第119話「こだわりのハードワイヤード」
時空ニレが世界規模の「メッシュWi-Fi」構築を開始したが、いまだ『同期率、不安定』なままなのが気にかかる。私はビリー君を引き連れて、地下基地の最奥部、「マリモモドキの地底湖」へとやってきていた。
目の前には、幻想的な光景が広がっている。
暗闇の中、青白く発光する湖水から、巨大な「新生・時空ニレ( クロノス・エルム )」がそそり立ち、血管のような緑色の光を脈動させている。
そして、その根元付近の水中には、先日調査した「巨大マリモモドキ」が、ゆらゆらと漂っていた。
「……気に食わんな」
湖の岸辺で、私は腕組みをしてその様子を睨みつけた。
何が気に食わないかと言えば、その「中途半端な距離感」だ。
新しいサーバー( 湖の巨木 )と、古いバックアップデータ( 漂っている巨大マリモ )が、同じ水の中にありながら、物理的には完全に接触していない。
恐らくワイヤレスで同期しているのだろうが、古参のPCオタクの性分として、大容量データを扱う際に無線というのは信用ならない。パケットロスやレイテンシを許すことはできない。
重要な外付けハードディスクは、太いケーブルでガッチリと『物理的結線( ハードワイヤード )』するのが私の流儀だ。
それに、園芸的見地からしても、根っこが求めている養分( データ )が目の前でプカプカ浮いているというのは、「お預け」を食らっているようで可哀想ではないか。
「ビリー君、ちょっと手伝ってくれ」
「Vamu?( あいよ、キャプテン? )」
私たちは物置から持ってきた胸まである胴付長靴を履き、ビリー君と共に冷たい湖水の中へとジャブジャブ入っていった。
目指すは、時空ニレの根元と、その少し先に浮いている直径3mの巨大マリモだ。
「よし、物理的に『マウント』するぞ。こっちへ押すんだ」
「Vamoose……( デカくなったな、ベイビー)」
ビリー君は、水面に浮かぶ巨大な緑の球体を見て、我が子の成長を喜んでいるのだろうか?
私たちは水に浮遊するマリモを、時空ニレの太い根が網のように広がっている中心部へと誘導した。
SCSI( スカジー )のコネクタを差し込むような、グリグリっとした感触をイメージしながら押し込む。
……ガンッ。
根の形とマリモの突起が合わず、弾かれた。
「ちっ……USBのType-Aコネクタと同じで、一発じゃ裏表が合わない仕様か? いや、これは50ピンのSCSI( スカジー )だな。ビリー君、少し回転させて、もう一度押し込むぞ」
私が文句を言いながらマリモを半回転させ、再び根の隙間へと押し込んだ。
ズズズ……ッ。
今度は抵抗があったのは最初だけだ。まるで吸い込まれるように、マリモが根の隙間にスッポリと収まった。そしてSCSI( スカジー )コネクタがワイヤークリップでカチッと固定されるかのように、時空ニレの根がマリモを抱え込んだ。
その瞬間。
ドクン。
地底湖の水面が、心臓の鼓動のように大きく波打った。
「Vam!?( うおおっ!?)」
ビリー君が驚いて尻尾を跳ね上げる。
マリモから伸びた無数の菌糸が、生き物のように時空ニレの根に絡みつき、急速に結合していく。
強烈な光の粒子がマリモから吸い上げられ、幹を通り、天井の岩盤を突き抜けるように駆け上がった。
洞窟全体が、エメラルドグリーンの閃光に包まれる。
『同期率、100%。アーカイブ・データの解凍と統合を開始』
『生体量子ネットワーク、メインフレームへのマウント完了』
『破損クラスタの修復およびデフラグメンテーションを実行中』
『グローバル・オプティカル・メッシュ、ルーティングテーブルの再構築を開始』
『通信プロトコル、復旧・最適化プロセスへ移行』
『全プロセス完了までの推定時間:18時間45分(現地時間:大晦日 23時59分 完了予定)』
防水仕様のタブレットに矢継ぎ早に流れる文字列。
よく分からないが、エラーメッセージではない。大晦日の年越しギリギリには全システムの統合が終わるらしい。
私の感覚で言えば、「接触不良だった外付けHDDを、しっかり差し込んだら、認識して爆速でデータ転送が始まった」ようなものだろう。
「うん、サクサク動くようになったな」
私は満足げに頷いた。
これで時空ニレも、過去のデータを安定して参照しつつ、新しいネットワークを快適に運用できるはずだ。
光の奔流の中で、巨木の枝葉がさわさわと揺れた。それはまるで、「ありがとう、管理者」と囁いているようにも見えたが、まあ洞窟の反響音だろう。
「よし、メンテナンス完了だ。ビリー君、戻ろうか。今日は冷えるから、予定通り肉団子鍋にしよう」
「Pikobabool!!( ヒャッハー! 極上の肉団子だぜ!!)」
巨大な緑の球体を押し疲れたビリー君は、「鍋」という単語に狂喜乱舞して地上へと続くエレベーターへ向かって猛ダッシュした。
私はタブレットを閉じ、ポケットに突っ込んだ。
その背後で、完全に再起動した「時空の扉」が、未来へ向けて静かに、しかし力強く信号を送り始めていることになど、気づくはずもなく。
私がしたのは、ただの「園芸」と「配線整理」。
そう、いつもの日常業務だ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次話も、山悟荘でお待ちしております。




