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ラプトルの鉤爪  作者: 紫紅葉
第4章:漂泊のヘテロトピア
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第46話「100キロ先の巨大モールと、男の銘酒」

 黒いダイヤ (でんすけすいか)の味を堪能した私たちは、当麻町(とうまちょう)を後にして北海道第二の都市旭川市(あさひかわし)へと入った。


 当初の予定では、ここで有名な「旭川の味付きジンギスカン」を買い込んで帰るつもりだった。しかし、私はハンドルを握りながら考えを改めていた。


「……やっぱりやめだ。叔父さんが教えてくれた店が見つからないなぁ。しかたがない、帰りにちょっと遠回りして『長沼町(ながぬまちょう)』に寄ろう」


Kururu(クルル)? (肉は買わないの?)」


「安心しろ、最高に美味い肉を買う。長沼のジンギスカンはタレの味が絶品なんだ。それに、長沼には私の大好物である外がカリッカリの『かりんとう饅頭』がある。あれを買わずして札幌には帰れん」


Vamoose(ヴァムース)! (かりんとう饅頭! 僕ちゃん、それ絶対食う!)」


 甘党のビリー君が、スイカを食べたばかりだというのに嬉しそうに尻尾を振った。

 ジンギスカン調達を明日に回したことで、時間に余裕ができた。

 私はアンキロサウルス号を、旭川の郊外にある巨大な要塞へと向けた。


「よしビリー君、せっかく都会に来たんだ。北海道の近代文明の象徴を見せてやろう」


 たどり着いたのは、地平線まで続きそうなほど広大な駐車場を備えた巨大ショッピングモール。「イオンモール旭川西」だ。


Kururururu(クルルルル)…… (なんだこの馬鹿デカい建物は……)」


 ビリー君が窓にへばりついて、呆然と見上げている。


「ははは、驚いたか。ここはただのスーパーじゃない。道北・道東エリアの民が集う娯楽の殿堂だ。ビリー君、あそこの車のナンバーを見てみろ」


 私が太い指で指差した先には、『北見(きたみ)』ナンバーのミニバンや軽自動車がズラリと停まっていた。


「旭川から北見までは、峠を越えて100数十キロはある。北見方面から旭川へ向かう国道にはな、『イオンまであと100km』っていう、頭のおかしい距離を示す案内看板があるって噂なんだ」


Piruru(ピルル)!? (スーパーに行くのに100キロも走るのか!? 100メートルじゃなくて!?)」


「ああ。往復で200キロオーバーだ。でも、休日に家族で車に乗って、映画を観て、フードコートで飯を食って、大量の買い物をして帰る。それがこの広大な北海道における、正しい休日のレジャーなんだよ」


 私はビリー君に留守番を頼み (さすがに恐竜を連れて店の中を歩いたらパニックになるだろう)、モール内で今夜の惣菜と炭酸水を買い込んだ。巨大な店内は、確かに一つの「街」のような活気に満ちていた。


 買い物を終え、車に戻ると、ビリー君がエアコンの効いた車内で退屈そうに寝そべっていた。


「お待たせ。次は大人の時間だ。旭川が誇る『酒蔵』を巡るぞ」


 北海道の中心に位置し、大雪山系の豊かな伏流水(ふくりゅうすい)と厳しい寒暖差に恵まれた旭川は、日本酒の名産地である。

 まず向かったのは、世界的にその名を知られる「男山酒造り資料舘」だ。


 江戸時代から続く伝統の銘酒「男山」。広々とした前庭には、仕込み水として使われる大雪山の伏流水がコンコンと湧き出ている。


「ビリー君、飲んでみろ。甘くて冷たいぞ」


 車の中から首を伸ばしたビリー君が、コップの水をペチャペチャと舐める。


Vamoose(ヴァムース)! (美味い! 身体に染み渡るねぇ!)」


 私も館内で、お土産用に大吟醸の四合瓶を1本購入した。大家さんと飲むための最高の一本だ。


 続いて車を走らせたのは、旭川駅にも近い市街地にある「高砂酒造(たかさごしゅぞう)」。

 明治時代に建てられたという、白い漆喰(しっくい)の壁に赤い屋根の歴史ある酒蔵だ。周囲には、日本酒の発酵を思わせる、ふくよかで甘い「(こうじ)」の香りが漂っている。


「ここは『国士無双(こくしむそう)』という辛口の酒が有名なんだ。名前がかっこいいだろう」


 私が鼻歌交じりに直売所から純米酒を抱えて戻ってくると、助手席のビリー君の様子がおかしかった。


「……Pikobabool(ピコバブール)〜 (ふわぁ〜……)」


 ビリー君が、目をトロンとさせて首をゆらゆらと揺らしている。ダッシュボードのアダンソン先輩も、歴戦の海兵隊員らしからぬ千鳥足で右へ左へとふらついている。


「おい、どうしたお前ら!」


 私は慌てて窓を開け放った。

 どうやら、酒蔵の周囲に漂う芳醇な「酒粕(さけかす)と麹の香り」を長時間嗅ぎすぎたせいで、アルコールに耐性のない恐竜とクモが、匂いだけで完全に「酔っ払って」しまったらしい。


Pikobabool(ピコバブール)…… (なんか……僕ちゃん、すげぇいい気分だぜぇ……ヒック)」


 ビリー君がだらしない顔で笑い、私に頭を擦り付けてくる。クモの先輩に至っては、ひっくり返って八本の足を空中でバタバタさせている。


「やれやれ、お前らにはまだ大人の香りは早すぎたか」


 私は苦笑いしながら、車内の換気を全開にしてエンジンをかけた。


 トランクには、当麻町(とうまちょう)の黒いダイヤ (でんすけすいか)、大雪山の冷たい伏流水、そして旭川が誇る2本の名酒。

 車内には、酔っ払ってスヤスヤと寝息を立てる相棒たち。


「よし、今日は道の駅で一泊だ。明日は三笠(みかさ)でアンモナイトを掘って、長沼(ながぬま)でジンギスカンとかりんとう饅頭を買って……札幌へ帰るぞ」


 私は夕焼けに染まる旭川の街並みを背に、アンキロサウルス号を南へと走らせた。

 長かった黄金の旅路も、いよいよクライマックスが近づいている。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

次回も、男と恐竜と蜘蛛の気ままな漂泊にお付き合いください。

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