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極道の花婿くん  作者: 佐東
8/8

ちょっと励まされた



 ガタガタガタブルブルブル。

 静まらない僕の微振動により、車内全体が揺れている。気がする。

 広く拡張されたリムジンの窓側、ゆったりフカフカ革張りソファに深く腰掛けて、僕は息を止める事を最優先に考えた。


 音を立てないとか、微動だにしないとか、そういうことじゃなくて、もっと根本的に言えば、存在を無くしたい。

 ここにいる事実を消し去りたい。


 そんな風に思っていると、まさに逃避は許さないといった強い気迫が正面から。

 あ、額から汗が。 

 拭うフリしてより一層目を逸らす。


 高級そうな、膝までの高さがあるガラステーブルに反射した顔が映っていた。うん、見事なまでに視線が定まっているね。

 明らかにこっち見てるね。

 うわあああどうしよおお、とまるで鏡に映ったようなその顔を見つめすぎていると、すさまじい音を立ててその顔が踏みつぶされた。



「……ぎえ」



 驚きすぎて変な声出た。

 僕が恐ろしくて手垢もつけられないガラステーブルの上に、黒の編み上げブーツが乗っかっている。

 心臓をバクバクさせながら、続くしなやかな足、ポケットに入れられた手まで順番に目を滑らせるも、上まではどうしてもたどり着けず、やはり視線を逸らした。


 僕から向かって右側、リムジンの一番後ろ。

 俯せになってソファから半分ずり落ちかける小笠原さん……それこそ、正面のお方が僕を目の敵にしているであろう原因のその人が呑気に息絶えていた。 

 


「あの、す、すみません。ご迷惑をおかけするので」



 降ります、という意味を込めて、誰にともなく呟く。

 大体車がどこを走っているのかも、閉めきられたカーテンからでは分からなかったけれど、今ここに座っているより遥かに安全だろう。

 しかし返事はどこからも返ってこなかった。



 遡ること十分前。

 警察官を殴り飛ばして、小笠原さんが僕をこのリムジンに引っ張ってきたわけだが。瞬間小笠原さんは事切れるし、向かいに座ったお仲間さんは何故か僕を目で射殺そうとしてくるし。

 混乱と恐怖に陥ったまま発車してしまったため、理解不能で車内からは逃亡不可。

 今に至る。


 おいおいおいそれにしてもこのリムジンのすげえこと。

 ツヤツヤブラックな外見はさることながら、内装もシャンデリア、テレビモニター、カクテルキャビネットやら、移動するだけではおよそ無駄とも言える設備が整っていた。

 こんなの初めて乗ったけど、感動する暇なんてこれっぽっちもない。それどころか、嫌な記憶としてインプットされただろうから、この先何があっても二度と乗りたいなんて思わないに違いない。



「ごほ、ごほっ」



 重く暗い気持ちで俯いていると、小笠原さんの苦しそうな咳が聞こえてきた。



「あ……」

「おい、大丈夫かよ。リュウ、無理すっからだろ」



 動けないでいる僕と違って、その人はいとも簡単に僕から視線をはがし、小笠原さんのソファに駆け寄った。

 あーだのうーだのうめいている小笠原さん、顔真っ赤。

 風邪、結構酷いのかな。こんな状態で僕を助けてくれたのかな。すごいやり方だったけど。


 苦しみに歪むその顔を見ていたら、なんとなーく申し訳なくなってきて、ちょっと凹む。

 ……助けてくれない方がよっぽど嬉しかったなと、ちょっと思う。

 そもそも僕って一体何してんだろと、やっぱり凹んだ。





 辿り着いたのは、やはりと言うべきか、小笠原一家の極道屋敷だった。

 僕が手を出すまでもなく、小笠原さんは死体のように肩に担がれて中に連れて行かれた。

 本当は僕は帰りたかったのだけど、あれだけの状態の小笠原さんを見て、もともとお見舞いに行こうとしていた身としてはそのままにもしておけず、恐る恐る後ろを付いていくことにする。


 屋敷の中には人の気配が全くない。きょろきょろしているうちに、僕が一度通っただけでは到底覚えきれなかった小笠原さんのお部屋にすんなり辿り着いた。

 そのまま地面にぞんざいに寝転がされる小笠原さん。

 うおっ、頭危ない。

 とっさに文机を移動させて一安心。かと思いきや、頭上から重くて柔らかい物がふってきた。



「敷け」



 はい、布団ですね。

 その人に言われるがままに手触りの良いそれを畳の上に広げる。それから小笠原さんを布団の上に移動させていると、軽やかな足音の後で部屋の襖があいた。



「あら、華緒さん、いらしてたの?」

「おー、ウオ。邪魔してる。リュウが無茶するから回収してきた。学校は?」

「早退してきましたわ。なんたってお兄さまが大事ですもの」



 セーラー服をひらりと翻して、ふふふと笑う魚姫さん。

 やっぱり顔と言葉が合っていない。ちっとも心配そうじゃないんですけど。

 そこでようやく魚姫さんが僕を見る。目があってぱちくりと瞬き。あらあら、と心底楽しそうに声を掛けられた。



「真央さんも一緒にお帰りでしたか。お兄さま、情けないでしょう? 看病振り払って脱走したあげく、こうやって潰れて華緒さんに連れて帰られる、ですもの」

「潰れた原因は、コイツだけどな」

「あらまあ! 真央さんが落としてくださったの! さすがですわね」



 違う。

 ちょっと。またイラン誤解が発生したじゃないか。

 落とすってなんだ。僕は何もしてない。



「というか、脱走って……」

「わたくしも舎弟の一人から連絡をもらったのですわ。身一つで逃げ出したって」

「オレにも連絡が来たんだよ。それで直接リュウにメールして、場所聞き出して、無理矢理連れ帰った」

「やっぱりお兄さまも華緒さんには敵いませんわね」

「当たり前だろ。移動してやがったが、所詮このオレから逃げることはできないんだよ。なあ、リュウ、鬼ごっこは楽しかったか?」



 布団に入った小笠原さんの頭を、わしりと叩くその人……華緒さん。

 小笠原組組長の次期跡取り、若頭であるその人をまるで子ども扱い。そして、小笠原さんが選んだこの僕を目の敵にしている。

 一体、この人は、小笠原さんにとってどういう関係の人なんだろう。魚姫さんもよく知っている人なようだし……。



「……触るな」



 って、僕じゃないです!

 うっすら目を開けた小笠原さんが何故か確信したように僕の手首を握りしめてギリギリと締め上げる。痛い。弱っている人の力じゃないです!



「ごめんなさい、何もしませんから……」



 弁解するのもややこしくなるので、とりあえず謝罪。寝てください、と続けようとした言葉も、うつろに見上げられて、思わず飲み込んだ。



「……ごめんなさい」

「何度も言うな。聞こえてる……」



 違う意味だったんだけど、こっちが本音だったんだけど、小笠原さんには伝わらなかったようだ。

 僕は、僕のせいでこうなったことと、その上迷惑をかけてしまったことを、詫びたかった。心から、ちゃんと。

 触れた額が、とても熱い。



「てめーはバカだ……」



 目を瞑って眠そうに、弱々しく、言葉が漏れた。何に対するバカなのか、全く分からない、が、全然怖くなかった。

 恐怖とか、嫌だとか、全てを通りすぎて、どうでもよくなった。脱走した小笠原さん、捕まった小笠原さん、連れて行かれそうになる僕の前に颯爽と現れて。警察官を殴り飛ばして息絶えて、結局連れ帰られて華緒さんに子ども扱い。

 布団に寝ている小笠原さんって、笑える。

 なんというか、いっそ、報われる気がした。



「……ありがとうございます」

「ほめてねえ」



 分かってます。



「あ、そうだ、僕、クスリとかいろいろ、買ってきたんですよ。少しでも良くなるように、使ってください」



 やっと、本来の目的を果たせる。催促されてお見舞いに馳せ参じたわけですから、それらしいことの一つや二つ、やっておこう。こうも弱々しい小笠原さん相手なら、文句をつけられることもないだろう。

 ちょっと待って下さいね、とずっと握りっぱなしだったビニール袋をがさがさとあさる。


 そうして取り出したるは……キラリと光る出刃包丁。



「ヒイイイッ!?」

「バカだな」

「まああ! 弱るお兄さまになんたる仕打ち! 素敵ですわ!」



 こうして僕の、僕による、僕のための、小笠原さんお見舞いは、バカな僕の雄叫びと共に幕を閉じた。


 なんだそれ!

こんなメールでした。



華緒「今どこにいる」

竜人「こうえん」

華緒「了解。待ってろよ」


竜人「まてない(待たないの打ち間違い)」→真央に誤送。


真央「ただいますぐにはせ参じます!」心の声。ダッシュ。

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