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ラプトルの鉤爪  作者: 紫紅葉
第10章 銀世界の灯火
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第119話「こだわりのハードワイヤード」

 時空ニレが世界規模の「メッシュWi-Fi」構築を開始したが、いまだ『同期率、不安定』なままなのが気にかかる。私はビリー君を引き連れて、地下基地の最奥部、「マリモモドキの地底湖」へとやってきていた。


 目の前には、幻想的な光景が広がっている。

 暗闇の中、青白く発光する湖水から、巨大な「新生・時空ニレ( クロノス・エルム )」がそそり立ち、血管のような緑色の光を脈動させている。

 そして、その根元付近の水中には、先日調査した「巨大マリモモドキ」が、ゆらゆらと漂っていた。


「……気に食わんな」


 湖の岸辺で、私は腕組みをしてその様子を睨みつけた。

 何が気に食わないかと言えば、その「中途半端な距離感」だ。


 新しいサーバー( 湖の巨木 )と、古いバックアップデータ( 漂っている巨大マリモ )が、同じ水の中にありながら、物理的には完全に接触していない。

 恐らくワイヤレスで同期しているのだろうが、古参のPCオタクの性分として、大容量データを扱う際に無線というのは信用ならない。パケットロスやレイテンシを許すことはできない。

 重要な外付けハードディスクは、太いケーブルでガッチリと『物理的結線( ハードワイヤード )』するのが私の流儀だ。


 それに、園芸的見地からしても、根っこが求めている養分( データ )が目の前でプカプカ浮いているというのは、「お預け」を食らっているようで可哀想ではないか。


「ビリー君、ちょっと手伝ってくれ」

Vamu(ヴァム)?( あいよ、キャプテン? )」


 私たちは物置から持ってきた胸まである胴付長靴を履き、ビリー君と共に冷たい湖水の中へとジャブジャブ入っていった。

 目指すは、時空ニレの根元と、その少し先に浮いている直径3mの巨大マリモだ。


「よし、物理的に『マウント』するぞ。こっちへ押すんだ」

Vamoose(ヴァムース)……( デカくなったな、ベイビー)」


 ビリー君は、水面に浮かぶ巨大な緑の球体を見て、我が子の成長を喜んでいるのだろうか?

 私たちは水に浮遊するマリモを、時空ニレの太い根が網のように広がっている中心部へと誘導した。


 SCSI( スカジー )のコネクタを差し込むような、グリグリっとした感触をイメージしながら押し込む。



 ……ガンッ。



 根の形とマリモの突起が合わず、弾かれた。


「ちっ……USBのType-Aコネクタと同じで、一発じゃ裏表が合わない仕様か? いや、これは50ピンのSCSI( スカジー )だな。ビリー君、少し回転させて、もう一度押し込むぞ」


 私が文句を言いながらマリモを半回転させ、再び根の隙間へと押し込んだ。



 ズズズ……ッ。



 今度は抵抗があったのは最初だけだ。まるで吸い込まれるように、マリモが根の隙間にスッポリと収まった。そしてSCSI( スカジー )コネクタがワイヤークリップでカチッと固定されるかのように、時空ニレの根がマリモを抱え込んだ。


 その瞬間。


 ドクン。


 地底湖の水面が、心臓の鼓動のように大きく波打った。


Vam(ヴァム)!?( うおおっ!?)」


 ビリー君が驚いて尻尾を跳ね上げる。

 マリモから伸びた無数の菌糸が、生き物のように時空ニレの根に絡みつき、急速に結合していく。

 強烈な光の粒子がマリモから吸い上げられ、幹を通り、天井の岩盤を突き抜けるように駆け上がった。


 洞窟全体が、エメラルドグリーンの閃光に包まれる。


『同期率、100%。アーカイブ・データの解凍と統合を開始』

『生体量子ネットワーク、メインフレームへのマウント完了』

『破損クラスタの修復およびデフラグメンテーションを実行中』

『グローバル・オプティカル・メッシュ、ルーティングテーブルの再構築を開始』

『通信プロトコル、復旧・最適化プロセスへ移行』

『全プロセス完了までの推定時間:18時間45分(現地時間:大晦日 23時59分 完了予定)』


 防水仕様のタブレットに矢継ぎ早に流れる文字列。

 よく分からないが、エラーメッセージではない。大晦日の年越しギリギリには全システムの統合が終わるらしい。

 私の感覚で言えば、「接触不良だった外付けHDDを、しっかり差し込んだら、認識して爆速でデータ転送が始まった」ようなものだろう。


「うん、サクサク動くようになったな」


 私は満足げに頷いた。

 これで時空ニレも、過去のデータを安定して参照しつつ、新しいネットワークを快適に運用できるはずだ。

 光の奔流の中で、巨木の枝葉がさわさわと揺れた。それはまるで、「ありがとう、管理者」と囁いているようにも見えたが、まあ洞窟の反響音だろう。


「よし、メンテナンス完了だ。ビリー君、戻ろうか。今日は冷えるから、予定通り肉団子(にくだんご)鍋にしよう」

Pikobabool(ピコバブール)!!( ヒャッハー! 極上の肉団子だぜ!!)」


 巨大な緑の球体を押し疲れたビリー君は、「鍋」という単語に狂喜乱舞して地上へと続くエレベーターへ向かって猛ダッシュした。


 私はタブレットを閉じ、ポケットに突っ込んだ。

 その背後で、完全に再起動した「時空の扉」が、未来へ向けて静かに、しかし力強く信号を送り始めていることになど、気づくはずもなく。


 私がしたのは、ただの「園芸」と「配線整理」。

 そう、いつもの日常業務だ。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

次話も、山悟荘でお待ちしております。

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