第117話「事故の記憶と、世界を繋ぐメッシュWi-Fi」
地下100m。
地底湖でビリー君のお土産マリモを核として融合し、巨大化したマリモモドキ。改めて調査したところ、それは直径3mほどの巨大な緑色の球体に育っていた。
「……でかいですね」
「ふむ……これはまた、立派な特大マリモですねぇ」
私と大家さんは、腕組みをしてタブレットを見下ろしていた。
時空ニレの根がなんとなく絡みつき、表面はベルベットのような藻で覆われている。そして、中心部からは微かに脈動するような光が漏れ出していた。
私の「SFオタク的直感と無自覚な管理者スキル」が正しければ、これは先代の時空ニレが枯れる寸前に残した『ブラックボックス( 記憶媒体 )』だ。
だが、問題が1つある。
「……で、これ、どうやって中身を見るんでしょうね? どこにも端子( ポート )がありませんし」
「いやはや、それは無理な相談ですねぇ」
大家さんは困ったように、しかしどこか楽しげに肩をすくめた。
作務衣のポケットから怪しげな自作携帯端末を取り出し、マリモにかざしてみるが、画面には『測定不能』の文字が踊るだけだ。
私たちの議論は、地下40mのサッポロカイギュウ広場へ戻るエレベーターの中でも続いていた。
「これは植物の生体電流と、未知の量子データが融合した代物なんですよ。我々人類のパソコンにUSBケーブルでポン、と繋げるわけじゃありませんからねぇ。いわば、超高性能なHDDを拾ったはいいが、合うケーブルがこの世に存在しない……そんな状態と言えますかねぇ」
「つまり、ただの光る巨大マリモ?」
「まあ、そうとも言えますね。ですが、ここに『歴史』が眠っているのは確かですよ。なぜ先代の木が枯れたのか、なぜ『事故』が起きたのか……。まあ、今の我々が知る術はありませんがね」
大家さんは「ロマンがありますな」と目を細め、早々に解析を諦めて水筒のコーヒーを啜り始めた。
私も同感だ。過去に何があったのかは気になるが、今の私たちが干渉できる領域ではない。マリモはマリモらしく、水槽に入れて愛でておけばいいのだ。
「Vamoose…… Vamoose……( よし……いいぞ…… )」
私たちの深刻(?)な会話など、全く気にもとめない男が1人( 1頭 )。
ビリー君だ。
彼は広場の反対側、自分の城である『白亜紀ジオ・フロント』で、別の「植物」に全神経を注いでいた。
以前、大家さんがくれた「魔法の一滴(植物活性剤)」を与えられた、佐藤さんのための例のザクロの木だ。
今は大きな鉢植えに植え替えられ、地下の人工太陽ライトの下に鎮座している。
「Vamoose!( 輝け! もっと輝くんだぜ!)」
ビリー君はザクロの木の前で中腰になり、自身の体を『強発光モード』にして、ビカビカと緑色の光を浴びせていた。
どうやら、自分の光で光合成を促進させようとしているらしい。その姿は、怪しい儀式を行う祈祷師か、あるいは熱心すぎる親バカのようだ。
「ビリー君、そんなに近づいたら葉っぱが焦げるぞ。それに君の光は植物育成ライトとしては波長が……」
「Vamoose!( うるさいキャプテン! 僕ちゃんの愛で育てるんだぜ!)」
彼は私の忠告を聞き流し、今度は真鍮の鍵の先端で、葉についた埃をちまちまと払い始めた。その手つきは、最高級の宝石を扱う鑑定士のように繊細だ。
彼にとって、読めもしない過去のデータ( 巨大マリモ )より、再び美味しい実をつける( かもしれない )ザクロの方が、1億倍重要なのだ。
「……平和だなぁ」
謎めいたブラックボックス・マリモと、必死にザクロに光を浴びせるゲーミング恐竜。
そのシュールな対比を見ていると、先代の木の「事故」云々なんて難しい話はどうでもよくなってくる。
植物が枯れる理由は色々ある。寿命かもしれないし、虫がついたのかもしれないし、キノコが生えたのかもしれない。
だが今は、新しい木が育ち、ビリー君が楽しそうに園芸に勤しんでいる。それで十分じゃないか。
「さて、ビリー君。そろそろ地上に上がっておやつにしないか? ザクロも休憩が必要だよ」
「Pikobabool!( おやつ! 行くぜ!)」
ビリー君は現金なもので、「おやつ」という単語を聞いた瞬間、ザクロへの愛を一旦保留にして走り寄ってきた。
その背中で、点滅する光が「早く早く!」と急かしている。
私たちは巨大マリモを地下に残し、温かい山悟荘の茶の間へと戻ることにした。
おやつ( 大家さん特製・バナナ風味のプロテイン入りホットケーキ、プリン添え )を食べ終えたビリー君は、ストーブの前で満足げに丸まり、規則的な寝息を立て始めた。
その背中の羽毛は、相変わらず1秒間隔でゆっくりと緑色に明滅している。まるで、スリープモードに入ったPCの電源ランプだ。
「さて、と……」
私はビリー君を起こさないよう静かに立ち上がり、茶の間のデスクに向かった。
モニターには、地下基地の管理システムが表示されている。
先ほどのマリモモドキの件も気になったが、私にはもう1つ、確認しなければならないことがあった。
地下100mの時空ニレから飛び去った無数の「種」たちの行方だ。
「大家さんの追跡プログラムによれば……」
キーボードを叩き、世界地図を表示させる。
地図上には、無数の赤い光点が点滅していた。
「……着床完了、か」
光点は、エジプトのギザ( ピラミッドの地下深くだろう )、ブラジルのアマゾン奥地、ヒマラヤの山脈、そして南極の氷の下など、世界中のパワースポットや秘境に散らばっていた。
それらはただ落ちたのではない。データによれば、それぞれの場所で急速に根を張り、微弱な信号を発し始めている。
『ニューラル・リンク、接続開始』
『同期率、不安定』
画面に流れる文字列を見ながら、私は思わず感嘆の声を漏らした。
「すごいな。お互いの信号を中継し合って、通信網( カバレッジ )を広げているのか。……こりゃ、地球規模のメッシュWi-Fiだな」
私が山悟荘のネット環境を改善しようとして大家さんに導入してもらったシステムと同じ理屈だ。
世界中に散らばったサテライト( 子機たち )が、ネットワークを構築しようとしている。
では、その中心にあるのは?
私は地図の中心、北海道・札幌に視線を戻した。
そこには、一際大きく輝く青い光点がある。
ここだ。私たちの足元、地下100mにある「時空ニレ」。
「ここが、メインルーター( 親機 )……いや、マザーサーバー( 中枢 )ってことか」
かつて事故で破損し、マリモモドキの中に記憶を退避させていた「オリジナル」に代わり、私とビリー君が育てたこの新しい木が、世界中の時空ネットワークを統括する役割を担い始めたのだ。
木々が根を張り巡らせ、惑星全体で意識を共有するネットワーク。
「まるで映画『アバター』のエイワだな」
パンドラの森も真っ青のスケールだ。
世界樹だの、アカシックレコードだの、SF映画顔負けの設定がここにある。
だが、今の私にとって重要なのは、世界の運命ではない。
私は椅子の背もたれに体を預け、ストーブの前で光りながら眠るビリー君を振り返った。彼がいびきをかくたびに、尻尾の先の光がフワッと強くなる。
「そんな大層なマザーサーバーの真上で、恐竜が昼寝してるなんてな」
誰も信じないだろう。
だが、それでいい。
世界各地に根付いた種たちが何をするのかは知らないが、この「エイワ」の管理人は私だ(キリッ)。
私がやるべきことは、難しいネットワーク管理ではない。
この場所を、ビリー君が安心して眠れる暖かい場所に保ち続けること。サッポロカイギュウ広場にあるあの小さな春楡の木に、たまに水をあげにいくことだ。
「Vamoose…… Nya〜……( むにゃ……美味いぜ…… )」
ビリー君が、唐突に猫のような寝言を言った。
どんな夢を見ているのだろう。
もしかしたら、その強力なWi-Fiネットワークを通じて、遠いエジプトやアマゾンの景色を見ているのかもしれない。
私は苦笑しながら、モニターの電源を落とした。
画面が暗転し、私の顔が映り込む。
そこには、世界の秘密を知ってしまった重圧などは微塵もなく、ただ「夕飯は何にしようか、たまにはすき焼きも良いかな」と考えている、平和ボケした56歳の男の顔があった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次話も、山悟荘でお待ちしております。




