第21話「白亜紀のハイテンションと、甘き郷土愛」
映画が終わり、テレビの電源を切った後も、私たちは誰も眠ろうとしなかった。
いや、眠るどころか、時間が経つにつれて体の中から奇妙なエネルギーが底なしに湧き上がってくるのを感じていた。
室温は28度。湿度は60%。
私はTシャツと短パンという、真冬の北海道らしからぬ格好になっていた。
深く息を吸い込むたびに、肺の奥まで甘く濃密な空気が満ちていく。思考がかつてないほどのハイスピードで回転し始めていた。
「……なぁ、ビリー君。聞いてくれ」
私は立ち上がり、座布団の上で仰向けになってとろけているアンズ色の恐竜を見下ろした。
ビリー君は「なんだい?」というように、とろんとした目で私を見上げて尻尾を振った。
「本州の人間は、北海道に対して勝手な幻想を抱きすぎていると思わないか?」
「Gururu(なんのこと?)」
私の口から、頼まれもしない「北海道あるあるに対する反対意見」が堰を切ったように溢れ出した。自分でもなぜこんなことを語り始めたのか分からない。だが、止まらないのだ。
「いいか。まず『バターご飯』だ。あんなもの、日常的に食べている道民なんてほとんどいないだろう? それから『バターコーンラーメン』! 某テレビ番組で紹介されていた有名なラーメン屋にだって、そんな観光客向けのメニューは存在してないんだ!」
私はちゃぶ台の周りをうろうろと歩き回りながら力説した。
アダンソン先輩が、私の熱弁に合わせて「そうだそうだ」とばかりに前脚を激しく上下させている。普段の冷静な彼女らしくない、残像が見えるほどの高速タップダンスだ。
(さながら、勝利の美酒に酔って弾薬箱を叩くバスケスのようだ)
「それに『ザンギ』だ。本州の人間は『唐揚げとどう違うんですか!?』と目を輝かせるが、こっちとしてはそこまで強いこだわりはない。味が濃けりゃザンギだ。
あと、最近流行りの『シメパフェ』! あんなのは繁華街で飲む若者限定の文化だろう。俺たちの時代、飲んだ後のシメといえば絶対にラーメン一択だった!」
「Vamoose(その通りだぜ! ラーメン寄越せ!)」
ビリー君が仰向けのまま短く吠え、シマエナガ(孫)が彼のお腹の上で「ジュルルル!」と合いの手を入れる。
謎の一体感。空気がうまい。体が軽い。
「パンもそうだ。新千歳空港の行列ができる『トウキビパン』。あんなの、自分が飛行機に乗るために空港へ行くまで存在すら知らなかったぞ! 『羊羹パン』だって、俺は一度も食ったことがない!
海鮮だってそうだ。道民はタコの頭(頭部)ばかり好んで食うと思われがちだが、足だって普通に食うんだよ!」
ゼェ、ゼェ、と息が上がるが、ちっとも苦しくない。むしろ心地よい。謎の万能感が私を包み込んでいた。
「そして、極めつけは『砂糖』だ!」
私はビリー君を指さした。
「ホットドッグ(アメリカンドッグ)に砂糖をまぶす? 一部の地域ではやるが、札幌育ちの俺はかけない! 納豆に砂糖? 入れたことなんて一度もない!
……だがな、私の母は『トマト』にたっぷりと砂糖をかけていた。……いや、待てよ? グレープフルーツにだって、半分に切って砂糖をドバドバかけるだろう? え? かけるよな?」
私は一人で勝手に混乱し、そして勝手に納得した。
「そうさ、茶碗蒸しにはもちろん『栗の甘露煮』が入っている! うちでは銀杏だってちゃんと一緒に入っていたんだ! ダブルだ!
そして赤飯! 赤飯の中身は絶対に『甘納豆』だ。小豆を入れたしょっぱい赤飯なんて、葬式で食う黒飯と見た目しか変わらないじゃないか!」
ビリー君が立ち上がり、私の周りをグルグルと回り始めた。
彼は言葉の意味など分かっていない。ただ、私の異常なテンションと、この部屋の妙に濃密な空気に当てられて、完全にトリップしているのだ。
「飲み物だってそうだ。北海道に来た観光客は喜んで『ガラナ』を買っていくが、私たちがジンギスカンを食う時に飲むのは『コーラ』なんだよ!!」
私は両手を高く突き上げた。
そうだ。すべてが繋がった。
「結論を言おう。いろいろ否定したが、いずれにしても……北海道の人間は、甘いものが大好きなんだ!!」
「Vamoose(最高だぜ! 甘いモンは正義だ!)」
ビリー君が咆哮した。
「昔の年寄りは言っていた……『甘いものは最高の贅沢だ』と! 極寒を生き抜くためのカロリー! 砂糖は正義! 甘味こそが北の大地の生存戦略なんだ!!」
私はジャングルのようになった茶の間のど真ん中で、高らかに宣言した。
甘い草の匂い。温かい空気。
肺いっぱいに吸い込む甘い空気が、私の頭をハッピーなパレード状態に塗り替えていく。何もかもが楽しくて仕方がない。
ああ、なんという素晴らしい夜だろう。
この山悟荘は、世界は、なんて完璧なんだ!




