第113話「点滅するゲーミング恐竜」
「アイスクリーム・パラダイス」から数日。
札幌の冬は、寒さとともに「乾燥」という別の敵を連れてきた。
外気は冷え込み、室内ではストーブが唸りを上げている。その結果、湿度は下がり続け、湿度計は「測定不能(Lo)」の1歩手前だ。加湿器がフル稼働しているが、砂漠にジョウロで水を撒くようなもので、全く追いつかない。
そんなある夜…………夜とはいっても午後4時半だ。冬の北海道の日の入りは早く、午後4時頃には「お晩でした」と挨拶を交わす。何故過去形なのか? それは最初に「お晩でした」と言い放った初め人間に問わねばなるまい。
兎にも角にも、ある夜、私は茶の間で映画を見ながらクリスマスパーティーの招待状を書いていた。
まあ、既に口頭では伝えてあるが、招待客は大家さん、隣の佐藤さん、10軒目のハヤテ君と壱拾六軒神社の神主といったところだ。正式な招待状( インビテーションカード )で、高齢者のクリスマス気分が少しでも浮き立ってくれることを期待している。
「Vamoose?( なんか……僕ちゃん、変だぜ?)」
ビリー君が首を傾げている。
私はペンを止め、ビリー君の方を見た。彼の全身を覆うエメラルドグリーンの光が、何やらいつもと違うのだ。
これまでは「ボワ〜ッ」とした常時点灯だったのが、今日はなぜか、パッ、パッ、パッ……と、一定のリズムで明滅している。
まるで呼吸をするように、あるいは深夜の工事現場の信号機のように。
「なんだこれ……点滅してる? ゲーミングキーボードのイルミネーションみたいだな」
私が不思議に思い、手を伸ばしてビリー君の肩に触れようとした瞬間だった。
バチッ!!
「痛っ!!」
「Namoose!!( 痛えっ!!)」
指先と羽毛の間で、はっきりと目視できるほどの青白い火花が散った。
強烈な静電気だ。指先が痺れるほどの衝撃。
私は痛む指をさすりながら、すぐに原因を察した。
「……そうか、過乾燥と摩擦だ!」と、言いかけた私のクチバシをたたみ掛ける勢いで、後ろから大声が轟いた。
「過乾燥と摩擦です!!」
大家さんだった。
「ビリー君は全身がフェザーという羽毛の塊です! しかも冬の乾燥した空気の中で、化学繊維のダウンジャケットを着たり脱いだり、化繊の絨毯の上を走り回ったりしていますからね! つまり、彼は今『歩く静電気発生器』になっている、というわけです!」
今日の大家さんはテンション高めなようだ。
「羽毛に溜まった大量の静電気が、体内の発光バクテリアと干渉し、パルス信号のような点滅反応を引き起こしているんですよ!! ビリー君にはいつも驚かされますねぇ、ねぇ? アキラさん?」
まったく、今のビリー君の見た目は完全に「接触不良のクリスマスイルミネーション」である。
「ところで、アキラさん、すみませんが、外の荷物を運んでもらえませんか? 驚きますよ〜、ムフフ……」
大家さんに促されて外に出ると、木製のソリの上に30センチ角程の木箱が乗っていた。
「先日ペルーから届いた荷物の中に入っていたんですよ〜、フフフ。あ! 蓋はそのままで、お楽しみは家の中に入ってからです〜。さ、さ、さ、早く中へ運んでくださいな」
なるほど……大家さんがハイテンションな理由が判った。先日、ペルーから山悟荘宛に届いた木箱のせいだ。送り主は『島牧米子』、大家さんの一人娘であり、私の数少ない友人の一人でもある。
そんな、米子が「フィールドワーク」と言って南米に旅立ってから早2年。いや、3年近く経つだろうか。
先日届いた木箱の中には、『お父さんへ』と書かれたクリスマスカードと共に、たくさんの小さな隕鉄、南米っぽいスパイシーなスナック菓子や怪しげな人形たちが隙間無くぎっちりと詰め込まれていた。
大家さんがご機嫌なのは、可愛い一人娘から届いたクリスマスプレゼントの影響であることに間違いないだろう。
「はい、わかりました」と私は木箱を持とうとしてその重量に驚いた。木箱はそれ程大きくないのに軽く見積もっても30キロはあるようだ。
「これはまた……ずいぶんと重たいですね……、作業台の方に持っていきましょうか」
木箱を抱えて家の中へ入ると、静電気でアフロスタイルな恐竜が仁王立ちしていた。ふとその頭上を見ると、さらなる悲劇が起きていた。
アダンソン先輩だ。
彼女の13mmの体の小さなお尻から出る糸が、ピシッと天に向かって逆立っている。
先輩は危険を感じて逃げようとしているようだが、静電気の引力で足がお腹に吸着してしまい、離れたくても離れられない状態になっていた。
8つの瞳が「助けてくれ」と訴えているが、私も触れば二次災害間違いなしだ。オマケに私の両手は30キロの木箱で塞がれている。
暗い部屋の中で、寂しそうにポツンと座り、緑色に点滅を繰り返すビリー君と、その頭頂部で強制的に逆立ちさせられているクモ。
その姿は、まるで停電した街に取り残された、ひとりぼっちの信号機のようで、なんだかとても哀愁が漂っていた。
「さ、アキラさん、蓋を開けてくださいな!」
ウキウキな大家さんに従い、私は作業台に置いた木箱の蓋を開けた。中に入っていたのは、直径20センチ程の鉄球だった。
「鉄は鉄でも、カンポ・デル・シエロ隕石のほぼ完璧に近い球体ですよっ! どうですぅ〜、アキラさん?」
大家さんが、ニヤニヤとした顔で私にむかって「どうだ、欲しいだろー」と言っているかのようだ。隕鉄の『溶融痕』と呼ばれる凹みのせいで独特の味わいがある塊だが、ほぼ完璧な球体というのが驚きだ。
欲しい。確かに欲しいが、いい年した男がそんな事は言えるわけがない。私は、アポイ岳を前にしてハンカチを噛み締め涙した、過ぎ去りしあの日を思い出した。
「コレはアキラさんに差し上げます」
「え? えええ?」
「こんな大きい鉄を素材として使うのは面倒ですからね。小さい隕鉄の方が純度が高そうでしたから、アレで三吉くんの新しいドリルの土台を作ろうと思っているんです。ところで……」
大家さんが言いかけた時だった。静電気アフロ恐竜と化したビリー君の目がカンポ・デル・シエロ隕石にロックオンしてしまったのだ。
「ああっ! ビリー君! ダメです! そんな体で鉄に近づいてはいけませーん!」
しかし、大家さんの手はビリー君にかすりもしない。このままではビリー君の頭の上で浮遊中のアダンソン先輩( ハエトリグモ )の身が危ない!
私が咄嗟に手に取ったのは霧吹きだった。
シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ。
まるで、映画「マトリックス」のNEOが仮想空間を操るかのごとく、私の動きは完璧だった。
この重厚な金属製の霧吹きには、大家さんが開発したあのピコバブルシステムが装備されており、中身はビリー君の羽毛をケアする為の白樺樹液が入っている。
「さすが、アキラさん! ピコバブル霧吹きを使いこなせるのはアナタぐらいですよ!」
ちなみにピコバブルを手動で発射するにはかなりの圧力が必要なため、大家さんは『霧吹き』としての商品化を断念したが、丸太のような腕を持つ握力自慢の56歳の私にとっては、さほど難しい動作ではない。
ビリー君がカンポ・デル・シエロ隕石に到達した時には、全身にまんべんなく振り掛けられた白樺ピコバブルが静電気を除去していた。私はさらに霧吹きを吹きかけながら、アダンソン先輩の様子を確認した。
アダンソン先輩は疲れ切っていた、多分。私は極太な自分の指先にアダンソン先輩を乗せ、鉢植えの金柑の木にあるクモの糸で編み上げられたベッドに送り届けてやった。
「おっと! 町内会の会合の時間だ! じゃ、クリスマス楽しみにしてますよ〜。カンポ・デル・シエロ隕石、よろしくたのみますね〜」
そう言って陽気な大家さんは、カンポ・デル・シエロ隕石を置いて去っていった。何か言いかけていたような気がするが……。「ま、いっか」と、私はつぶやきながら直径20センチほどの鉄球にかぶりついているビリー君に気がついた。
彼は隕鉄を頬袋に仕舞うつもりなのだろうか。よほど気に入ったんだな、私も気に入っているよ。そう、そのツルツルと滑らかなくせにボコボコと凹んでいる溶融痕は実に魅力的だ。君が命がけで(そんなつもりは無かっただろうが)突進してきた気持ちはよく分かるよ。だがしかし…………。
「ビリー君、それを口の中に仕舞ったら顎が外れてしまうぞ。そう見えて、30キロ以上あるからね。君は水分補給をしておきなさい」
私は冷蔵庫から、道民の命の水・カツゲンを差し出した。
さて、神主さん宛の招待状を仕上げて、ビリー君の拇印(という名の恐竜の指紋)を押せば作業終了だ。その夜、私とビリー君は一軒ずつカードを届けに出向いたのだった。カンポ・デル・シエロ隕石をどこにどう飾ろうか……そんな事を考えながら。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次話も、山悟荘でお待ちしております。




