第15話「分別、すなわち世界の解析」
朝。
昨日の「ゴミステーションの決闘」が嘘のように、山悟荘の茶の間は平和だった。
窓の外では相変わらず季節外れの吹雪が続いているが、私はもう、それを深刻な異常事態として数え上げるのをやめていた。
(現状をデフォルトとして受け入れよう、それもまた人生なり)
私は台所の土間に、3種類のゴミ袋を並べる。
「燃やせるゴミ(黄色)」
「燃やせないゴミ(黄色)」
「資源(透明)」
準備が整うと、すぐに現場監督が現れた。
アダンソン先輩だ。彼女はモンステラの葉から糸を引いて颯爽と降り立つと、一番手前の黄色い袋の縁に陣取り、ビリー君を見上げた。「作業開始だ、新入り」と言わんばかりの風格だ。
ビリー君は神妙な顔で近づいた。彼は理解している。この家のルール(掟)を最も熟知しているのは、自分ではなく、この小さな先輩であることを。
「今日は分別だ。先輩の指示に従えよ」
私が言うと、ビリー君はグルルと短く唸り、作業に取り掛かった。
まずは、ゆで卵の殻。昨日の自分の朝食の残骸だ。ビリー君がそれを咥えると、先輩の方を見た。
アダンソン先輩は、自分が乗っている「燃やせるゴミ」の袋を前脚でトントンと叩いた。そこに入れろ、の合図だ。ビリー君は素直に殻を落とす。
承認。先輩が前脚を上げる。
次に、空き缶。冷たく、硬い。
ビリー君が迷って黄色い袋に入れようとすると、先輩が素早く動いた。ピョン、と隣の透明な袋へ飛び移り、そこで足を止める。「こっちだ」という誘導。中身が見える袋。ビリー君はその指示に従い、缶をカランと入れた。先輩は満足そうに元の位置へ戻る。完璧な指揮系統だ。
その様子を見て、シマエナガも参加してきた。トコトコと歩み寄り、自分の抜けた白い羽を1つ拾う。先輩を見上げると、先輩は「燃やせるゴミ」を指し示した。シマエナガはポイッと捨てる。
(新入りの教育も忘れない。優秀なマネージャーだ)
問題は、その次だった。
ティッシュ。それは、1枚だけ、床に落ちていた未使用のもの。
ビリー君は固まった。使える(機能性あり)。だが、床に落ちた(廃棄フラグ)。清潔。しかし、ゴミ。
彼の脳内でパラドックスが起きている間に、シマエナガが「これ頂戴!」とばかりにティッシュを引っ張り始めた。フカフカの寝床にするつもりだ。
その時、アダンソン先輩が動いた。
シマエナガの目の前に立ちはだかり、前脚を高く上げて威嚇( Xマーク)を作る。「公私混同は許さん」という厳格な管理体制だ。
シマエナガは「ジュルゥ……」と不満げに鳴いて、しぶしぶ足を放した。先輩は再び黄色い袋を指し示す。ビリー君は頷き、ティッシュを燃やせるゴミへと葬った。
続いて、お菓子の空き箱(紙製)。
ビリー君はティッシュの流れで、これも「燃やせるゴミ」に入れようとした。だが、先輩が再び激しくストップをかけた。
「ビリー君、それは『雑がみ』だよ」
私も横から口を挟む。札幌市民にとって、箱や包装紙を燃やせるゴミに混ぜることは重罪に近い。
先輩は、冷蔵庫の横の「リサイクル用の紙袋」を指差した。リサイクルのカテゴリーが違うのだ。先輩はその袋の縁を強めに叩いた。「ここだ、間違えるなよ」と念押しするように。
ビリー君は慎重に、震える鉤爪の先で破れた紙箱の破片をつまみ、指定された袋に入れた。
私が口を出す幕などなかった。
作業が終わり、ビリー君は先輩の方を向いて低く喉を鳴らした。完了報告だ。
「Vamoose(ミッション・コンプリートだぜ! 僕ちゃんにかかればこんなもん余裕だろ?)」
アダンソン先輩は、袋の縁からピョンとビリー君の鼻先に飛び乗り、労うように触肢を動かした。「悪くない手際だったぞ」とでも言っているようだ。
世界は複雑だ。札幌のゴミ分別ルールも複雑だ。常に頭を悩ませる。
だが、頼れる現場監督がいれば、散らかった情報も少しだけ整理できる。
ビリー君は鼻先に現場監督を乗せたまま、報酬のゆで卵を要求して私を見た。
分別というロジックはアダンソン先輩に任せ、自分は食欲という本能を処理することにしたらしい。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
ビリーと過ごす北海道の冬の情景が、少しでも皆様の心に届けば幸いです。
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次話も、山悟荘でお待ちしております。




