第114話「ビリー・ザ・ラプトルの憂鬱」
12月24日、午後。
「いつもご苦労さん。どうもありがとう、ハヤテ君」受領のサインをして、私はタブレットをハヤテ君に渡して、言葉を続けた。
「さすがに、この時期は大忙しだね……。今夜のクリスマスパーティーだけど、私とビリー君は夜通しやっているからな。もし都合が良ければ仕事帰りにでも立ち寄ってくれよ」と、私は笑いかけた。
頼れる飛脚ドライバーのハヤテ君は、今ではビリー君の親友のひとりでもある。ハヤテ君は明るく元気な笑顔で言った。
「もちろん!!寄らせてもらいますよ!アキラさん。クリスマスパーティーなんて、我が家ではしてくれた事なかったッスからね。オレ、すっごく楽しみにしてます!じゃ、また後で!」
そして、ハヤテ君は玄関前をミニ・ママさんダンプで除雪していたビリー君に「今夜は潰れるまで楽しもうぜ!」と言いながら、颯爽と走って行ったのだった……。
それから、数時間後……。
山悟荘の茶の間はクリスマスの飾り付けで彩られ、テーブルには特大のローストチキンが鎮座していた。
台所からは、私が自信作の特製ケーキを持って登場だ。
「よし、お待たせ! アキラ特製・ブッシュドノエルだ……うわっ!?」
茶の間に入った瞬間、私は絨毯のわずかな捲れに足を取られた。
体が傾く。視界がブレる。ケーキがスローモーションで宙を舞う。
グシャッ。
床に広がる無惨な生クリームの海。スポンジの残骸。
「あぁ……嘘だろ……」
私が絶望の声を上げたその時、心配して駆け寄ったビリー君の首元の『真鍮の鍵』が、何かとぶつかったわけでもないのに……。
キィィィィン……!
鋭い金属音が鳴り響き、世界が白く反転した。
――ここからは、時間を繰り返すビリー君の視点で語ろう。
ハッとしてビリーが目を開けると、そこは「数時間前」の世界だった。自分は茶の間でローストチキンのいい匂いを全身に浴びていたはずなのに、今は外でミニ・ママさんダンプの持ち手を握っている……。
「Vamoose?( おいおい、一体何が起きたんだよ?)」ビリーは首を傾げた。すると家の玄関からハヤテが出てきて「今夜は潰れるまで楽しもうぜ!」と声をかけて走り去っていったのだ。
「Namoose……」ビリーはつぶやいた。
家の中に入ると、飛脚のハヤテが配達してきた段ボールを開けたアキラがうれしそうな顔をしていた。中にはリボンで飾られた小さな箱がいくつも入っていた。「みんなへのクリスマスプレゼントだよ」とアキラはビリーに向かって言った。
ふーん、クリスマスにはプレゼントをするのか? なら僕ちゃんも何か用意しないと……ビリーは自分のコレクションを漁りながら、溜まっていく一方の自分の羽毛を見て閃いたのだった。「Vamoose!」
数時間後、形の悪いヴェロキラプトルのミニチュアマスコットが出来上がった。
「Namoose……」
「ビリー君、そろそろパーティーの準備を手伝ってくれよ」
ビリーがそんな事をしている間にもアキラはパーティーの準備を着々と進めている。不格好なマスコットを放り投げて、ビリーは茶の間に向かった。
目の前には、まだ手つかずの湯気を立てるチキン。さっきはちょっとつまみ食いしてしまった。
台所からはアキラの「よし、お待たせ!」という明るい声が聞こえてくる。
ビリーはまた首をかしげたが、次の瞬間、アキラが入ってきて、転び、ケーキを落とした。
アキラの顔が悲しみに歪む。
ビリーが駆け寄る。鍵がまた共鳴する。
キィィィィン……!
――再開。
「今夜は潰れるまで楽しもうぜ!」ハヤテの声だった。
そう、3回目で、ビリーは理解した。
( この鍵が、「キィィィィン」と鳴るとご飯の前に戻れるのか!)
賢い彼は、この状況を『神が与えたもうたボーナスステージ』だと解釈した。
4回目、5回目……ビリーはループするたびに、アキラが入ってくる前のわずかな隙に、テーブルのチキンを一口つまみ食いすることに成功した。
何度食べても減らない魔法の肉。最初は天国かと思った。そう考えればミニチュア・マスコット作りにも精が出る。
しかし、10回を過ぎた頃から、ビリーの心に変化が訪れた。
チキンの味は最高だ。スパイスが効いていて、皮はパリパリだ。
けれど、その直後に必ず見る光景――アキラの、この世の終わりのような悲しい顔。
ビリーが駆け寄ると、アキラはいつも涙目で「ごめんよビリー君……せっかくのクリスマスなのに……」と謝ってくるのだ。
「Namoose……( もう、やめだ。パパのそんな顔、僕ちゃん見たくないんだぜ)」
ビリーはチキンを食べるのをやめた。
アキラが笑顔で入ってきて、一瞬で絶望の表情に変わる。その落差を見るのが辛くなってきたのだ。そして、せっかく作った、自分の分身をプレゼントすることもできない。
――20回目のループ。
ビリーは部屋の隅で、首の鍵を爪で弾いたり、空中の見えない何かを回そうとしたりしていた。
彼は知っている。この鍵は「調律の鍵」。何かを直せるはずだ。
アキラの笑顔を直したい。この悪い時間を直したい。
カチカチと鍵をいじるが、何も起きない。
そしてまた、アキラが入ってきて、転んで、悲しい顔をする。
「Namoose……( もう嫌だぜ。こんなのちっともハッピーじゃないや……)」
ビリーはテーブルの下に潜り込み、うずくまった。
どんなにご馳走があっても、素敵なプレゼントがあっても、パパ(アキラ)が笑っていないパーティーなんて、何の味もしない。砂を噛むようだ。
孤独と無力感が、小さな胸を締め付ける。
キュートな丸い瞳から、一粒の涙がこぼれ落ちた。
ポタリ。
その雫は、首から下がっていた真鍮の鍵の上に落ち、染み込んでいった。
――チーン。
鍵が、今までとは違う澄んだ音色を奏でた。
涙が回路を繋いだのか、それともビリーの「アキラを助けたい」という純粋な願いが届いたのか。
世界が優しく光に包まれていく。
――「今夜は潰れるまで楽しもうぜ!」ハヤテの声だった。
ビリーは大急ぎで茶の間と台所をくまなく調査した。アキラがつまずいた原因を探さなくてはならない。ビリーがようやく見つけたのは、『絨毯のめくれ』だった。( これのせいでパパはつまずいたに違いない……!)
ビリーは絨毯をきちんと敷き直した。
そういえば、一つ忘れていた。クリスマスプレゼントだ。ビリーはフンフンフンと鼻歌を歌いながらそこら中に落ちている自分の羽毛を丁寧に集めだした。
台所からアキラの声が聞こえる。
「おぉぉ〜、ローストチキンがあがったぞ〜♪」
ビリーは弾かれたように顔を上げた。茶の間の入り口へダッシュした。
「ビリー君、つまみ食いは御法度だぞ」
そう言ってアキラは茶の間のテーブルにチキンを置き、「さて、ケーキを仕上げるか」と台所へ戻って行った。
「よし、お待たせ!」
アキラが茶の間にやってきた。
ビリーは尻尾で絨毯のめくれが直っていることを確認した。
「アキラ特製・ブッシュドノエルだ……おっと!」
入ってきたアキラが少しバランスを崩したが、足元が平らだったおかげで、踏ん張ることができた。
ケーキは無事だ。アキラの手の中で、真っ白なクリームが輝いている。
「ふぅ……危ない危ない。ありがとうビリー君、お出迎えかい?」
アキラが安堵の笑顔を見せる。
その笑顔を見た瞬間、ビリーの胸のつかえが取れた。
「Vamoose!!( ヒャッハー! パパのその顔が一番見たかったんだぜ!)」
ビリーはアキラの足にスリスリと体を擦り付けた。
もうチキンのつまみ食いはできないけれど、この笑顔とお祝いできるなら、1回だけのパーティーで十分だ。
こうして、長い長いループを抜けたビリー・ザ・ラプトルは、誰よりも幸せそうに「メリークリスマス」の席についたのだった。
ビリーの横には、長いタイムループのお陰で上達した技巧によって、抜群の出来栄えになったラプトルのミニ・マスコットが、外を覗くように袋から顔を出していたのだった。
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