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ラプトルの鉤爪  作者: 紫紅葉
第5章:壱拾六軒の存在と時間
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第55話「壱拾六軒町内会の地下帝国」

 猛吹雪のピークが過ぎ、窓の外がようやく少し明るくなってきた頃。


 私たちは朝一番の「緊急除雪出動」を終え、逃げ込むように屋内に戻ってきた。


 一晩の積雪はなんと80センチ。プラスチック製の『ママさんダンプ』に雪を乗せ、雪山へと押し上げて運び続けるという重労働を2時間こなした私の腰は、完全に限界を超えて悲鳴を上げている。55歳の巨体にとって、これほどのドカ雪は容赦のない凶器に等しい。 (来週からは崖下排雪に切り替えよう……)


 そんなボロボロの体を引きずり、地下40メートルのサッポロカイギュウ広場に向かった。広場の片隅に設置された施工管理モニターを眺めると、そこには私の疲労を吹き飛ばすような希望の光景が映し出されていた。


「いやあ、思いのほか早いですね……」


「そうですねぇ。やっぱり世帯数が少ないというのは、こういう時には助かりますね」


 大家さんは、マグカップに入れた熱いお茶をすすりながらのんびりと頷いた。


 モニターの映像には、アリとモグラの夜勤部隊、そして三吉(さんきち)シリーズの活躍によって、私たちが計画していた地下トンネル網の『幹線道路』が、驚くべきスピードで開通していく様子が映っている。

 それもそのはず、私たちの住むこの町内会は、わずか16世帯の民家と、小さな神社が一つあるだけの、山間のごく小さな集落だからだ。


 その名も、「壱拾六軒町内会じゅうろっけんちょうないかい」。

 札幌には「八軒(はちけん)」や「二十四軒(にじゅうよんけん)」といった地名が実在するが、ここもその例に漏れず、明治の開拓期に16軒の農家が入植したことからその名がついたという、由緒ある土地なのだそうだ。


「これで各家屋を繋ぐ大通りの通路は綺麗に繋がりましたし、次は皆さんの『避難用のお部屋』ですね」


 大家さんが手元のキーボードを軽く叩くと、画面上の3Dマップが切り替わった。

 私たちがドローンの上空測量データとGoogleマップ、そして大家さん特製の地下レーダーの数値を統合して作り上げた、極めて精巧な『壱拾六軒町内会じゅうろっけんちょうないかいの3Dマップ』だ。


 狙うは、各家屋の真下、地下40メートル地点。

 そこにそれぞれ8畳ほどの「個室」となる空間を掘り抜き、万が一の氷河期や大災害の際には、各家庭の床下から直接縦坑で安全に避難できるようにする計画だ。

 実際問題として、今の時点で勝手に床下接続をするわけにはいかないが、準備しておくに越したことはないだろう。


「でも大家さん。16軒分の部屋を掘って、例の『白亜紀三和土(たたき)ブラックシリカ散布工法ライト仕上げ』の床を、全部人力で仕上げるとなると……。あの『充電式タコスタンパー』は機械が大きすぎてこの狭い個室空間には搬入できませんし、手作業で地道に叩き締めるしかないと覚悟してはいましたが……今の雪かきで限界を迎えた私のL4・L5 腰椎には少々酷ですよ……」


 私が思わずハードボイルドらしからぬ弱音を吐くと、大家さんは「あはは」と柔らかく笑って、別の映像モニターを指差した。


「アキラさんに無理をさせて、倒れられちゃ困りますからね。これ、作っておきましたよ。見てください」


 モニターの中では、掘削が終わったばかりの空間で、奇妙な機械がせわしなく動いていた。

 お掃除ロボット『ルンバ』を装甲車のようにちょっぴり巨大化させ、その上に工事現場のランマー (転圧機)を強引に取り付けたような、無骨極まりないロボットだ。


「名付けて、自動床固め機『オート・タタキ・マイスター1号』です。ちょっと可愛いと思いませんか? オプションの『散々撒々(さんざんまきまき)アッセンブリー』で散布工法にも対応していますので、ブラックシリカの散布もできますよ」

 

 そのロボットは、床材が撒かれた地面の上を、自律制御で滑るように動き回っていた。


 ダダダダダダダッ!


 高速でピストンを打ち下ろし、人間離れした均一な圧力で床をバンバンと叩き締めていく。なぜかその物騒な稼働音に合わせて、軽快な電子メロディ (カッコーワルツ)が愉快に流れているのが、いかにも大家さんらしいシュールなセンスだ。


「壁や障害物をセンサーで感知して、すべてプログラムで動くので、部屋の隅々まで水平出しも完璧ですよ。人間の手作業以上に丁寧な仕上がりです。アキラさんが水耕栽培のワサビの世話をしている間に、お隣の佐藤さんの家の地下室は終わっちゃいますね」


 画面の中で、みるみるうちに美しく平らな遠赤外線の床が出来上がっていく様は圧巻だった。これなら、私たちは仕上げのジェルを壁に吹くだけでいい。


Vamoose(ヴァムース)…… (なんだあのやかましいデカブツは。僕ちゃんの安眠を妨害する気かよ?)」


 ビリー君がモニターの中の騒音ロボットを怪訝そうに見ているが、あれのおかげでお前のおやつ係 (ATM)の手と腰が空くんだぞ。少しは感謝してほしいものだ。


「この調子なら、16軒分もすぐに終わりますね。これでいざという時も安心できる『地下の町』になりますよ」


「……これって、もしかして『アレ』の方にも使えます?」


「もちろんですよ。ブラックシリカの散布量はちゃんと調整できるようになっていますからね。ご心配なく」


 大家さんの穏やかな声を聞きながら、私はコーヒーを一口飲み、デスクのモニターに映る完成予定の「3Dマップ」全体を改めて眺めた。

 画面の中でゆっくりと回転する、16軒の家と、神社の位置。そして地下に張り巡らされたトンネルのライン。


 こうしてトップビューで見ると、私たちの計画がいかに理にかなっているか、とても分かりやすい。

 分かりやすい、のだが……。


「……ん?」


 私はふと、ある強烈な違和感に気づいて、マグカップを持つ手をピタリと止めた。

 ミリ単位の狂いも見逃さない、精密画家としての職業病だろうか。画面上の家の「配置」が、妙に引っかかるのだ。


 地上にバラバラに建っているように見えて、上空からの視点で見下ろすと、妙に整然としすぎているような……。


「どうしました、アキラさん?」


「いえ……大家さん、なんかこの16軒の配置、変じゃないですか? ただの偶然にしては……家と家のラインが、規則正しく整いすぎている」


 私はマウスを操作し、3Dマップの視点を「真上」へと切り替えた。

 そして、建物のポイントを線で結んでみた。


 そこで私は、息を呑むことになる。


 モニターに映し出された、小さな神社を中心とした16軒の家の配置は、明らかに偶然ではない「ある特定の形 (魔法陣のような幾何学模様)」を、大地にハッキリと描いていたのだ。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

次回も、山悟荘でお待ちしています。

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