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ラプトルの鉤爪  作者: 紫紅葉
第10章 銀世界の灯火
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第109話「地底ツアーふたたびと、ブヨブヨの隣人」

「地底……それは最後のフロンティア。

 これは、大家さんの古民家『山悟荘(さんごそう)』が、白亜紀の恐竜( クルー )と共に、札幌市南区壱拾六軒町内会じゅうろっけんちょうないかいの地下を掘り進む、終わりのない拡張の物語である。

 任務は、未知の地層の探索、新しい生命と文明の発見、そして、誰も見たことのない深淵へと、ハンド・クローで突き進むことである……」



(チャ〜チャチャチャチャ〜♪ チャチャチャチャ〜〜♪ チャチャチャチャン! チャン! チャン! チャッチャ〜〜♪)



 何かと忙しい12月。

 クリスマスの準備、正月の準備もさることながら、大掃除という一大イベントも忘れてはならない。


 正月といえば、やはり「おせち」だろう。今年も11月にすでに予約しておいた、豊平区にある仕出しの名店『大丸』の「松」である。

 そして、「お次はこれだ」と、私はつい先程届いた荷物の荷解きを始めた。旭川の高砂酒造(たかさごしゅぞう)の限定品『一夜雫(いちやしずく)』である。温暖化で一度は消えた幻の酒だが、この氷河期ばりの気候のおかげでアイスドーム製法が復活したのだ。


 ビリー君には特大のアイスクリームを用意しておけば良いだろう。


 さて、地上では師走の慌ただしさが最高潮に達しているが、地下40mの『サッポロカイギュウ広場』は今日も地熱のおかげでポカポカと暖かい。


 私は今、ストーブの前でコーヒーをすすりながら、手元のタブレット画面に釘付けになっていた。

 画面の中では、アンズ色の羽毛を持つ白亜紀のヴェロキラプトルが、愛用の自撮り棒を器用に振り回している。


 大家さんと私で共同開発した、最新型の全天球360度カメラだ。

 本来ならメタバース空間としてVRゴーグルで完全没入できる超ハイスペック機なのだが、肝心の再生設備( ゴーグル )が我が家にはまだ無い( Amazonで注文したChromebookと一緒に買えばよかった )。そのため、現状はビリー君の自撮り棒の先に取り付けられた『高性能なGoProもどき』として、平面モニターでライブ中継を楽しんでいるというわけだ。


Vamoose(ヴァムース)!( みんな、チャンネル登録よろしくな! )」


 画面越しのビリー君が、金色の瞳をウインクさせて配信者( ユーチューバー )気取りで鳴いた。


 今日はお待ちかね、ビリー君プレゼンツ『地底ふしぎ発見ツアー』の第2弾である。


 彼がエレベーターで地下100mへ降り立つと、まず画面いっぱいに広がったのは、圧倒的なエメラルドグリーンの光だった。

 無尽蔵に湧き出す『マリモモドキの泉』と、そこから湖水を吸い上げてそびえ立つ巨木『時空ニレ( クロノス・エルム )』の空間だ。


 SF映画『アバター』さながらの、発光する幽玄な森。

 ビリー君は自撮り棒を高く掲げ、自分がこの偉大な森の主であるかのように胸を張って見得を切った。


 そして、ツアーはさらに奥のエリアへと進む。

 普段は厳重に出入りが禁止されているエリア――10畳間の鍾乳洞(しょうにゅうどう)だ。


 ここは、かつて私たちが発見した際、「むやみに未開の生態系に干渉しない」とスタートレックばりに固く誓いを立てた神聖な場所である。ビリー君もその『艦隊の誓い( プライム・ディレクティブ )』をしっかりと理解している。凶暴な爪を持つ足取りは、羽毛を逆立てて音を殺す「忍び足モード」へと切り替わっていた。


Vamoose(ヴァムース)……( 静かにしろよ、あいつらが起きるからな )」


 カメラがゆっくりと、薄暗い地底湖の澱んだ一角を映し出す。


 そこにいたのは……「アキラ・シマー・フィッシュ」と私が勝手に命名した、お世辞にも可愛いとは言えないプヨプヨで奇妙な深海魚のような生物。通称『シマー・フィッシュ』だ。淡くターコイズブルーの光を帯びている体長2cmほどの小さな魚である。

 彼らは何万年も前からそうしているように、鍾乳石の影でのんびりと、そして極めて無気力に漂っている。


 ビリー君は決して水には触れず、長い自撮り棒を限界まで伸ばして、その愛嬌のある( ? )不細工な顔をドアップで捉えた。


Pikobabool(ピコバブール)……( キモカワで最高だろ…… )」


 画面越しの私と大家さんは、そのシュールすぎる映像に思わず肩を揺らして笑ってしまった。


 荒ぶる白亜紀の肉食恐竜が、誓いを守って鍾乳洞を抜き足差し足で進み、謎のブヨブヨ生物を自撮り棒で優しく接写している。

 上を見上げれば、クリスマスだ正月だと人間たちがセカセカと走り回っているというのに。この地下100mには、太古の命と、遥か未来の木と、時間の概念すら溶けてしまいそうな奇妙な生物たちが、ただ静かに共存しているのだ。


「ビリー君、素晴らしい映像だったよ。帰ってきたら、ご馳走のザンギをひとつ味見させてあげよう」


 私がマイク越しにそう告げると、画面の中のビリー君は「Namoose(ナムース)」と呟きながら不敵な表情を浮かべた。

 おぉ!? あの食いしん坊が食べ物に反応しないとは、一体何を企んでいるのか?


 鍾乳洞からマリモモドキの地下湖に戻ったビリー君がカメラの前に掲げたのは、小さな小瓶に入った阿寒湖(あかんこ)土産の『マリモ』だった。


Vamoose(ヴァムース)……( さあ、仲間の元にお帰り、僕ちゃんの緑のモフモフ。別れは辛いが達者でな )」


 そう呟くや否や、ビリー君は水辺にマリモをそろーりと放流してしまったのだ。


 私はタブレットに向かって「ビリー君! 何て事を! 艦隊の誓いを忘れたのか!」と叫ばずにはいられなかった。


Namoose(ナムース)!( ダメだぜ! だって、あっちの鍾乳洞に入れたら、あいつら、シマー・フィッシュに食われちゃうじゃんか )」


 ビリー君はしれっと吐き捨てた。そういう問題ではない。


 今更、怒ったところでどうしようもないか。いや、ビリー君の行動ひとつひとつが未来の時空ニレにつながっているのだとしたら、これもまた必然と言えなくもないかも……。


 こうして、マリモという名の外来種( ? )を意気揚々と解き放ったビリー君は、配信を切り、自分の縄張りである白亜紀ジオ・フロントへと去っていったのだった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

次話も、山悟荘でお待ちしております。

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