第102話「黄金の果実と、究極の有機栽培」
「地底……それは最後のフロンティア。
これは、大家さんの古民家『山悟荘』が、白亜紀の恐竜( クルー )と共に、札幌市南区壱拾六軒町内会の地下を掘り進む、終わりのない拡張の物語である。
任務は、未知の地層の探索、新しい生命と文明の発見、そして、誰も見たことのない深淵へと、ハンド・クローで突き進むことである……」
(チャ〜チャチャチャチャ〜♪ チャチャチャチャ〜〜♪ チャチャチャチャン! チャン! チャン! チャッチャ〜〜♪)
ビリー君が鍵を回した瞬間、世界樹クロノス・エルム(時空ニレ)は眩い光に包まれた。
枯れかけていた枝葉に緑が戻り、膨大なデータの奔流が幹を駆け巡る。
『システム再起動。管理者権限を認証……ID:アキラ』
『照合結果: 魂の波長は一致しますが、ハードウェア(肉体)は新規造影されています。 当該管理者は、現地時間軸にて「新たな個体」として再インストールされた模様です。過去の記憶ログは存在しません』
無機質な音声が響いた。
理解しがたいが、私は「記憶を失った」のではなく、管理者としての魂だけを持って、あの時代の「アキラ」という人間として新しく生まれ変わった、ということだろうか。
サラリーマンとして働き、脱サラして今は賃貸の一軒家山悟荘に住んでいる。その記憶も経験も、すべて今の私のオリジナルの人生というわけだ。
未来の案内人である佐藤さんが「データの引き継ぎができず申し訳ありません」と恐縮するが、私は逆にホッとしていた。
いきなり「お前は未来から遣わされた管理者だ、さあ世界を救え」などと勇者のようなプレッシャーをかけられても困る。たとえ魂が超常的な存在だとしても、私の五十肩はリアルに痛むし、今夜のおかずの献立だって考えなければならないのだ。私は今の「化石と料理が好きな変なおじさん」のままで十分である。
「木が回復したお礼に、これをお持ち帰りください」
佐藤さんが恭しく差し出したのは、リンゴとカキを足したような、光り輝く『黄金の果実』だった。芳醇な香りが漂う。
中には、この巨木の次世代となる「種」が入っているとのこと。
「これを過去へ持ち帰り、育ててください。それが未来への希――」
「Vamoose!( ん〜極上の匂いだぜ! )」
ガブッ。
私の手から受け取るより早く、労働でお腹を空かせたビリー君が、その黄金の果実を横からひったくり、一口で平らげてしまった。
「あああーーっ!! ビリー君!? それ未来の希望!! おやつじゃないよ!?」
「……( モグモグ、ゴクン )」
時が止まった。
未来の案内人の佐藤さんは口をあんぐりと開け、絶望のあまり膝から崩れ落ちそうになっている。未来のラボの職員たちも頭を抱えてパニックだ。
だが、大家さんだけは極めて冷静に眼鏡の位置を直した。
「大丈夫ですよ、アキラさん。そして未来の皆さんも安心してください。植物の種というのは、本来動物に食べられることを前提に硬い殻で守られています。消化されずに、そのうち出てきます」
「で、出てくるって……まさか」
「ええ。むしろ強酸性の胃酸で表面が刺激されて、発芽率が格段に上がるはずです。究極の『スカリフィケーション( 種皮削剥 )』ですね。いやあ、全く自然とはよくできているものですよ」
天才エンジニアの謎の説得力に、未来人たちは呆然と頷くしかなかった。
結局、私たちは、お腹いっぱいのビリー君(胃の中には未来の希望入り)を連れて、足早に現代の札幌へと帰還したのだった。
さて、問題は『どこでするか』だ。
ゲートをくぐって戻った札幌の地上は、夕暮れ時で気温が10度近くまで下がっていた。いくら強靭な種とはいえ、秋の冷たい土の上に放置するわけにはいかない。
「アキラさん、ここは合理的判断を下しましょう」
大家さんが真顔で提案する。
「地上の畑はもう寒すぎます。それにカラスにほじくり返される危険もある。ここはやはり、『地下』にするべきです」
地下40m。『サッポロカイギュウ広場』。
ここは地熱システムのおかげで年中20度前後が保たれ、適度な湿度もある。大家さん特製の人工太陽(植物育成ライト)も完備だ。どんな環境変化からも守られる「最強の温室」と言える。
「よしビリー君、ここだ。ここにお願いするよ」
私たちは広場の中央に、ふかふかの腐葉土を敷き詰めた『特設の土俵( トイレ )』を用意した。
周囲では、アダンソン先輩とクロオオアリの部隊が、未来の希望の降臨(?)を今か今かと厳粛な面持ちで取り囲んでいる。
「Vamoose……( おいおい、僕ちゃんのトイレは、見世物じゃないんだぜ…… )」
ビリー君は衆人環視の状況に少し恥ずかしそうにしながらも、便意をもよおすのを待って、その場所にゆっくりとしゃがみ込んだ。
……プリッ。
こうして、未来の地球を救うかもしれない「黄金の種」は、ビリー君という最強の守り人の強靭な体内を経由し、高栄養の有機肥料と共に、札幌の地下深くに植えられた(?)のだった。
「これでよし。あとは芽が出るのを待つだけですね」
大家さんが満足げに頷き、ギャラリーのアリたちが歓喜の触角ダンスを踊る。
なんとも締まらない、しかしこれ以上なくバイオサイクルとも言える、生命の循環を感じさせる「植樹式」だった。
私はシャベルで丁寧に土を被せながら、この小さな種が、いつかあの巨木になる日を想像した。
……まあ、肥料が肥料だ。きっと逞しく育つに違いない。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次話も、山悟荘でお待ちしております。




