第115話「秘密のオーディション」
札幌の街はすっかり雪化粧を済ませ、大通公園周辺はホワイトイルミネーションの幻想的な光に包まれ始めていた。
クリスマスも無事終えて、私は年末に向けてしめ縄を用意したり、灯油タンクの残量をチェックしたり、正月用の餅つきもしなくてはならないのだ。
クリスマスにしても正月にしても、あえて手間ひまをかけて準備をすることで、平凡な日常と特別なハレの日を区別することができる。
机に向かって絵を描いたり、化石のクリーニングばかり続けていては、たとえ元旦であろうとも、いつもの1日と何ら変わりはないのだ、と私はビリー君が私の誕生日にくれたアンモナイトのオブジェを磨きながら考えていた。
そんなある日の午後。ビリー君が妙にソワソワしていた。毎日のエステのせいで、羽根がピカピカと輝いている。
アンズ色の羽毛を念入りに整え、自分の特注サイズのリュックに何かをコソコソと詰め込んでいる。
「ビリー君、お出かけかい? 今日は一日中氷点下の真冬日だぞ」
「Vamoose!( ちょいと野暮用だぜ! )」
そこへ、玄関のチャイムが鳴った。モニターを見ると、近所のハヤテ君だ。どういうわけか、ヘルメットの頭頂部には大家さん特製の『耐寒コクピット』が装着され、中ではハエトリグモのアダンソン先輩( 影の司令塔 )が腕組みをして鎮座している。
ビリー君は私と目を合わせず、逃げるように家を飛び出していった。
「……怪しい」
50代の主夫の勘が、けたたましく警鐘を鳴らす。
「ジェンツー……」
私はビリー君見守りAIの『AKR-55 Gen2( エーケーアール ゴーゴー ジェンツー )』に声を掛けた。
「ビリー君の移動経路を、マップに表示してくれ」
私は急いでダウンジャケットを羽織り、彼らの後をこっそり尾行することにした。
向かった先は、なんと『さっぽろホワイトイルミネーション』の会場である大通公園だった。
今年のイルミネーションは、1日限りで「市民参加型パフォーマンスブース」が設けられるという特別な企画が行われていた。
冷たい冬の空気の中、光のオブジェが立ち並ぶ会場の一角に、ひときわ大きな人だかりができている。
人垣の隙間から覗き込んだ私は、思わず頭を抱えた。
そこには、堂々とステージのど真ん中に立つビリー君と、裏方として立ち回るハヤテ君の姿があった。ハヤテ君の手には、大家さんの達筆な筆文字で『白亜紀後期ヴェロキラプトル』と書かれた渋い木製看板が握られている。……あの大家さん、止めないどころかノリノリで看板まで作って送り出したのか。
ステージ上のビリー君はおもむろに、愛用の特大水筒を取り出した。中身は当然、地下100mの地底湖から汲んできた『マリモモドキの泉』の水だろう。
ゴクゴクゴク……。
完全なる確信犯である。
次の瞬間、ビリー君の全身がボワワァッ! とエメラルドグリーンに発光し始めた。冬のイルミネーションに真っ向から勝負を挑む、見事な『ゲーミング恐竜』の誕生である。
「おおおおっ!?」と観客からどよめきが上がる。
「最新の着ぐるみか!?」「プロジェクションマッピング!?」
観客のボルテージが最高潮に達する中、ビリー君のオンステージが始まった。
まずは、右腕を高く掲げ、遠くのテレビ塔を見つめる『クラーク博士のポーズ( Boys, be ambitious )』。堂々たる風格だ。
次に、発光するオレンジの羽毛を大きく広げてバッサバッサと見せつける『羽ばたきのポーズ』。
そして、金色の瞳を鋭く光らせ、鋭利なハンド・クローを振りかざす『威嚇のポーズ』。観客の子供たちが「キャーッ!」と喜んで逃げ惑う。
極めつけは、首をコテンと傾け、瞳のギミックをつぶらなシマエナガ風の『黒』に変化させて両手を頬に当てる、ポケモンのような『可愛さアピールポーズ』だ。
「Pikobabool!!( 僕ちゃん可愛すぎだろ〜〜〜!!)」
愛らしい(?)鳴き声と共に放たれたその恐るべきギャップ萌えに、会場の女性陣から悲鳴のような黄色い歓声が上がった。
「かわいいー!」「写真撮っていいですか!」
大盛況である。スマートフォンのフラッシュの嵐の中、ビリー君はご満悦でポーズをキメ続けている。
ステージ終了後。
熱気冷めやらぬ舞台裏で、私は腕を組んで仁王立ちになり、彼らを待ち構えていた。
「……さて、ハヤテ君。説明してもらおうか。もちろん、ヘルメットの上のアダンソン先輩もだ」
私が静かに、しかし威圧感たっぷりに問い詰めると、ハヤテ君はシュンとして白状した。
事の発端は、テレビの告知を見たビリー君が「どうしてもイルミネーションの中で輝きたい( そしてスズメたちや人間にモテたい )」と激しくせがんだことらしい。仕方なくハヤテ君が内緒で応募したところ、なんと高倍率の抽選を突破して当選してしまったのだ。
「アキラさんに内緒で応募しちゃったから……怒られると思って言い出せなくて。それで、今日強行突破したんです。ごめんなさい」
ハヤテ君が深々と頭を下げ、ヘルメットの中のアダンソン先輩も「面目ない」というように8つの瞳を伏せている。
ビリー君も「Namoose……( すまんかったぜ…… )」と、光を少し弱めて反省のポーズをとっている。
……まったく、どいつもこいつも。
「怒ってないよ。ただ、水筒の中身(マリモモドキの発光水 )まで持ち出して、あんな派手なことをするなら、マネージャー兼保護者の私に一声かけてほしかっただけだ」
私が大きなため息をつきながら頭を撫でてやると、ビリー君はパァッと顔を輝かせた。
「Vamoose!( ヒャッハー! じゃあ来年も絶対出るぜ!)」
「来年はダメだ」
雪の舞う大通公園。光り輝くイルミネーションの中で、我が家のゲーミング恐竜はひときわ異彩を放っていた。冬の寒さも吹き飛ぶような、騒がしくも眩しい夜だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次話も、山悟荘でお待ちしております。




