第118話「大掃除の壁穴と、調律師の遺した鎖」
12月も押し迫った、あるよく晴れた冬の日。
我が壱拾六軒町内会、山悟荘では、一大イベントである『年末の大掃除』が着々と進められていた。
56歳の几帳面な主夫としては、1年の汚れを落とすこの行事に妥協は許されない。私は頭にタオルを巻き、割烹着という戦闘服に身を包んでハタキを振るっていた。
そして、私の最強の助手であるビリー君は、その強靭な肉体を活かした『重機代わり』として大活躍している。
「よし、ビリー君! 次はその茶箪笥を頼む! どかして裏のホコリを吸うぞ」
「Vamoose!( 僕ちゃんに任せな!)」
私がこの家を借りてから1度も動かしたことのない、壁際に鎮座する巨大で重厚な木製の茶箪笥。大人3人掛かりでもビクともしない代物だが、ビリー君はさして太くもない前脚をかけ、「フンスッ!」と鼻息1つで軽々と横へスライドさせてしまった。恐るべき白亜紀のパワーである。
「お見事。じゃあ掃除機を……ん?」
箪笥がどかされた後の壁を見て、私はハタキを持つ手を止めた。
長年のホコリが積もった板張りの壁。だが、その一部だけ、木目の模様が不自然に途切れている箇所があったのだ。
コンコン、と太い指の関節で叩いてみる。
他の場所は「ペチペチ」と詰まった音がするのに、そこだけ「ポコポコ」と空洞のような軽い音がした。
「……隠し扉?」
「Vamoose?( なんだこれ? 面白そうだぜ )」
ビリー君も不思議そうに顔を近づける。
私は壁の隙間に指を差し込み、力を込めて横にスライドさせた。
ギギギギギ……ッ。
重苦しい音を立てて壁の一部が引き戸のように開き、ポッカリと暗い空間が口を開けた。まさか、毎日くつろいでいた茶の間の壁の裏に、こんな『開かずの部屋』があったとは。
スマートフォンでライトを点灯させ、恐る恐る中を覗き込む。
そこは、2畳ほどの狭い『隠し部屋』だった。
古いカビと紙の匂いが立ち込めている。壁際には木製のデスクがあり、その上にはホコリを被った古い手帳や、見慣れない金属製の工具が並んでいた。
「おやアキラさん、今日は何を見つけましたか……いや、なんだここは?」
背後からひょっこり現れた大家さんが、私以上に目を丸くして部屋の中を覗き込んでいた。
「大家さん、この隠し部屋を知らなかったんですか?」
「ええ、全く。……あっ、この工具。これはピアノの調律に使う『音叉』やチューニングハンマーですよ。ということは、ここは……亡くなった親父の部屋ですかね。一家の大黒柱にこんな小さな個室だなんて……」
大家さんの親父さんといえば、100歳近くまで長生きした腕のいいピアノの調律師だったと聞いている。
私はデスクの上に残されていた古い手帳のページをそっとめくった。
そこには、達筆な文字でこう記されていた。
『どうやらこの家の地下には、とんでもない空間が広がっているようだ。私はただの調律師だが、あの空間に流れる音の反響は、地球のものではない。……今日、庭の灯籠のそばで奇妙なものを見つけた』
「親父さん、自分たちが未来の『16人の子孫』だなんて壮大な背景は、全く知らなかったみたいですね。親父さんの『個室』というより『秘密の隠し部屋』的なもんでしょう……」
大家さんが感慨深げに手帳を撫でる。親父さんが遺した物なのだから当然だろう。
私は手帳の横にあった、小さな木箱を開けた。
中に入っていたものを見て、私は思わず「えっ!?」と声を上げた。
木箱の中には、古びた真鍮の鍵の精密なスケッチと共に、鈍く光る重厚なシルバーの鎖が丁寧に収められていたのだ。
「こ、これは……黒ずんではいるが、クロムハーツのネックレスチェーン!?」
間違いない。現在、ビリー君の首に『真鍮の鍵』をぶら下げているあの鎖と全く同じデザインだ。恐竜をデザインしたチャームも全く同じだ。
大家さんの親父さんの手帳には『この銀の鎖は父から受け継いだ物で、大切に保管するよう言われている』と記されている。
(……待てよ。あの真鍮の鍵は、大家さんの親父さんが見つけたものを、ビリー君がどこからか見つけて持ってきた物だ。そして、私の私物であるクロムハーツの鎖をこれまたどこからともなく持ち出してきたので、仕方なく鍵を取り付けて彼の首にぶら下げてやったのだ。
それなのに、なぜ『私が着けたはずの鎖』と全く同じものが、大家さんのじいさんの時代からこの木箱に入っているんだ!?
ビリー君は未来の事故でこの時代に落ちてきた。真鍮の鍵は大家さんの親父さんが拾った未知のオーパーツだ。そこまではいい。だが、この鎖はなんだ? 私の鎖が過去へタイムスリップしたのか? どれもこれもまるでデタラメな時代から飛んできたみたいじゃないか!)
私の中のSF魂が、巨大なタイムパラドックスの渦に飲み込まれそうになった。エントロピーの増大。因果律の崩壊。50代の脳みそがショートしそうになる。
「Pikobabool!!( ヒャッハー! お宝発見だぜ!!)」
私が壮大な謎に直面してフリーズしている横で、ビリー君が部屋の奥の棚から何かを見つけて歓喜の声を上げた。
彼の手( 爪 )にあったのは、古代の遺物でもオーパーツでもない。昭和のパッケージのまま完全に乾燥して化石化した『ベビーカステラ』だった。
「こらビリー君! それは食べ物じゃない、もはやカーボンの塊だ! 食べるな!」
「ああっ、それは親父が生前よくお茶請けに買っていた……!」
私と大家さんの制止も聞かず、ビリー君はそれを1口でバリボリと粉砕して飲み込んでしまった。
「Namoose……( ペッ……パサパサするぜ…… )」
ビリー君はすぐに後悔の顔をしている。
親父さんが遺した謎の鎖。そして、時間を超えてやってきた恐竜と鍵。
深淵なる時空の謎は、食い意地の張った恐竜のコントによって有耶無耶になってしまった。だが、この古い手帳と鎖が放つ確かな時間の重みを感じて、私はホコリだらけの手をパンパンと払った。
「まあいい。謎解きは後回しだ。さあ、掃除の続きだビリー君。終わったら、パサパサじゃない新しいベビーカステラを買いに行こう」
あの隠し部屋は大家さんに任せるべきだろう。
大晦日は、もうすぐそこまで来ている。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次話も、山悟荘でお待ちしております。




