第101話「未来からの招待状と、記憶を吸う巨木」
「地底……それは最後のフロンティア。
これは、大家さんの古民家『山悟荘』が、白亜紀の恐竜( クルー )と共に、札幌市南区壱拾六軒町内会の地下を掘り進む、終わりのない拡張の物語である。
任務は、未知の地層の探索、新しい生命と文明の発見、そして、誰も見たことのない深淵へと、ハンド・クローで突き進むことである……」
(チャ〜チャチャチャチャ〜♪ チャチャチャチャ〜〜♪ チャチャチャチャン! チャン! チャン! チャッチャ〜〜♪)
三笠での発掘とティラノサウルスレース乱入のドタバタから数日後。
地下40mの『サッポロカイギュウ広場』にある古代の石の環――『トロゲート』が、今度は静かに、しかし鮮明に起動した。
先日の家の中が無重力になる「重力泥棒」のような強引さはない。正規の手順で、向こう側から丁重なコールがあったのだ。
ブォン。
ゲートの淡い青い光の中に、立体映像( ホログラム )が浮かび上がった。
銀色のジャンプスーツを着た、どこか近所の佐藤さんに似た理知的な顔立ちの女性だ。
『こちら、第402タイム・セクター管理局です。先日は当方のリモート起動により、重力制御のエラーを引き起こし大変失礼いたしました。こちらの座標へのパスが安定しました。至急、管理人の皆様にお越しいただきたく存じます』
まるで区役所の窓口か、光回線の工事の案内のような事務的な口調だ。
私、大家さん、そしてビリー君は、顔を見合わせてゲートをくぐった。
光のトンネルを抜けた先に広がっていたのは――遥か未来の札幌だった。
ただし、古典的なSF映画にあるような無機質な高層ビル群や空飛ぶ車が飛び交う世界ではない。見渡す限り、深い森と、ガラスのような透明なドームが融合した『超・自然共生都市』だ。藻岩山の緑が市街地を優しく飲み込み、豊平川が透き通った清流としてビルの谷間を縫っている。なんだか藻岩山自体が、今の時代よりデカくなっているような気すらする。
案内されたのは、その中心にある巨大なラボだった。
中に入った瞬間、私たちは言葉を失い、完全に圧倒された。
目の前に、天を衝くほどの『超絶的な巨木』がそびえ立っていたからだ。空だと思って見上げていたのは巨木の葉っぱなのだろうか?
幹の太さは東京ドームほどもありそうで、広がる枝葉はラボの天井を抜け、雲を突き破り、成層圏まで届いているように見える。まるで藻岩山という巨大な鉢を器に見立てた、神々の盆栽だ。まさか藻岩山からこんな巨木が出てくるとは、誰も思いつかなかっただろう。
それは、巨大なハルニレ( エルム )の木のようだった。北海道大学のキャンパスにある立派なエルムの森ですら、このスケールに比べればただの雑草に等しい。
「ようこそ。これは『クロノス・エルム』。地球の記憶そのものです」
先ほどの女性スタッフが、静かな声で説明してくれた。ネームプレートには「SATOH」と書かれていたので、暫定的に佐藤さんと呼ぶことにしよう。
「わかりやすくいえば『時空ニレ』ですね」と佐藤さんは言った。
この木は、悠久の時を生き、地球上で起きた全ての事象、全てのDNA情報をネットワークの如く吸い上げ、記録している『生きたアカシックレコード』なのだという。
――説明しよう!
アカシックレコードとは、宇宙が誕生してから未来永劫に至るまでの、すべての事象、想念、感情が記録されているという『宇宙のインターネット空間( クラウドサーバー )』のような概念のことである! オカルト用語の定番だが、よもやそれが物理的な『木』の形をして目の前に現れるとは、50代のロマンというオタク心が激しく揺さぶられる展開だ!
つまり、ビリー君の故郷、つまり白亜紀の記憶も、この木の中のデータとして完璧に保存されているに違いない。
「ですが今、この木が原因不明の『枯れ』を見せています。データが停滞し、循環しなくなっているのです」
見上げると、確かに圧倒的な緑の中に、葉の一部が黄色く変色してパサついている箇所がある。彼女の話によると、この木は過去の記憶だけでなく、「未来への可能性」という不確定要素も養分として必要としているらしい。養分不足、すなわち「未来への可能性」が無いと言っていることなのだろうか? なんとも由々しき問題ではないか。しかし、佐藤さんは一つだけ教えてくれなかった。ここが何時なのか、を。
「木が、あなたたちを指名しました。特に、その『鍵』を持つ彼と……真の管理者である貴方を」
佐藤さんが、まっすぐに私の顔を指差した。
「……は? 私ですか? 私はただのリノベ好きのおっさんですが……人違いでは?」
「いいえ。あの時代( 2026年 )にいる壱拾六軒町内会の住人は、かつて我々が送り出した16人の子孫であり、計画された『守り人』です。ですが貴方……貴方は、本来彼らを率いてあの時代へ送り込まれるはずだった『真の管理者』なのです。おそらく転送事故で、あなただけが時空を弾き飛ばされ、記憶を失い、時間差で到着したのでしょう。貴方があの場所に住み着いたのは、偶然ではなく必然です」
……衝撃の事実である。
私が50歳で脱サラしてあの家を借りたのも、地下の過酷な環境への異常な適応力も、全て仕組まれていたということか?
私が……人生の中で節目節目の大きな決断を自分の意思でやってきたつもりが、全て『運命』だったとでも言うのだろうか?
隣で大家さんが、「ふむ、やはりそうでしたか」とニヤリと笑った。
「薄々は感じていましたよ。アキラさんのあの異常なまでの『石と植物への愛』、そして白亜紀のヴェロキラプトル( ビリー君 )を手懐ける謎の統率力。ただの一介の絵描きにしては、出来すぎだと思っていましたからねぇ」
「あー、でも、私はそんな壮大なこと何も覚えていませんけど……。今の私は、ただの絵描きのおじさんですよ?」
私は戸惑いながらも、隣のビリー君を見た。
ビリー君は、己の何倍あるか知れない巨木を見上げ、胸元の『真鍮の鍵』を強く握りしめている。昨日私が専用のポリッシュでピカピカに磨き上げたクロムハーツのシルバーチェーンが、真鍮の鈍い光と相まって、鍵の存在をさらにミステリアスな印象に仕立て上げていた。
そうだ、長年私が大切に持っていたそのシルバーチェーンだって、この瞬間のために必要なアイテムのひとつにすぎないのだ……。
重大、かつシュールな展開に私は眉をひそめずにはいられなかった。
鍵が、巨木と共鳴して熱を持っているようだ。
「その鍵でクロノス・エルムを救っていただけませんか?」
佐藤さんは幼い子どもを諭すかのように、ビリー君に語りかける。
「Vamoose……( 僕ちゃんが、やるのかい? )」
「ああ。どうやらその鍵は、この木を生き返らせる為に必要なものらしいな」
ビリー君が一歩前に出る。
巨木の途方もなく太い根元には、小さな、しかし古びた鍵穴があった。樹皮の深いシワの中に隠れるように存在しているそれは、ビリー君の首にある鍵とぴったり同じ形をしていた。
「さあ、ビリー君、その鍵を回してください。アキラさん、あなたが手を添えてあげるんです。過去と未来、そして『現在』が繋がるように!」
大家さんのやたら壮大で威厳のある言葉に促され、私はビリー君の逞しい肩に、自分の太い腕を乗せた。
ゴツゴツとした恐竜の皮膚の温かい感触。
これは、ただの機械の修理じゃない。時空を超えた、種族の違う大家族の絆を取り戻す作業なのだ。
ビリー君が、少し震える手で真鍮の鍵を差し込む。
カチリ。
心地よい金属音が、静寂のラボに響き渡った。
その瞬間、巨木の無数の葉が一斉にざわめき、過去と未来を繋ぐ暖かい風が、私たちの間を吹き抜けた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次話も、山悟荘でお待ちしております。




