第61話「アンズ色の帽子と雪の町」
外は相変わらず、北海道特有の軽く白い雪が音もなく降り続けている。
部屋の真ん中では、私が組み上げたハイスペック自作PCの巨大な冷却ファンが、ブォォォンと重低音を響かせてフル稼働していた。
宇宙船から生還したビリー君の首にぶら下がっていた『GoProもどき』。大家さんが仕込んでいたそのカメラの正体は、衝撃を感知して自動で射出される『小型ドローンの試作品』を内蔵した、とんでもない記録装置だった。
ビリー君が未来の船内で大暴れした衝撃で放出されたドローンとカメラは、彼の主観 (FPS視点)と全体像 (客観視点)の両方を、強固なブラックボックスのデータとして『GoProもどき』に記録し持ち帰ってきたのだ。
現在、PCがその膨大で複雑な映像データを統合し、情報処理を行っている真っ最中である。
私はその処理が終わるまでの待ち時間を利用して、今日も、黙々と仕事場のデスクに向かっていた。
私の本業は、フリーランスの精密画家であり、実は子供向けの絵本作家という意外な一面も持っている。
身長190センチ超え、スキンヘッドで丸太の腕を持つ私が、パレットの上で淡い絵の具を溶いている姿は、控えめに言って「何か怪しい儀式」にしか見えないだろう。だが、極太の指先で極細の面相筆を操るこの緻密な作業こそが、私の天職なのだ。
画用紙の上に広がるのは、パステルカラーの柔らかな水彩画。
私は今、新しい絵本のラフを制作していた。
タイトルは、『あんずいろの ぼうしと、ゆきのまち』。
『むかしむかし、北の ゆきのまちに、おおきくて、すこし こわい顔をした おとこの人が すんでいました』
ページをめくる。そこには、一人ぼっちで雪かきをする、丸坊主の巨漢の哀愁漂う背中。
『ある ふゆのひ、あんずいろの ふしぎな鳥が、まいごになって やってきました』
次のページでは、猛吹雪の中でガタガタと震える、アンズ色の羽毛を持った小さな恐竜が描かれている。
私がこの山悟荘という名の古民家に越してきて、白亜紀のハンターであるヴェロキラプトル――ビリー君と出会ってから、はや1年。
私のハードボイルドで静かな北海道スローライフは、彼が現れてからというもの、劇的に、そして物理的に破壊されたのだ。
私は筆を洗い、春の陽気を思わせる暖かな黄色と、森の若緑色をパレットで作る。
『あたたかい はるになると、ふたりは あっちこっちへ いっぱい おでかけしました』
見開きページには、大家さんのアンキロサウルス号 (陸戦型装甲キャンピングカー)に乗って、北海道の広大な大自然をあちこち旅する巨漢と恐竜の姿。
『おやまの なかで、おおきくて こわい クマさんに であっても……』
私はここで少し手を止めた。
藻岩山でジンギスカンをたらふく食べたビリー君が、突突現れた巨大なヒグマを前に、消化不良でパニックを起こして放った「オナラ撃退事件」。実際は雪山での出来事だったが、まあいいだろう。
恐竜の強力な消化酵素とラム肉の脂、そしてニンニクたっぷりのタレが融合したあの『人知を超えた化学兵器』は、今思い出しただけでも鼻の奥がツンとする。
だが、さすがに絵本でリアルな毒ガス描写は、お母さんたちが許さないだろう。私は苦笑しながら、筆に紫色を取り、絵本ならではの「メルヘンな表現」へと変換した。
『オレンジの鳥が「ぷぅ〜!」と おとを だすと、おしりから モクモクと、こわ〜い オニさんが でてきました』
『オニさんは クマさんを やっつけてくれて、クマさんは なきながら にげていきました』
絵本の中では、ビリー君のお尻から出た紫色の煙が「ツノの生えた怖い鬼の顔」になり、それに驚いたクマが涙目で逃げ惑うという、なんともユーモラスなイラストに仕上がった。
そして季節は再び冬へと移り変わり、私は筆に冷たい群青色と、黄鉄鉱の黄金色を落とす。
『ふゆがきて、ふたりは、はつめいかの おじいさんと いっしょに、ちかの そこへ たんけんに でかけました』
『そこには、おおむかしの おおきなクジラさんや、カイギュウさんが、しずかに ねむっていました』
大家さんの開発したトンデモ掘削機『三吉くん』シリーズと共に掘り進めた、地下40メートルの世界。
絵本の中では、あんず色の鳥と巨漢の男が、化石の背中に乗って楽しそうに笑っている。現実の過酷なツルハシ労働や、残土処理の疲労は、優しい水彩のタッチで美しくオブラートに包み込んだ。
そして、物語は直近のクライマックスへ向かう。筆に少しだけ、無機質な青白い色を足す。
『でも、あるよる。おそらの むこうから、ピカピカひかる わるい おふねが やってきて……オレンジの鳥を さらって しまいました』
空に浮かぶ巨大な六角形の影。トラクタービームで吸い上げられ、水平回転しながら連れ去られていったビリー君の姿を、私は少しデフォルメして描いた。
『おとこの人は、とっても かなしくて、よるになるとシクシクとなきました』
『すると……ポンッ! おにわの ゆきの中から、鳥が とびだして きたではありませんか!』
『鳥は、おふねの おやつを ぜんぶ たべてしまって、おこられて つまみだされたのです』
『ふたりは また、あたたかい おうちで、いっしょに ごはんを たべました。めでたし、めでたし』
最後のページには、こたつで山盛りのアイスとニジマスの刺身を食べる、巨漢と恐竜の姿。北海道ではあまりコタツを使っている家庭は少ないが、まあ、雰囲気も大切だ。
「……ふむ。我ながら、実にハートフル・ストーリーだ」
私は筆を置き、完成したラフ画に満足げに頷いた。
事実は小説よりも奇なりと言うが、私の身に起きたこの一年あまりのSFパニック巨編も、こうして絵本に落とし込んでしまえば、なんとも可愛らしくてホッとする「おとぎ話」になる。
「Vamoose? (ブラザー、お仕事中ぅ? 遊ぼうよぉ〜う)」
ふと、足元から甘ったるい鳴き声がした。
いつの間にか書斎に入ってきていたビリー君が、私の太い太ももに前脚をかけ、デスクの上の画用紙を覗き込んでいた。
「ああ、ビリー君。君の物語を描いていたんだよ。ほら、見てごらん」
私が絵本を膝の上の彼に見せると、彼は金色の瞳を丸くして、水彩画の匂いをスンスンと嗅いだ。
「Gyau? (僕ちゃんはもっとキュートだぜ? それに、あのクマはもっと臭そうに逃げていったぞ)」
彼は不満そうに喉を鳴らし、UFOに吸い込まれるページの自分をピンセットのような爪でツンツンと突いた。
「Namoose! (この光る船は嫌いだ! 飯が不味かった!)」
「ははは、そう怒るな。お前があの船のスイーツを食い尽くして大暴れしてくれたおかげで、こうしてまた一緒にいられるんだからな」
私が彼の頭の羽毛をわしゃわしゃと撫でてやると、彼は「Pikobabool (まあ、あの暴れっぷりは最高だったけどな)」と得意げに目を細めた。
ピロリロリン♪
その時、部屋の隅で唸りを上げていた自作PCから、軽快な完了音が鳴った。
私はビリー君を抱え上げ、デュアルディスプレイのモニターに目をやった。進行状況を示すプログレスバーが100%になり、見事に復号化された映像ファイルが生成されている。
そうだ。絵本のような「おとぎ話」はここまでだ。
現実の彼は、はるか未来、あるいは異世界のオーバーテクノロジーを持つ宇宙船へと連れ去られ、そして『凶暴につき』という理由で生還を果たしたのだ。
彼が見たもの、ドローンが捉えた『大暴走』の全体像。 それはすべて、このPCの「M.2 SSD (超高速ドライブ)」に収まっている。
「さて、ビリー君。そろそろ大家さんを呼ぼうか」
私はマウスを握り、再生ボタンへカーソルを合わせた。
この記録を見た後、私たちの日常はまた新たな扉を開くことになるだろう。
「ビリー君が未来の船でどんな武勇伝を残してきたのか。……とくと拝見させてもらおうじゃないか」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次回も、山悟荘でお待ちしています。




