第13話「ラプトル、ゴミ出しを理解しかける」
真冬の早朝。
山悟荘の茶の間は、昨夜の名残で少し荒れていた。ゆで卵の殻、開け損ねたお菓子の袋、そして用途不明の紙切れ。
私は台所の引き出しから、札幌市指定の黄色いゴミ袋を取り出した。昨日、近所の「セイコーマート」で買ってきたものだ。
最近は運営会社が「株式会社セコマ」に社名変更し、プライベートブランドも「Secoma」になったため、店を「セコマ」と略す者が増えたらしい。
いや、「セコマ」と呼ばれるので社名変更したんだっけ? いずれにしても、私は決してそんな軟派な呼び方はしない。看板が「セイコーマート」である限り、私は頑なにフルネームで呼ぶ。それこそが我々の世代の消えない習性であり、矜持だ。
このゴミ袋の派手な黄色には理由がある。紫外線をカットする特殊な顔料が練り込まれており、視覚の優れたカラスには中身が見えず、ただの「黒い塊」に見えるよう設計されているのだそうだ。現代科学が導き出した、対カラス用ステルス兵器である。
だが、その袋を広げた瞬間、ビリー君の目が怪しく光った。
彼はソファの上から音もなく降りてくると、袋の前に座り、じっと中を覗き込んだ。瞬膜がパチリと動く。どうやら、彼の白亜紀由来の「恐竜アイ」は、現代科学の知恵を軽く凌駕しているらしい。カラスには黒い虚無に見えるこの袋も、ヴェロキラプトルの眼には、中身がスケスケに見えるクリアな袋として映っているのだ。
彼は自信満々に、床に落ちていた私の靴下を拾い、袋に入れた。自分だけがこの「黄色い宝箱」の中身を把握しているという優越感が、彼の鼻息を荒くさせている。
そのとき、ベッドの下から白い毛玉――シマエナガ(孫)がひょっこりと顔を出した。シマエナガは黄色い袋を見た瞬間、ビクッと足を止めた 。鳥類である彼にとって、目の前にあるのはゴミ袋ではない。得体の知れない「黒い壁」だ。
孫がおののく中、ビリー君はその壁の中に平然と頭を突っ込み、自分の産毛やペンのキャップを放り込んでいく。シマエナガの目には、じいちゃんが「虚無の空間を自在に操り、物質を消失させている」ように映ったことだろう。
袋がパンパンになると、ビリー君は満足そうに袋の口を咥えて、玄関へと運んだ。
「待て。今日は、燃やせるゴミの日じゃない」
私が止めると、ビリー君は袋の上にどっかりと腰を下ろし、ゆっくりと首を横に振った。
「Vamoose(ここは僕ちゃんが守る。一歩も引かないよ!)」
低く、どこかおどけた響き。カラスには見えず、孫には恐れられるこの魔法の袋を管理できるのは、最強の目を持つ自分だけだという自負があるのだろう。
夜。
ビリー君は玄関で丸くなり、ゴミ袋に尻尾を巻き付けて眠っている。その横でシマエナガも、偉大なる魔法使いの庇護下に入るようにして、安心して羽を休めていた。
ウトウトしかけた時、インターホンが鳴った。飛脚の宅配便だ。
……しまった、玄関には今、ビリー君が陣取っている!
慌てて駆け寄ったが、ドアの向こうから例の青年の事務的な声が聞こえてきた。
「お届け物です。捺印かサインをお願いします」
「Vamoose(はいよ、僕ちゃんに任せな!)」
「あ、ペン持てませんか。じゃあ拇印(鼻紋?)でも……」
「Vamoose(オッケー、判子代わりの鼻スタンプだな!)」
ピッと音が鳴る。私がたどり着いた時には、青年は何事もなかったかのような足取りで去っていくところだった。やはりあの配達員、メンタルが鋼すぎる。
届いた荷物は、洞爺湖町(旧・洞爺町)の友人からのもので、名菓わかさいも本舗の「わかさいも」だった。
長いこと会っていないが、元気にしているだろうか。そう、彼と出会ったのは小学校の修学旅行で洞爺湖を訪れた時のことだった。もう、かれこれ四十年以上も前の話になる。
遠い記憶の物思いにふけっている私を、ビリー君が箱をバンバン叩いて急かしていた。「Vamoose(僕ちゃんを待たせるなんて、罪深いぜ! 早く開けて!)」
私は包装紙を破り、醤油の香ばしい匂いが漂う『わかさいも』を一つ取り出した。
「いいか、これは『わかさいも』だ。でもな、ビリー君。いもといっても本物の芋じゃないんだよ」
そう、焼き芋に似せたこの和菓子は、大福豆の白餡に細切り昆布を練り込むことでサツマイモのスジを表現し、表面に卵醤油を塗って焼き上げているのだ。開拓時代の知恵とロマンが詰まった――。
ふと視線を落とすと、私の手から「わかさいも」は消えていた。
目の前には、白亜紀には存在しなかった「醤油と白餡と昆布のハーモニー」に脳を焼かれ、
「Vamoose(……っ! 僕ちゃんの脳内でビッグバンが起きた……!)」
と言わんばかりの顔で、石像のように固まったラプトルがいた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
第2章「山悟荘の深層 ―― 元型と集合的無意識の泉」が幕を開けました。
雪深い札幌の片隅で、おっさんと恐竜、そして小さな同居人たちの日常はさらに深化していきます。
彼らの風変わりな共同生活を、引き続き温かく見守っていただければ幸いです。
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