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ラプトルの鉤爪  作者: 紫紅葉
第4章:漂泊のヘテロトピア
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第38話「アンキロサウルス号と、白亜紀のタイムカプセル」

 大家さんのガレージのシャッターを開けると、そこには無骨な鉄の塊が鎮座していた。


 大家さん特製の改造キャンピングカー、『陸戦型キャンパー・アンキロサウルス号』だ。

 つや消しグレーの装甲( シールド)ボディに、極太のオフロードタイヤ。ルーフにはソーラーパネルと巨大なキャリアが搭載されている。名前の通り、鎧竜( アンキロサウルス)のような頑丈さと、秘密基地のような居住性を兼ね備えた「走る要塞」である。


「野郎ども、乗り込め!」

 出発前に大家さんからもらったカツゲンを一気飲みしたせいか、いつもとは違う異様なテンションの私がそこにいた。

 私が重厚なドアを開けると、ビリー君が「Vamoose!(ヴァムース!)( ガテンだぜ隊長!)」と嬉々として助手席に飛び乗った。アダンソン先輩も、定位置とばかりにダッシュボードの真ん中へ陣取る。


 私はイグニッションを回した。野太いディーゼルエンジンの排気音と共に、私たちは初夏の札幌の街を抜け、東南へと走り出した。

 目指すのは、恐竜とアンモナイトの聖地・「むかわ町穂別(ほべつ)」。

 高速道路を使えばあっという間だが、私はあえて国道274号線から南下する下道(したみち)のルートを選んだ。


「ビリー君、前を見てみろ。ここからが北海道ドライブの醍醐味だぞ」

 見渡す限りの緑の平原と、どこまでも続く一本道。

 だが、走り始めて数十分もしないうちに、ビリー君が「Namoose……(ナムース……)( 田舎の景色が変わらなくて飽きたぜ……)」と退屈そうに窓にもたれかかった。


「ははは、贅沢言うな。昔は高速道路なんてなくて、道内移動といえばこの下道(したみち)を何時間もかけて走ったもんだ」

 私はハンドルを握りながら、若かりし頃の記憶を手繰り寄せた。


 まだナビもスマホもなかった時代。分厚い地図帳のマップルを片手に、この果てしない道をバイクやボロ車で駆け抜けた。コンビニも少なく、トイレに困ったり、ガス欠に怯えたり。

 だが、その不便さの中にこそ「旅」があった気がする。休憩所に車を止めて( いわゆるトイレタイム)トラックの運ちゃんと缶コーヒーを飲んで労い合ったり、道端の直売所で茹でとうきびを(かじ)ったり。


「便利になりすぎるのも、味気ないもんだよ」

 私がそう言うと、ビリー君は「ふーん」と鼻を鳴らし、対向車線の大型ダンプカーに向かって手を振って遊んでいた。

 そんなこんなで、車は山間の緑深い町、むかわ町穂別(ほべつ)に入った。


 私たちが向かったのは、白亜紀の地層が露出する発掘体験エリアだ。ここで開かれている化石発掘体験イベントに参加するためである。

 川原へと降り立つと、ビリー君がピクッと鼻をヒクつかせ、懐かしそうに目を細めた。ここは約7000万年前、白亜紀後期の豊かな海の底だった場所。彼にとって、遠い記憶を呼び覚ます「実家」のような匂いがするのだろう。


 すると彼は、足元の変哲もない丸い小石を物色し、パクッと飲み込んだ。

 驚いたが、すぐに納得した。恐竜には、胃の中で硬い食物をすり潰し消化を助けるために石を飲み込む「胃石(いせき)」の習性があるのだ。ビリー君は旅の初めにお腹のメンテナンスをしておきたいのだろう。

 さらに彼は、崖から崩れ落ちていたアンモナイトの破片を拾い上げ、ガリガリとかじり始めた。炭酸カルシウムの塊である化石は、彼にとって最高のミネラル・サプリメントらしい。


「さて、腹ごしらえも済んだなら、仕事だぞビリー君。ロマンを掘り当てるぞ」

 私が貸し出されたハンマーとタガネを構えると、ビリー君も前脚で土を掘り始めた。

 ゴロン。

 しばらくして、彼が泥の中からバスケットボール大のいびつな岩――ノジュール( 団塊)を掘り出した。岩は重力に従って転がり、近くの大きな石にガチン! とぶつかって止まった。

 その衝撃で、表面を覆っていた泥岩がカサブタのようにポロッと剥がれ落ちた。


「ん……?」

 私は駆け寄り、岩肌が欠けて中が覗いている部分に目を凝らした。

 化石自体は無傷だ。泥岩が剥がれた隙間から、白く輝く殻の「一部分」が露わになっている。だが、その形状が普通ではない。規則正しい渦巻きではなく、知恵の輪のように複雑にねじれ、管が折り重なっているのが見えた。


「こ、このねじれ方は……まさか、異常巻きアンモナイト『ニッポニテス』か!?」

 世界中の博物館が欲しがる、アンモナイトの王様だ。

 だが、この複雑な形状ゆえに、硬い母岩(ぼがん)から取り出すのは至難の業だ。普通の道具なら、作業場に持ち帰って何日もかけて削り出すところだが――。


「ビリー君、ちょっと爪を貸してくれよ」

 私は彼を呼び寄せ、ノジュールの前に座らせた。彼のご自慢の凶器、ハンド・クローの出番だ。

「いいか、ここだ。この白い殻のギリギリ外側を、優しく……そう、豆腐を切るみたいに突くんだ」

 私が太い指で指差すと、ビリー君は真剣な眼差しで頷き、ピンセットのように繊細な爪先を岩に当てた。


 カッ、カッ、カッ……。

 驚くべきコントロールだ。普段は獲物を引き裂くための「神の爪」が、今は精密なタガネとなって、ミリ単位で余分な岩を弾き飛ばしていく。


「ストーップ! 粉で見えない。……掃いてくれ」

 私が言うと、ビリー君は今度は前脚の美しい飾り羽をサッサッと振るい、堆積した岩の粉を優しく払い落とした。考古学者が使う刷毛そのものだ。


 カッ、カッ、サッサッ。

 私という現場監督の指示と、ビリー君という超一流の職人の完璧な連携。数十分後、泥団子のようだった岩塊から、芸術的なまでに複雑な曲線を描くニッポニテスの一部が姿を現した。


「……ビューティフル」

 私が溜息をつくと、ビリー君も「Vamoose(ヴァムース)( へへっ、いい仕事しただろ)」と胸を張る。ダッシュボードから降りてきたアダンソン先輩も、前脚を上げて拍手を送っていた。


「……ん? ちょっと待てよ」

 私はふと、ニッポニテスの周囲から剥がれ落ちた「母岩の破片」を手に取り、ルーペを覗き込んだ。

 そこには、1ミリにも満たない無数の「点」のようなものが、びっしりと密集して化石化していた。


「なんだこれ……ただの砂粒じゃない。小さな二枚貝? いや、甲殻類か? カイミジンコの化石が、こんなに大量に……?」

 私は息を呑んだ。

 これほど極小の生物が爆発的に繁殖していたということは、白亜紀の穂別の海が、とてつもなく栄養豊かで温かい「命の楽園」だった証拠ではないか? だからこそ、大量のアンモナイトが棲みつき、それを狙う巨大な海生爬虫類や恐竜たちが集まっていたのだ。


( この微小な化石群……もしかすると、まだ誰も知らない『新種』だったりして……?)

 私の55歳の直感が、歴史的な大発見の予感を告げていた。いずれ近い未来、この穂別(ほべつ)の地から世界を驚かせるニュースが飛び込んでくるかもしれない。


「よし、せっかくだからこの破片も『お土産』に持って帰ろう」

 私たちはニッポニテスと、謎の微小化石が詰まった破片を慎重に梱包し、さらに手頃な大きさの未開封ノジュールをいくつか拾い集めた。


 アンキロサウルス号の広大なカーゴルームは、ゴロゴロとした岩塊でいっぱいになった。

 日が暮れると、私たちは車内でささやかな祝杯を挙げた。テーブルには博物館級の化石と期待の詰まったお土産たち。そして私の手には、二本目のカツゲン。


 大冒険の初日は、太古の海の息吹と、ビリー君の職人技を確認して幕を閉じた。


 明日はさらに南下する。

 美しいサラブレッドたちが駆け抜ける、日高町の「サラブレッド銀座」を目指して。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

次回も、男と恐竜と蜘蛛の気ままな漂泊にお付き合いください。

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