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ラプトルの鉤爪  作者: 紫紅葉
第9章:千のプラトーとリゾームの種
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第102話「黄金の果実と、究極の有機栽培」

「地底……それは最後のフロンティア。

 これは、大家さんの古民家『山悟荘(さんごそう)』が、白亜紀の恐竜( クルー )と共に、札幌市南区壱拾六軒町内会じゅうろっけんちょうないかいの地下を掘り進む、終わりのない拡張の物語である。

 任務は、未知の地層の探索、新しい生命と文明の発見、そして、誰も見たことのない深淵へと、ハンド・クローで突き進むことである……」



(チャ〜チャチャチャチャ〜♪ チャチャチャチャ〜〜♪ チャチャチャチャン! チャン! チャン! チャッチャ〜〜♪)



 ビリー君が鍵を回した瞬間、世界樹クロノス・エルム(時空ニレ)は眩い光に包まれた。


 枯れかけていた枝葉に緑が戻り、膨大なデータの奔流が幹を駆け巡る。


『システム再起動。管理者権限アドミニストレータを認証……ID:アキラ』

『照合結果: 魂の波長は一致しますが、ハードウェア(肉体)は新規造影されています。 当該管理者は、現地時間軸にて「新たな個体」として再インストールされた模様です。過去の記憶ログは存在しません』


 無機質な音声が響いた。

 理解しがたいが、私は「記憶を失った」のではなく、管理者としての魂だけを持って、あの時代の「アキラ」という人間として新しく生まれ変わった、ということだろうか。

 サラリーマンとして働き、脱サラして今は賃貸の一軒家山悟荘(さんごそう)に住んでいる。その記憶も経験も、すべて今の私のオリジナルの人生というわけだ。


 未来の案内人である佐藤さんが「データの引き継ぎができず申し訳ありません」と恐縮するが、私は逆にホッとしていた。

 いきなり「お前は未来から遣わされた管理者だ、さあ世界を救え」などと勇者のようなプレッシャーをかけられても困る。たとえ魂が超常的な存在だとしても、私の五十肩はリアルに痛むし、今夜のおかずの献立だって考えなければならないのだ。私は今の「化石と料理が好きな変なおじさん」のままで十分である。


「木が回復したお礼に、これをお持ち帰りください」


 佐藤さんが恭しく差し出したのは、リンゴとカキを足したような、光り輝く『黄金の果実』だった。芳醇な香りが漂う。

 中には、この巨木の次世代となる「種」が入っているとのこと。


「これを過去へ持ち帰り、育ててください。それが未来への希――」

Vamoose(ヴァムース)!( ん〜極上の匂いだぜ! )」


 ガブッ。


 私の手から受け取るより早く、労働でお腹を空かせたビリー君が、その黄金の果実を横からひったくり、一口で平らげてしまった。


「あああーーっ!! ビリー君!? それ未来の希望!! おやつじゃないよ!?」

「……( モグモグ、ゴクン )」


 時が止まった。

 未来の案内人の佐藤さんは口をあんぐりと開け、絶望のあまり膝から崩れ落ちそうになっている。未来のラボの職員たちも頭を抱えてパニックだ。

 だが、大家さんだけは極めて冷静に眼鏡の位置を直した。


「大丈夫ですよ、アキラさん。そして未来の皆さんも安心してください。植物の種というのは、本来動物に食べられることを前提に硬い殻で守られています。消化されずに、そのうち出てきます」

「で、出てくるって……まさか」

「ええ。むしろ強酸性の胃酸で表面が刺激されて、発芽率が格段に上がるはずです。究極の『スカリフィケーション( 種皮削剥 )』ですね。いやあ、全く自然とはよくできているものですよ」


 天才エンジニアの謎の説得力に、未来人たちは呆然と頷くしかなかった。

 結局、私たちは、お腹いっぱいのビリー君(胃の中には未来の希望入り)を連れて、足早に現代の札幌へと帰還したのだった。



 さて、問題は『どこでするか』だ。


 ゲートをくぐって戻った札幌の地上は、夕暮れ時で気温が10度近くまで下がっていた。いくら強靭な種とはいえ、秋の冷たい土の上に放置するわけにはいかない。


「アキラさん、ここは合理的判断を下しましょう」


 大家さんが真顔で提案する。


「地上の畑はもう寒すぎます。それにカラスにほじくり返される危険もある。ここはやはり、『地下』にするべきです」


 地下40m。『サッポロカイギュウ広場』。

 ここは地熱システムのおかげで年中20度前後が保たれ、適度な湿度もある。大家さん特製の人工太陽(植物育成ライト)も完備だ。どんな環境変化からも守られる「最強の温室」と言える。


「よしビリー君、ここだ。ここにお願いするよ」


 私たちは広場の中央に、ふかふかの腐葉土を敷き詰めた『特設の土俵( トイレ )』を用意した。

 周囲では、アダンソン先輩とクロオオアリの部隊が、未来の希望の降臨(?)を今か今かと厳粛な面持ちで取り囲んでいる。


Vamoose(ヴァムース)……( おいおい、僕ちゃんのトイレは、見世物じゃないんだぜ…… )」


 ビリー君は衆人環視の状況に少し恥ずかしそうにしながらも、便意をもよおすのを待って、その場所にゆっくりとしゃがみ込んだ。



 ……プリッ。



 こうして、未来の地球を救うかもしれない「黄金の種」は、ビリー君という最強の守り人の強靭な体内を経由し、高栄養の有機肥料と共に、札幌の地下深くに植えられた(?)のだった。


「これでよし。あとは芽が出るのを待つだけですね」


 大家さんが満足げに頷き、ギャラリーのアリたちが歓喜の触角ダンスを踊る。

 なんとも締まらない、しかしこれ以上なくバイオサイクルとも言える、生命の循環を感じさせる「植樹式」だった。


 私はシャベルで丁寧に土を被せながら、この小さな種が、いつかあの巨木になる日を想像した。

 ……まあ、肥料が肥料だ。きっと逞しく育つに違いない。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

次話も、山悟荘でお待ちしております。

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