掴み脇に放り投げる。巻き上がる砂と泥で視界は最悪だ。しかし、川底で私とビリー君は最高のバディだった。やがて水流が視界をクリアにした時、岩盤の隙間と、その周辺には、不揃いだが力強く、鈍い輝きを放つ黄金の塊がいくつも転がっていた。
「おおっ! やりましたね! 見事なナゲットですよ!」
カメラの映像を確認して、喜ぶ大家さんの声が聞こえる。多分、満面の笑みを浮かべていることだろう。
特製選別機のノズルが、川底の深い岩盤の隙間から、時空の揺らぎをたっぷりと吸い込んだ十分な量の砂金をズゴゴゴと吸い上げ、見事にその役目を終えようとしていた。ナゲットが意図的にかくされていたのか、はたまた偶然なのか……腑に落ちない顔をしている私の肩を「結果オーライですよ」と大家さんがポンポンと叩いた。
一方、我が白亜紀のバディ、ビリー君はといえば。
彼は川底の泥だらけになりながら、砂金には一切目もくれず、職人が極限までチューンナップを施した第一ゴムの特注長靴( 山吹色)を川底の岩肌にしっかりと踏ん張らせて、大きな「塊」を次々と岸へ運び出していた。
「Vamoose!!( ほらよ! ATM( パパ)が夜な夜なハァハァ言いながら撫で回してるお宝はこれだろ!?)」
ザバーッ! と水しぶきを上げて上がってきた彼が、私の足元に誇らしげにゴトンと置いたのは、黄金のナゲットではない。
見事な球状をした重厚なノジュールや、ジオード( 晶洞石)の数々だった。
「……ビリー君。お前、砂金じゃなくて、私が喜ぶものを探してくれてたのか。いい鼻してるな」
私はドライスーツの中で、思わず胸が熱くなるのを感じた。でも、ビリー君。私たちは君のために砂金を探しにここまで来たんだけどな……。
彼にとって、ピカピカ光るだけの金属片など何の価値もない。大好きな家族( 私だ)が、夜な夜な机に向かって石を磨き、その結晶構造をうっとりと眺めている変態的な姿を知り尽くしているのだ。
だからこそ、私が一番喜ぶ「石」を、極寒の川底から必死に集めてくれたのである。
泥だらけになったオレンジ迷彩のドライスーツで、誇らしげにふんぞり返るその姿。私は込み上げる歓喜のガッツポーズを必死に理性で抑え込み、「ありがとう、最高のバディだ」と、彼の鼻先を丸太のような極太の腕で優しく撫でた。
十分な成果を得た私たちは、帰路につく前の今夜、あのビリー君が見つけた温泉の湧く「不思議な洞窟」の前にベースキャンプを移した。
雪鯨号の荷台から下ろした大家さん特製の折りたたみ式焚き火台に赤々とした火が灯り、天北の冷たい夜空にパチパチとアンズ色の火花が舞い上がる。
外気温はとうにマイナス25度を下回っているが、洞窟の中から溢れ出す硫黄の香りと湯気が、我々を優しく包み込んでいた。
「さあ皆さん、冷え切った体を温めようじゃありませんか」
大家さんの音頭で、私たちは重厚なドライスーツを脱ぎ捨て、天然の露天風呂へと身を沈めた。
「……っふぅぅぅぅぅ」
50代の口から、魂が抜けるような、だらしない声が漏れる。もうもうと立ち込める真っ白な湯気の中、完璧な42度の適温の湯が、極寒の川底で酷使した全身の極太の筋肉を芯から解きほぐしていく。
「Pikobabool……Kurururu……( 最高だぜ……極上だのぅ)」
ビリー君も首までどっぷりと湯に浸かり、猫のように喉を鳴らしている。恐竜と50代のおっさんが並んで露天風呂に浸かっている図はかなりシュールだが、今はそんなことはどうでもいい。
アダンソン先輩はといえば、湯船の縁にある乾いた岩の上で、湿気を避けるように器用に8本の脚を折りたたんでくつろいでいた。
「いやぁ、有給使ってこんな大冒険ができるなんて、配達員冥利に尽きますよ」
ハヤテ君が、頭にタオルを乗せて極楽そうな顔で呟く。温泉に浸かりながら食べるミカンは、まさに冬の北海道の醍醐味だ。
「ええ、本当に。この黄金のナゲットがあれば、神主さんの言う通り、壱拾六軒町内会のゲートの秘密にまた一歩近づけるはずですよ、多分」
大家さんも、湯船の縁に置いた黄金の塊を見つめながら、満足げに微笑んだ。
翌朝。
外の世界がまだ薄暗い青に染まっている「ブルーアワー」の時間帯。私は1人、洞窟内に張ったテントの中で早起きをして、昨夜ビリー君が集めてくれたノジュールの山を、小型のブラックライトで照らしながら至福の鑑定作業を行っていた。
化石・鉱物オタクの血が騒ぐ。私の極太の指先が、石の表面を撫でる。
その中の1つ、ソフトボールほどの大きさのノジュールを手に取った時だ。少し欠けた母岩の隙間から、それが見えた。
ただの石灰質ではない。透き通るような乳白色の光。朝の青い光を吸い込んで淡く神秘的に輝く、 メノウ化したミルキーなアンモナイトだ。
「……よしっ!」
私は静寂のテントの中で、今度こそ力強いガッツポーズを繰り出した。
完璧な保存状態。太古の海で死んだアンモナイトの殻の空洞に、何千万年という途方もない時間をかけてケイ酸塩が浸透し、縫合線までくっきりと結晶に置換されている奇跡の逸品。
ビリー君のこの「お宝」を見抜く野生の審美眼は、未来の科学をも凌駕するのかもしれない。帰ったらすぐに、この奇跡の化石を面相筆で精密画に描き起こしてやろう。
ふと横を見ると、大家さんの枕元と、いびきをかいて寝ているハヤテ君のリュックの横にも、ビリー君が選んだ「お土産」の丸いノジュールが1つずつ、ちょこんと置かれていた。
そしてもちろん、ビリー君自身の寝床の隣には、一番大きくてゴツゴツした「自分用」のジオードをちゃっかり確保して、抱き抱えるように眠っている。
なんとも彼らしい、群れの仲間への平等で不器用な愛情表現だった。
「……さあ、行こうか、みんな。札幌へ帰るぞ」
朝日が昇り始めた雪原で、私は仲間たちに声をかけた。
雪鯨号の荷台には、壱拾六軒町内会の未来を救う黄金のナゲットと、太古の海が残したメノウのアンモナイト。そして、極寒の旅で深まったそれぞれの温かい思い出がたっぷりと詰め込まれている。
エンジンが重低音を響かせ、キャタピラが新雪を力強く噛む。
私たちは、真っ白な天北の秘密のルートを逆走し、懐かしい壱拾六軒町内会への帰路に就いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
もし作品を気に入っていただけましたら、ページ下部のブックマークや評価などで応援をいただけますと、執筆の大きな励みになります。
次話も、山悟荘でお待ちしております。




