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ラプトルの鉤爪  作者: 紫紅葉
第5章:壱拾六軒の存在と時間
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第50話「サッポロカイギュウ広場と、奪われた命名権」

黄鉄鉱 (パイライト)が星のように瞬く『クジラの回廊』を抜けると、空気の質がふっと変わった。


 壁面の泥岩はより黒く、緻密になっている。私の持つ地質学的知見と石オタクとしての直感が正しければ、ここは約800万年前の新生代中新世後期――札幌がまだ暖かく浅い海だった頃の、海底のど真ん中だ。


「ビリー君、驚くべきことだぞ。さっきのヒゲクジラと、これから我々が掘り広げるこの地層は全く同じ時代のものだ。つまり、ここは800万年前の海の住人たちがゴロゴロ眠っているかもしれない、奇跡のタイムカプセルってことだ!」


 私が鼻息を荒くして熱弁を振るうと、ビリー君は「Namoose(ナムース)…… (昔の魚の話より、今の肉が食いたいぜ……)」と興味なさそうに大きな欠伸をした。


「では、大家さん。この辺を我々の地下帝国の『ロビー』にしましょう」

 ここはちょうど山悟荘(さんごそう)が建っている敷地の真下にあたる。


「いいですねぇ。では、三吉(さんきち)くんにはフル装備水平掘削に移行してもらいましょうか。いけっ、トランスフォーム!」


 大家さんが手元のリモコンの赤いボタンを、ターンッ! と芝居がかった手つきで叩いた。

 その瞬間、縦坑専用からただの土竜(もぐら)となっていた三吉くんの装甲が、ガシャンガシャン! と重厚な金属音を立てて左右に展開し、巨大なドリルと無限軌道 (キャタピラ)が横向きに張り出した。


「おおっ!?」


「お披露目しましょう。水平空間拡張専用機、その名も『三吉・第3形態 (水平展開モード)スーパーサンキチ・エボリューション』です!」


(……急にネーミングセンスが小学生男児になった上に、長ったらしいな。「エボリューション」ってなんだよ)


 私は心の中で冷静にツッコミを入れたが、ビリー君は「Vamoose(ヴァムース)! (すっげぇ! 強そう!)」と目を輝かせている。


 スーパーサンキチ・エボリューションが唸りを上げ、空間を円形に削り出していく。ジェル・コクーン工法による強固な防壁のおかげで崩落の心配はない。我々は巨大なアリの巣を作るように、直径10メートルほどの見事なドーム状の空間をあっという間に掘り抜いていく。


 その時だった。

 空間の中央付近の岩盤を掘り下げていた巨大ドリルが、ガガガガッ! と激しい音を立てて火花を散らし、不自然に停止した。


「おっと。硬いですね。……こいつはただの岩盤じゃありませんよ」


 大家さんが慌ててドリルを引き抜いた。

 私は駆け寄り、タガネで周囲の泥を払う。


「質感が違いますね。異常なほど密度の高い……『骨』のようです」


 黒褐色の泥岩の中に埋まっていたのは、異様なほど太く、重厚な肋骨の束だった。

 さきほどのクジラの骨が「しなやかな弓」だとしたら、これは「丸太で作られた強固な檻」だ。


 私は息を呑んだ。この形状、この圧倒的な骨密度。間違いない。


「……わかりましたよ、大家さん。この800万年前の地層の、真の主 (ぬし)が。『サッポロカイギュウ』です。かつてこの札幌の海を支配していた、伝説の巨獣ですよ」


 (僕ちゃんを超える伝説なんかどこにいるってんだい?)と言わんばかりにふんぞり返っているヴェロキラプトルを尻目に、私は目の前に眠っているであろう巨獣の姿に思いを馳せていた。


 全長7メートルを超える、絶滅した海牛類。海底の海草を食べるため、体が浮かないようにあえて骨の密度を高くし、バラストの役割を持たせていたと言われている。


「どうしますか、アキラさん? 掘り出しましょうか?」


「いいえ、掘り出しません。……ここに残し、このドーム広場の『大黒柱』にしたいと思いますが……」


 私は、化石を含んだ巨大な岩盤の柱を広場の中心に残す形で、周囲をドーナツ状に掘り下げるというのはどうだろうか、と提案した。


「でも大家さん。エボリューションのバカでかいドリルじゃ、この貴重な化石まで粉砕してしまいませんか……?」


「ご安心を。こんな時のために、三吉の小型サポートユニットを連れてきていますからね。出番ですよ、『平吉(へいきち)』くんたち!」


 大家さんの足元から、ラジコンカーほどの小さな多脚マシンが10台ゾロゾロと姿を現した。先端には歯科医が使うような精密なマイクロドリルと、細かい土を吸い込む小型バキュームが付いている。

 う〜ん、それがあったならクジラの回廊も効率的に作業できただろうに……。いやいや、己のチカラを使うからこそ喜びもひとしおなのだ。

 それにしても、親機がエボリューションで、子機が平吉とは。こっちのネーミングは昭和か。


 平吉くんたちの能力をもってしても、作業は深夜まで続いた。

 ビリー君のご自慢の凶器『神の爪』と、平吉くんの『精密ドリル』。太古の猛獣と最新小型メカという異色のメンバーによる完璧な連携で、化石の表面が削り出されていく。骨が露出した部分には、私が保存用の合成樹脂「パラロイドB-72」をたっぷりと染み込ませてコーティングする。


 作業が進むにつれてサッポロカイギュウの姿があらわになってきた。どうやらこの個体は、海底に沈んだ状態で化石化し、頭を上に、尾を下にしたような姿勢で、地層の中に斜めに深く突き刺さっているらしい。


 数日後。

 ただの泥と岩の塊だった中央の柱は、見違えるような姿に変貌していた。


「……圧巻だなぁ」


 黒褐色の泥岩の柱から、飴色に輝く太い肋骨と重厚な背骨が立体的に浮き上がり、この広大な地下空間の天井をその背中で力強く支えている。アッパーライトが下から照らし出すと、骨の周囲のパイライト (黄鉄鉱(おうてっこう))が黄金色に煌めき、広場全体に神々しい陰影を落とした。


 私は軽く咳払いを一つした。

 この地下プロジェクトの立案者であり、現場監督である私が、この歴史的瞬間を締めくくるべきだろう。


 私は胸を張り、一歩前に出た。そして、ライトアップされた巨獣の骨を仰ぎ見ながら、高らかに宣言しようと口を開いた。


「よし。では、今日からこの場所を――」


「うん、決まりですね! ここは今日から『サッポロカイギュウ広場』です!」


 大家さんが、ポンと手を叩いて満面の笑みで明るく言い放った。


「……え?」


「いい名前だと思いませんか? 札幌の主が眠る、我々の新しい広場。いやあ、我ながら完璧なネーミングですよ、エボリューションの活躍にも相応しい。ね、ビリー君?」


Vamoose(ヴァムース)! (さすがジジイ! バッチグーだぜ!)」


 ビリー君までもが、大家さんのネーミングセンスに大賛同して、ちぎれんばかりに尻尾を床に叩きつけて喜んでいる。

 私は、開いた口が塞がらなかった。


 その名前は、私がたった数秒後に言うはずだった言葉だ。設計図の端にも書き込み、心の中で何度もリハーサルした、私の完璧な「決め台詞」だったのに。


「……そうですね。とても……いい名前ですよ」


 私は引きつった笑顔で頷くしかなかった。

 ちょっぴり悔しい。いや、ものすごく悔しい。

 これが「家主 (オーナー)」と「店子 (借家人)」の埋められない立場の差なのか。美味しいところを、全部丸ごと持っていかれた気分だ。


「まあ、そう腐らずに。アキラさんのこの見事な発掘と内装の功績は、この基地の歴史に永遠に残りますよ」


 大家さんは私の心中を見透かしたようにニヤリと笑い、平吉くんを撫でながら化石を見上げている。

 私は小さくため息をつきつつ、黄金色に輝く化石を見つめ返した。


 まあいい。名前と決め台詞は横取りされたが、この空間を作り上げたのは私とビリー君、そして少しダサい名前の土竜(もぐら)たちだ(もちろん大家さんのおかげだけども)。


 800万年前の海の主が支える、この地下40メートルの「サッポロカイギュウ広場」。

 間違いなくここは、世界で一番ロマンに溢れた、最高の地下室なのだから。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

次回も、山悟荘でお待ちしています。

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