第116話「地下からの呼び声と、巨大マリモ」
クリスマスが過ぎ去ると、日本人は一瞬にして「正月モード」へと切り替わる。
12月27日。
私たちも例に漏れず、山悟荘の年末恒例「大掃除」に追われていた。
「ビリー君、そこの埃を尻尾で払うのはやめてくれ。舞い上がるだけだ」
「Vamoose!( 僕ちゃんも手伝ってるんだぜ!)」
一通り地上の掃除を終えた私たちは、地下40mの「サッポロカイギュウ広場」を抜け、さらにエレベーターで地下100mの空間へと降り立った。
ここも掃除が必要だ。特に、植物たちが繁茂するエリアは落ち葉の処理が大変なのだ。
作業を始めて数十分後。
奥の「地底湖」の方へ行っていたビリー君が、血相を変えて戻ってきた。
「Gyaaa! Gyaaa!( パパ、こっちだ! 僕ちゃんの池に変なものがあるぜ!)」
ただ事ではない様子に、私と大家さんは顔を見合わせ、彼について洞窟の奥へと走った。
地底湖は、いつものように上品なエメラルドグリーンの光に満ちていた。
だが、その中心――時空ニレの根が最も密集している場所に、それはあった。
「……なんだ、あれは」
根の隙間に抱かれるようにして浮かんでいたのは、直径1mはある『巨大な緑色の球体』だった。
もしや、これは先日ビリー君がこの地下湖に放流した阿寒湖のマリモではないのか?
そう、見た目は完全にマリモだ。天然記念物クラスすら凌駕する、超巨大マリモ。
しかし、今やそれはただの藻の塊ではない。湖の発光するバクテリア『マリモモドキ』とまさかの融合を成し遂げたかのように、光る巨大マリモへと変貌していたのだ。
表面には幾何学的な光の紋様が走り、時空ニレの根が絡みつこうと伸びてきている。
私は吸い寄せられるように、大家さん自作のモニタリング装置の解析コンソールの前に立った。
画面には、意味不明な波形と数値が滝のように流れている。
大家さんが「おや、文字化けですかねぇ」と首を傾げる横で、私は極太の指で眼鏡の位置を直し、画面を凝視した。
「……いや、これはただの文字化けじゃない。規則性がありますよ、大家さん」
精密画家として、そしてPCオタクとしての私の目が、流れる文字列の中に鉱物の結晶のような美しい配列を見抜いていた。
地球の言語ではないが、昔夢中になったSF映画のコンソール画面や、大昔のパソコンの黒い画面に似ている。私はキーボードに手を置き、長年コンピュータをいじってきた勘を頼りに、システムの階層を探り始めた。
カチャカチャ、ッターン。
「……中枢データらしきものを発見。大家さん、この巨大マリモは、ただの植物じゃない。パソコンで言うところの『外付けハードディスク』ですよ」
「ハードディスク、ですか?」
「ええ。地底湖全体に漂っていたマリモモドキ(発光バクテリア)は、ただの微生物じゃありませんね。あれ1つ1つが、時空ニレから切り離された『暗号化されたデータの断片』なのだと思います」
「……ちょっと待ってくださいアキラさん。つまり、あのマリモモドキがバラバラにされたデータそのものだったって事ですか?」
大家さんが、私のSF的すぎる飛躍に戸惑い気味にツッコミを入れた。
「その通りです! その無数のデータ断片が、ビリー君の放流した本物のマリモを『核( コア )』として引き寄せられ、1つの巨大な情報体へと再結合したんです。例えるなら、バラバラになったバックアップデータが、新しい記憶媒体に自動で整理・構築( デフラグ )されたようなものです!」
SF映画やゲームではよくある設定だ。56歳のロマン、SFマインドがワクワクと騒ぐではないか。
マザーコンピューターが破壊される前に、コアデータを切り離して保存するやつだ。そこになぜ阿寒湖のマリモが関係しているのかは分からないが……。
私は「管理者権限」を要求する画面に対し、己の顔を、コンソールに備え付けられているカメラに向かってつきだした。まあ、私の生体認証か何かで通るだろう。
Enter。
すると、画面に緑色の文字で「ACCESS GRANTED(アクセス承認 )」と表示された。
「ほら、ビンゴだ! やっぱりSFの定石通りですね」
私は丸太のような腕でガッツポーズをした。
自分が「選ばれし管理者」だから開いたのではなく、単に「自作PCとSF好きの勘」が冴え渡った結果だと思っている。
ビリー君は、そんな私の様子を「またパパが変な遊びを始めたな」という呆れた目で見つめていた。
地下の暗闇で静かに脈動する巨大な緑の球体。
それは、私たちが知る由もない「失われた歴史」を語り始めようとしているのだろうか。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次話も、山悟荘でお待ちしております。




