第64話「10軒目のハヤテ君」
ビリー君が未来から「公式返品」されてきてから1週間がたった。猛吹雪が去った札幌の空は、抜けるように青かった。
庭に積もった新雪をスタッドレスタイヤで軽快に踏みしめて、1台の軽の配達バンがやってきた。
「まいどー、お届け物でーす!」
スライドドアを開けて降りてきたのは、このエリアの担当配達員、ハヤテ君だ。シュッとした細身の体型に、少しお洒落な黒縁眼鏡。ツルツルに凍った路面を、北海道民特有の「すり足」でひょいひょいと避けて歩いてくる。
「あぁ、ハヤテ君。いつもご苦労さん」
「あ、どうも。……お、ビリー君! お前、また一段と羽毛のツヤが良くなったんじゃないかい?」
ハヤテ君は、当たり前のようにビリー君の鼻先を撫でた。
「Gyau?( おっ、飛脚の兄ちゃんじゃん! 僕ちゃんに美味い貢ぎ物でも持ってきたのかい?)」
ハヤテ君は配達端末の画面を私に見せた。
「今じゃ僕の端末の顧客特記事項、『不在時は持ち戻り』じゃなくて『ビリー君と相談』ってなってますからね」
「相談って……」
笑い合いながら、ハヤテ君は少し真面目な顔になり、声を潜めた。実家である「10軒目」の家に戻ることになった報告と併せて、神主さんから預かってきたという分厚い和紙の封筒――壱拾六軒町内会の『回覧板』を差し出した。
ハヤテ君を見送った後、私たちは茶の間でその「回覧板」を開いた。そこには、神主さんの達筆な毛筆で、この町内会の封印された歴史が記されていた。
>【緊急回覧】
>明治の開拓期、屯田兵として入植した16の家族。我らの祖先である彼らは高度な文明の記憶を持つ『守り人』であった。( その子孫たちに自覚はないが、無意識にこの地を守り続けてきたという事になるらしい)
>現在8番地庭の灯籠につながっているゲート( トロゲートの事)は、時空間移動の為に作られたが、今は制御を失い、灯籠がビリー君のような迷子を吐き出すだけの不安定な場所になっていると推察される。
>
>【対処法】
>イベントホライズンの揺らぎを修復し、未来の管理者と通信して、ビリー君の安全( 二度と返品されないこと、または再度干渉されないこと)を完全に保障させる。
>そのためには、北の果て、天北の大地に眠る『天然の砂金』。それも、時空の揺らぎを吸い取り、純度の高いナゲット状に成長したものが絶対に必要である。
ビリー君と別れたくない神主の気持ちがひしひしと伝わってくる回覧板ではないか。
「……屯田兵として入植した16の家族。彼らは高度な文明の記憶を持つ『守り人』であった、ですか」
読み上げた大家さんの手が、微かに震えていた。普段、どんなオーパーツを前にしても「面白いですねぇ」と笑い飛ばす彼が、眼鏡の奥の鋭い眼光を泳がせ、絶句している。
「驚きましたね……。この地の地下インフラを構築している時、あまりにも都合よく地熱や地層のデータが揃いすぎているとは思っていましたが。まさか、私自身の先祖たちが最初からそれを知っていて、この地を『選んで』いたとは」
天才発明家として、自らの知能だけで成し遂げたと思っていた仕事の裏に、数世代にわたる「守り人」としての血脈があった。その事実は、大家さんの誇りと好奇心を激しく揺さぶったようだった。
「神主さんの指示は明確ですね。天北の砂金……それを手に入れる必要があります。……よし、大家さん。天北への遠征準備を始めましょう」
私が声をかけると、大家さんは深く、重々しく頷いた。
「ええ、やりましょう。……ところでアキラさん。あなたがビリー君の見守りのために昨日から寝ずに組んでいるそのプログラム。……名前は決まりましたか?」
大家さんが私の作ったビリー君見守りAIをドローンに搭載したことによって、このAIの予期せぬ能力を知ったため、私は更なるビリー君見守りAIの開発に没頭していた。
「いえ、まだ。とりあえず『見守りGen2』とでも呼ぼうかと」
私が愛機であるThinkPadの画面を見せると、大家さんはモニターに映る複雑なアルゴリズムを眺め、ふっと表情を和らげた。
「ノンノン。それは、あなたの分身であり、55歳の情熱が詰まったものです。『AKR-55 Gen2( エーケーアール ゴーゴー ジェンツー)』……。そう呼びませんか。私が名付け親ですよ」
「つまり、アキラ55歳って事ですね……安直すぎますよぉ、大家さん」
私はとりあえず、その名をプログラムのヘッダーに書き込んだ。Gen1はビリー君のただの遊び相手だのつもりで取り組んでいたが、このGen2は、私のPCをホストとして機能し、今回の大冒険における「生命線」となるはずだ。
私は仕上げたばかりの小型デバイスを手に取った。500円玉ほどのサイズの、防水・耐衝撃仕様の「お子ちゃまタグ」だ。これを、ビリー君の首にあるあの「真鍮の鍵」と一緒に、クロムハーツの鎖へと通す。
「いいかいビリー君、これは君の居場所を私に教えてくれる大事な守り刀だ。絶対に外すんじゃないぞ」
『AKR-55 Gen2( エーケーアール ゴーゴー ジェンツー)』にバージョンアップをしたとしても、ビリー君見守りプログラムであることに変わりはないのだ。
「Gyau?( あああん? ブラザー、前にも同じようなこと言われた気がするぜ〜)」
ビリー君は不満そうに首を振るが、これでGen2が彼の生体反応を常に私のPCへ送信し続ける。
さらに私は、ガレージにある雪鯨号のダッシュボードへ、別の無機質な金属製のボックスを取り付けた。これは、私のPCにあるGen2の知能を現場で中継し、周囲の地形を解析・マッピングするための「移動局」だ。
すでに雪鯨号には、空さえ見えればオッケーなスターリンクが搭載されているが、今のGen2はまだ未熟で、自ら語りかけてくることはない。モニターに淡々と青い文字列を表示し、ステータスランプを点滅させるだけの、無愛想な電子の塊だ。
だが、これから向かう天北の雪深い廃線ルートのマッピングにおいて、こいつは誰よりも冷静なナビゲーターになってくれるだろう。
……そういえば、あの未来の宇宙船に置き去りにしてきたドローンの中にも、これと同じGen2の初期データが入ったままだった。あいつはあっちの世界で、一体何をマッピングしているのだろうか。
「準備完了です、大家さん」
「ええ。ハヤテ君、いや『10軒目のハヤテ君』から聞いた旧天北線沿いのルートを、Gen2に学習させました。これより、天北ゴールドラッシュへの先行偵察を開始します!」
私は、ハヤテ君が置いていった煮干しを貪り食っているビリー君を抱き上げた。
「準備はいいか、相棒。今度は宇宙じゃなくて、北の果ての地底だ」
「Vamoose!!( 肉じゃなくて煮干しかよ! まぁ美味いからいいけどな!)」
窓の外では、雪が太陽の光を反射して眩しく輝いている。最強の布陣に、無口で優秀な電子の相棒を加えた私たちの冒険が、今、静かに幕を開けようとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次回も、山悟荘でお待ちしています。




