第47話「白亜紀の群生と、タガを外すかりんとう饅頭」
旭川の道の駅で迎えた朝。
酒粕の匂いで完全に酔っ払っていたビリー君とアダンソン先輩も、すっかり酒が抜けてシャキッとしていた。
私たちはアンキロサウルス号のエンジンをかけ、国道12号線を南下した。
美唄市から滝川市にかけて続く、距離にして29.2キロメートルという「日本一長い直線道路」を駆け抜け、旅の最終目的地である三笠市へと入る。
桂沢湖周辺の山間を流れる渓流に車を停め、川原へと降り立つ。
「さあビリー君、ここは1億年前の白亜紀の地層が広範囲に露出する、化石ハンターたちの聖地だぞ。……あ、そうそう」
私はハンマーを手に取りながら、ふと思い出したように付け加えた。
「実はこの辺り、化石だけじゃなくて『ヒグマ』がよく出ることでも有名な場所なんだよね。フフフ」
「!!??」
私の楽観的な冗談を聞いた瞬間、ビリー君の動きがピタッと止まり、全身のアンズ色の羽毛が逆立った。
ギュルルルル……。
彼の腹の奥底から、阿寒湖のアイヌコタンで聞いたのと同じ、不吉な重低音が鳴り響いた。
(ヤバい! 熊が出るなら、また僕ちゃんのお腹の中の『見えない悪魔』が目覚めちまう!!)というような表情に、私は慌てて「おっと、すまんすまん! 冗談だ、今日は熊の匂いなんてこれっぽっちもしないぞ!」とフォローした。
木彫りの熊ですら冷や汗をかいていた彼にとって、ヒグマの話題は完全にNGワードだったらしい。
(……札幌に帰ったら、ラプトルのデリケートな胃腸にも効きそうな、上質な漢方薬でも本気で探してやろう……)
私は少し反省しつつ、ビリー君の背中を撫でて「ゴメンな。悪かったよ」と落ち着かせた。
気を取り直して、私たちは川原の石を物色し始めた。
とはいえ、すでにむかわ町で大発見をしている。今日はのんびりとお土産を探す程度で十分だ。
私は川のせせらぎを聞きながら、その辺りに無造作に転がっていた、バスケットボール大のいびつな岩 (ノジュール)を何気なく拾い上げた。
「ん……?」
表面の泥を太い指でこすり落とすと、そこから白く輝く殻の端っこが覗いていた。
しかも、1つや2つではない。複雑にねじれた異常巻きアンモナイトや、トゲを持つ無数のアンモナイトたちが、まるで満員電車のように密集して化石化した巨大な群生「クラスター」だった。
「おお……こいつはすごい。たまたま拾った石が、とんでもない大当たりだ」
私は息を呑んだ。だが、この複雑な形状の群生を、川原の固い石の上で無理に割るのは危険すぎる。
「ここでのクリーニングは無理だな。家に持ち帰って、作業デスクでじっくりとやることにしよう」
私はその重たいノジュールを抱え、川原の石に腰を下ろした。
手の中にある白亜紀の記憶を見つめているうちに、私の頭は徐々に冷え、本来の冷静な自分を取り戻していった。
(……我ながら、今回の旅は少しどうかしていたな)
私は心の中で苦笑した。
化石や鉱物という、私の変態的な執着を刺激するモノたちと対面するたび、私はひどく興奮し、自分でも驚くほど大げさな口調で叫び回っていた。まるでアクション映画の屈強な主人公にでもなったかのようなハイテンション。55歳の男としては、少々恥ずかしいはしゃぎぶりだった。
だが、隣で羽毛を揺らして川原を嗅ぎ回るビリー君と、私の肩でくつろぐアダンソン先輩を見て思う。
泥にまみれ、強風に吹かれ、美味いものを食い、太古のロマンを掘り起こした日々。私のこれまでの半生の中で、こんなにも心躍り、充実していた日々があっただろうか。
このかけがえのない友人と過ごした黄金の旅路は、どんな宝石よりも輝いていた。
「Kururu (ほれ、受け取りな)」
ふと、ビリー君が私の元へトコトコと駆け寄り、前脚の爪でつまんでいた「何か」を、私の掌の上にポンと落とした。
「……これは?」
それは、5センチほどの小さなアンモナイトの破片だった。
だが、ただの化石ではない。初夏の日差しを浴びたその表面が、赤、緑、そして黄金色へと、まるでオパールのように七色の光を放って輝いていたのだ。
「こ、これは……殻の成分が変化して宝石になった奇跡の化石、『アンモライト』じゃないか……!」
私が驚いて顔を上げると、ビリー君は「Vamoose (いつも世話焼いてくれるATM (パパ)へのチップだぜ)」と少し照れくさそうに鼻を鳴らした。いつも世話を焼いている下僕 (飼い主)への、彼なりの労いなのだと思いたい。
「……ありがとう、ビリー君。一生の宝物にするよ」
私はその輝く欠片を大事にポケットにしまい、立ち上がってズボンの泥を払った。
もう大声で叫ぶ必要はない。ここからは、大人の男としての落ち着きと平静を取り戻し、静かに札幌へ帰還するのだ。
三笠を後にした私たちは、アンキロサウルス号を南西へと走らせ、夕暮れ時の長沼町に立ち寄った。
約束通り、馴染みの精肉店で絶品の「味付きジンギスカン」を大量に買い込む。
そして、最後の目的地である和菓子屋へ向かった。私の大好物である、「かりんとう饅頭」を買うためだ。
「ビリー君、先輩。いいか、これが本物のスイーツだ。外は黒糖でカリッカリに揚がっていて、中はしっとりとした極上のこし餡が詰まっている。車の中で1つだけ味見しよう」
私は紳士的な微笑みを浮かべ、買いたての温かいかりんとう饅頭を袋から取り出した。
そして、一口かじる。
カリッ……! ジュワァァ……!
香ばしい油と黒糖の風味、そして上品な餡の甘みが、旅の疲労が蓄積した脳髄を直接ぶん殴ってきた。
「…………」
数秒の沈黙の後。
「ウマァァァァァァァァイッ!! なんだこれは! 悪魔の食べ物か!!」
私の取り戻したはずの「大人の落ち着き」は、かりんとう饅頭の圧倒的な破壊力の前に、わずか数十分で木端微塵に吹き飛んだ。
「|Pikobaboooolッッ!! (うめぇぇぇ! 極上だァァ!!)」
一口もらったビリー君も、あまりの美味さに両翼を広げて天を仰ぎ、歓喜の咆哮を上げている。
アダンソン先輩に至っては、こぼれ落ちたカリカリの欠片を抱きしめながら、ダッシュボードの上で勝利の雄叫びを上げる海兵隊員のように高速のブレイクダンス (喜びの舞)を踊り狂っていた。
「野郎ども! 札幌の秘密基地へ全速前進だ! 今夜はジンギスカンとかりんとう饅頭で、史上最大の宴を開くぞ!!」
「Kururururuッ!! (アイアイサー! ガテンだぜ!)」
結局、タガが外れた騒がしい3人組のまま。
私たちは、オレンジ色に燃える夕日を追いかけるようにして、大家さんとクロオオアリたちが待つ、愛すべき札幌の山悟荘へとアクセルを踏み込んだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次回も、男と恐竜と蜘蛛の気ままな漂泊にお付き合いください。




