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ラプトルの鉤爪  作者: 紫紅葉
第6章:恐竜的、あまりに人間的
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第63話「小さき破壊神」

「AIが言っていた『管理者へ返送』って、どういう意味で……んん? ちょっと待ってください、大家さん」


 ビリー君の健気な帰巣本能に涙し、感動的な空気が流れる茶の間(ちゃのま)で、私はふと、停止したテレビ画面の一点に猛烈な違和感を覚えて指を差した。

 大家さんが不思議そうな顔をする。


「どうしました、アキラさん? 老いぼれが涙腺を緩ませて、感動の余韻に浸っているところなんですがね」


「いえ、さっきの映像……ビリー君が未来の宇宙船内で大暴れしているシーンです。あの時、なんか画面の死角で『黒い影』が動いていませんでしたか?」


 私はちゃぶ台に置いた愛機、ThinkPadのキーボード中央にある赤いトラックポイント、通称赤ポッチに極太の指を乗せた。

 赤ポッチをグリグリと操作し、映像のタイムラインを数分前まで巻き戻す。そして、ビリー君の主観映像( FPS視点)から、射出された3機の小型ドローンによる客観映像へとカメラの視点を切り替えた。


 ドローンによる3Dマッピングの恩恵で、宇宙船内の状況がまるで監視カメラのように様々な角度から俯瞰(ふかん)できる。

 画面の中では、無機質な作業用アンドロイドたちがビリー君の音波攻撃によって機能不全に陥り、奇妙な動きをしている。


 だが、ドローン視点に切り替えたことで、明らかにおかしな事実が判明した。

 彼らはビリー君の物理攻撃から逃げ惑っているだけでなく、しきりに自分のツルリとした頭部センサーや首の細い関節部分を、金属の手でヒステリックに払いのけるような動作をしているのだ。


『警告! メイン視覚センサー異常!』

『未確認ノ超小型生物ガ付着! 排除デキマセン!』

『内部回路ニ侵入サレタ! エラー! エラー!』


 アンドロイドたちの電子的な悲鳴が船内に響き渡る。

 私は赤ポッチを操作し、機能停止して倒れ込むアンドロイドの頭部へ一気にズームインした。

 そこに「それ」はハッキリと映っていた。


 8つのつぶらで冷徹な瞳。

 黒と白の洗練されたタキシード柄のボディ。

 そして、常人の目には止まらない「黒い稲妻」のようなスピードで跳躍する、その小さな姿。


「……ア、アダンソン先輩!?」


 私が大声で叫ぶと同時に、茶の間(ちゃのま)にあるモンステラの大きな葉の裏から、本人がひょっこりと音もなく飛び出してきた。

 彼女は私のカーゴパンツの膝の上に見事な着地を決めると、「どうだ」と言わんばかりに誇らしげに前脚を高く上げた。


「先輩……、まさかあの一瞬で、ビリー君と一緒に宇宙船へ密航していたってのかい!?」


 どうやら彼女は、あの夜、ビリー君がトラクタービームで連れ去られる直前、彼の豊かなアンズ色の羽毛の奥深くに瞬時に潜り込んでいたらしい。なんという恐るべき判断力と行動力だ。


「おぉぉ! ほら、ここを見てくださいアキラさん。すごいですよ」


 大家さんが画面の一部を指差す。

 食糧庫のシーンだ。俯瞰(ふかん)アングルから見ると、ビリー君がスイーツ系のペーストを貪り食っている横で、アダンソン先輩も銀色のチューブの一つ――おそらく未来の軍用高圧縮エナジードリンクのような代物――に牙を突き立てて、青光りする液体をチューチューと啜っていた。


 そして、追手のアンドロイド部隊が倉庫になだれ込んできた時だった。

 未知の高エネルギーを取り込んで一時的にパワーアップした先輩が、ビリー君の頭部を砲台代わりにして仁王立ちになった。


 その構えは、まさに映画『エイリアン2』に登場する植民地海兵隊のタフな女兵士、バスケスがM56スマートガンを構えた時のそれだ。


( Let's rock!……やってやるぜ!)


 アダンソン先輩のハードボイルドな幻の叫びが聞こえた気がしたその瞬間、彼女の糸疣(いといぼ)から、極限まで圧縮・硬化されたスパイダーウェブの弾丸が、凄まじい連射速度で掃射された。


 ダダダダダダッ!!


 それはもはやハエトリグモの糸というより、重機関銃の弾幕だった。ハエトリグモとしてはありえない粘着性と貫通力を兼ね備えた糸の散弾が、アンドロイドたちの視覚センサーと関節の駆動部を蜂の巣にし、次々と物理的に沈黙させていく。


 さらに、目を疑うような驚くべき連携プレーも記録されていた。

 ビリー君が、どの壁のパネルを叩けば扉が開くのか迷って立ち止まっている時。アダンソン先輩が、壁の配線パネルの1箇所( おそらくセキュリティの最も脆弱なポイント)にピタリと張り付いて、前脚でチョンチョンと合図を送っているのだ。


 カンッ!( ビリー君が真鍮の鍵でそこを正確に叩き割る)

 バチバチッ!( 強固なセキュリティロックが強制解除される音)


「……完全に誘導していますね」


 大家さんが、感心を通り越して戦慄したように呟いた。


「アダンソン君が構造的な弱点を見抜いて指示を出し、ビリー君が圧倒的なパワーで物理的に破壊する。……これはただの野獣の暴走じゃありません。高度に訓練された『組織的な艦内制圧行動』に見えますね」


 恐ろしい。

 未来の時空生体管理局の管理システムは、単に腹を空かせて暴れる恐竜に手を焼いたのではない。

 『物理攻撃特化の恐竜( タンク)』と『超高速の頭脳派ハエトリグモ( 影の女司令塔)』という、異能のバディに船を完全にジャックされかけたのだ。


「そりゃあ、『返品』も即決されますよね……。というか大家さん、この客観映像を撮っていた小型ドローン本体はどうなったんですか? ビリー君はカメラの付いた親機しかぶら下げていませんでしたけど」


 私が尋ねると、大家さんはお茶を啜りながらニコリと笑った。


「ああ、あれですか。撮影したデータはリアルタイムでビリー君の首の親機に送信されていましたけれども……。ドローン本体は今もまだ、未来の宇宙船のダクトの奥深くに静かに潜伏して張り付いていますよ、多分」


「……放置してきたんですか!?」


「ええ。彼らへのささやかなプレゼント……、トロイの木馬ですよ。有備無患(ゆうびむかん)、備えあれば憂いなしですよ。船内のシステムに直結した『バックドア』を残しておくのも悪くないと思いませんか? 試作品なので本体に戻る機能はついていませんでしたしね。でも、学習型AIを搭載していますから、今度会う時は進化しているかもしれません。フム」


( このジジイ、未来の宇宙船相手にハッキングを仕掛ける気か……)


 私は大家さんの底知れぬ狂気に軽いめまいを覚えつつ、テレビのリモコンの上にいる小さな英雄を畏敬の念を持って見つめ直した。

 彼女は「プロとして、当然の仕事をしたまでだ」とでも言うように、ハードボイルドな佇まいで触肢(しょくし)を綺麗に整えている。


 ふと、さっきのホログラムの「返品タグ」をもう一度確認してみる。

 一番下の隅に、小さく明滅する文字で『追伸』が書かれているのを、今の今まで見落としていた。


>追伸:

>特に、Hasarius adansoni Mutant( ハサリウス・アダンソニ・ミュータント) コードネーム:BLACK‐JUMPER は極めて危険です。

>こちらの強固なセキュリティシステムに対し、強靭な粘着性物質による物理ハッキングを単独で行い、メインシステムを掌握しかけました。

>恐怖です。


「ミュータント!……未来の超高性能ロボットに、トラウマを植え付けてどうするんだ、アダンソン先輩」


 私は呆れつつも、アダンソン先輩の漆黒の頭部を、極太の指先で極めて優しく撫でた。

 もし、この小さな影の司令塔がいなければ、力任せに暴れるだけのビリー君は、いずれ捕獲されて未来の動物園の見世物になっていたかもしれない。彼が確実に生還できたのは、間違いなくアダンソン先輩の暗躍のおかげなのだ。


「ありがとう、先輩。ビリー君を、私たちの大切な家族を守ってくれて」


 先輩は私の指をポンと叩くように跳ねると、足元で丸くなって眠っているビリー君の鼻先へと見事に着地した。

 ビリー君は気持ちよさそうに寝ながら、「Vamoose(ヴァムース)( ムニャムニャ……姐御、あっちに極上のスイーツの管があるぜ。僕ちゃんが叩き割るから、援護射撃よろしくな……)」と、物騒な寝言を言っている。


 最強のバディが帰還した我が家。

 もはや未来人も、彼らの誇る巨大な宇宙船も敵ではない。

 この雪に閉ざされた壱拾六軒町内会じゅうろっけんちょうないかいの平和は、この2匹( と私たち)の固い絆と、未来へ残してきた小さな「置き土産」によって、盤石のものとなったのだ。


 ……まあ、また明日の朝には、過酷な雪かきという現実が待っているのだけれど。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

次回も、山悟荘でお待ちしています。

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