第107話「白亜紀ジオ・フロントの模様替えと、ピコバブ〜ル」
11月に入った札幌は、いよいよ本格的な冬の足音を響かせ始めていた。
そんな中、地下100mの地底湖での『動画合宿( アカシックレコード鑑賞 )』からすっかり光り輝いて戻ってきたビリー君は、地上に出ることもなく、猛烈な勢いで自分の部屋の『模様替え』を始めた。
場所は地下40m、『サッポロカイギュウ広場』に隣接するビリー君専用の居住区画。
通称『白亜紀ジオ・フロント』。
広さは約20坪( 40畳 )。全長1.5〜2mのヴェロキラプトルがパニックを起こして走り回っても壁に激突しないだけの広大なスペースだろう。
どうやら彼は、アバターな木( 時空ニレ )の根っこで見せられた『故郷の映像』を参考に、この部屋を完全な『リトル・白亜紀』としてDIYで再現するつもりらしい。
私は白亜紀ジオ・フロントの中にある岩盤浴場【ドライ・サウナ・クレタ】の石ベッドに転がりながら、ビリー君の様子を眺めていた。
ズズズ……ッ!
ビリー君がさして太くもない華奢な腕と脚を使って、巨大な岩や砂を配置していく。
その足元を、ウィィィン……と小気味よいモーター音を響かせて追従する小さな影があった。
大家さんが開発した小型サポートユニット、『平吉くん』だ。
あのサッポロカイギュウの大柱を磨き上げた多機能マシンである。
床には道産のブラックシリカ、ゼオライト、オリビンサンドといった鉱物が敷き詰められている。50代の石オタクの私が見ても完璧な、消臭・調湿効果を備えた『乾燥した赤い荒野』の踏み心地だ。
ビリー君が自慢の『ハンド・クロー( 神の爪 )』で岩の表面を荒々しく、かつ精密に削り出して大まかな形を作ると、すぐさま平吉くんが多脚をカシャカシャと動かして接近する。
そして、搭載された歯科医が使うような『精密マイクロドリル』でミリ単位のバリを取り除き、発生した細かい土や削りカスを『小型バキューム』で瞬時に吸い込んでいくのだ。
「Vamoose!( そこだ平吉、もっと削るんだぜ! )」
ビリー君の指示に、平吉くんが「ピポッ」と電子音で応える。
白亜紀の自称頂点捕食者と、現代の超精密AIマシン。種族も時代も全く違うが、この2人のコンビネーションは、まるで超一流の職人とその優秀な弟分のように息がピッタリだ……。しかし、私は知っている。ビリー君と平吉くんの円滑なやりとりの間に、ビリー君見守りAI『AKR-55 Gen2( エーケーアール ゴーゴー ジェンツー )』がいる事を。
ビリー君の首にぶら下がっているジェンツーと平吉くんのAIが、何やらひっきりなしにやり取りをしているかの様に、ピコピコピコピコとLEDを点滅させているのだ。
「なるほど。ジャングルにするんじゃなくて、『乾燥地帯』を作る気か。理にかなっているな」
既に、私の手を離れてしまった見守りAIの進化に一抹の寂しさを感じつつ、彼らの仕事ぶりを私が感心して腕組みをしていると、ビリー君は部屋の植物エリアにある『ザクロの木』の前で立ち止まった。
これは、隣人の佐藤さんに再び実をプレゼントする為に、ビリー君自身が引き続き手塩にかけて育てているものだ。白亜紀の荒野には全く馴染まないが、彼はあえて部屋のど真ん中、一番日当たり( 光ファイバー採光システム )が良い特等席に据え直した。
その足元には、多肉植物のリトープスやアイスプラントを配置し、荒野のど真ん中にそこだけ緑豊かな『命のオアシス』を作り上げた。平吉くんが土の表面をバキュームで綺麗に整えると、ザクロの枝葉に潜んでいたアダンソン先輩の子供たち、『アダンソン101匹部隊』が一斉に整列し、シャッ! と敬礼するように警備体制に入った。
時代考証は完全に間違っているが、ビリー君にとってこのザクロは、絶対に守るべき「聖なる水源」なのだろう。
そして、模様替えの仕上げだ。
ビリー君がおもむろに取り出したのは、彼の宝物の中でもトップクラスに重要なアイテム。
アダンソン先輩の抜け殻コレクション『アダンソン・クロニクル』だ。
10mmにも満たなかった先輩が、現在の13mmへと成長するたびに残した貴重な脱皮殻の標本箱。
平吉くんがマイクロドリルで岩肌に完璧な水平の溝を彫り、そこにビリー君が神棚のように恭しくケースを安置した。ようやく正式な本殿が決定したようだ。
白亜紀の荒野と、ザクロのオアシス、そして魂の相棒( 姐御 )の記録。
これが、ビリー君と平吉くんが作り上げた『最強のマイルーム』なのだ。
「Vamoose!( 完成だぜ! )」
ビリー君が満足げに腰に手を当てて部屋を見渡す。
だが、岩や砂を半日かけてあちこち動かしたせいで、その美しいアンズ色の羽毛で覆われた体は、土埃とブラックシリカの黒い粉末でドロドロの真っ黒になっていた。
平吉くんが気を利かせて小型バキュームでビリー君の体を吸おうとウィーンと迫るが、泥汚れには力不足だ。
「おいおいビリー君、そのままベッドに乗らないでくれよ。即シャワーだ!」
「Vamoose!( 行くぞ執事! )」
私たちはジオ・フロント内に併設された風呂場へ直行した。
そこにあるのは、大家さんが設置した最新型のシャワーヘッド『ピコバブール・ネオ』だ。
ザァァァァ……!
白濁したシルキーな水流が、ビリー君のトサカから勢いよく降り注ぐ。
毛穴よりもはるかに小さいウルトラファイン・ピコバブルが、羽毛の奥の奥まで入り込み、こびりついた土汚れと鉱物の粉末を徹底的に弾き飛ばしていく。
「Pikobabool!!( 極楽だぜ〜〜〜!! )」
ビリー君が浴室にビンビンに響き渡る声で叫んだ。
黒い汚れは瞬く間に排水溝へ消え去り、羽毛は新品のダウンジャケットのようにフワッフワに立ち上がっていく。
風呂上がり。
完璧に再現された『白亜紀ジオ・フロント』の荒野の中で、ピコバブールでフワフワになったビリー君が、神棚のコレクションケースをうっとりと眺めながらドライヤーの温風を浴びている。その足元では、仕事の終わった平吉くんが充電モードで静かに青いランプを点滅させていた。
太古の野生の記憶と、最新の洗浄技術。そして優秀な弟分のメカ、ビリー君の為に生きる見守りAI。
その全てを一切の妥協なく満喫する姿は、まさに現代の札幌地下に生きる恐竜ヴェロキラプトルの『理想の暮らし』そのものだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次話も、山悟荘でお待ちしております。




