第13話 王に祈りを捧げよ
第13話 王に祈りを捧げよ
王都に、嵐の前触れが訪れていた。
貴族たちの間で囁かれる王太子への疑念。
軍部の一部で密かに進められている、不自然な人員配置の変更。
教会を経由して流れる寄付金の行方。
そして、王宮の筆頭書記官セルキス・キネンシスが、誰にも知られぬよう進めている計画。
それらは、別々の事件ではなかった。
商人が拾い集めた情報。
騎士が軍務局から引き出した記録。
司祭が照合した証言と金銭の流れ。
少女が敵の懐から持ち帰った痕跡。
剣が王宮の内側で見つけた、不審な命令書。
それらを一つの卓上に並べたとき、ようやく見えてくるものがあった。
敵は、王太子アシュレインの信用を失墜させるだけでは満足していない。
王を死に至らしめ、王位継承の秩序を揺るがし、王太子が王冠を手にする道そのものを断とうとしている。
そのために、黒百合の存在を暴こうとしているのだ。
そして、黒百合はついに動き出す。
七つの席が、それぞれの役目を果たすために。
◇
「では、始めましょうか」
王宮地下。
黒百合の会議室で、ヴェルシェリアは卓上の地図に指先を置いた。
北方のニグルム侯爵邸。
王都の商人街。
軍務局。
教会。
王宮の文書保管庫。
そして、王都の外れに位置する、古い輸送倉庫。
赤い印が、それぞれの場所を示していた。
「ソクラド。敵の情報網を、こちらから逆に操れますか?」
「ええ、王女殿下。もっとも、網を引き裂くのではなく、魚が自ら泳いでくるように仕向けるのが商人の仕事でございます」
ソクラド・エリトゥーザは、 peacock blue の髪を指先で払うようにして、地図を覗き込んだ。
「敵は、こちらの動きを監視している。ならば、監視する価値のある情報を流して差し上げればよろしい」
「偽の情報を?」
「完全な嘘では、用心深い相手は動きません。真実に少しだけ毒を混ぜるのです。たとえば、王太子殿下が今夜、ある文書を別の保管庫へ移す。その情報自体は事実。ただし、移す時刻と経路は、敵に選ばせる」
「敵が情報を受け取った経路を、逆に追跡するわけですね」
「そのとおりでございます。誰が情報を運び、誰が受け取り、誰が次の指示を出すのか。魚が餌に食いつけば、糸の先にいる者も分かるでしょう」
ソクラドは笑った。
いつもの人好きのする笑顔だった。
けれど、その黄緑色の瞳には、商人としての冷徹な計算が宿っていた。
「騎士」
「はいよ」
グロリアが、椅子から身を乗り出した。
「軍部の動きは?」
「敵は、軍務局の一部を利用している。正規の命令に見せかけて兵の配置を変えたり、物資の移送を装って人員を動かしたりしているらしい。だけど、軍全体が敵の味方をしているわけじゃない」
彼女は、軍務局の記録を指で叩いた。
「むしろ、大半の兵士は何も知らない。だから、余計な混乱は起こしたくない。こちらの目的は軍を敵に回すことじゃない。敵が軍を利用できないようにすることだ」
「具体的には?」
「不審な命令の発令経路を押さえる。正規の指揮系統を確認して、現場の兵士には正規の命令だけが届くようにする。怪しい命令が出たら、実行される前に止める」
グロリアは、にやりと笑った。
「軍人は命令に従う。だからこそ、その命令が本当に誰の意思なのか、確かめる必要があるんだ」
かつて、彼女は命令に従うことこそが騎士の務めだと信じていた。
その信念が、守るべき人々を傷つける結果を招いた。
だから今は違う。
彼女は、命令という言葉の陰に隠れる者を許さない。
「司祭」
ヴェルシェリアが視線を移す。
「教会からは、どのような情報が得られていますか?」
「複数の寄付記録と輸送記録を照合した結果、ニグルム侯爵の関係者へ資金が流れていたことは、ほぼ確実です。さらに、教会の慈善事業に寄せられた寄付金の一部が、帳簿上とは異なる経路を通っていたことも確認できました」
リンドウェルは、静かに資料を差し出した。
「ただし、寄付金の流れだけでは、資金を動かした者の最終的な目的までは証明できません。ですから、今回は証言と記録の双方を確保します」
「証言者は?」
「すでに数名と接触しています。輸送を請け負った者、会計記録を管理していた者、そして不審な荷物の受け渡しを目撃した者です」
「教会の関係者に、余計な危険が及ぶことはありませんか?」
「必要な協力者以外には、事情を知らせておりません。彼らが知らずにいたことまで、罪に巻き込む必要はありませんから」
穏やかな声だった。
しかし、彼の言葉には確かな意思があった。
リンドウェルは、誰かの秘密を暴くことそのものを目的としていない。
真実を明らかにするために、必要なものだけを拾い上げる。
そのためなら、あえて知らないままでいることも選ぶのだ。
「少女」
「はい」
ライラは、ヴェルシェリアを見つめた。
「敵の拠点については、すでに位置を特定しています。王都の外れにある古い輸送倉庫です。表向きは商会の保管施設ですが、夜になると帳簿にない荷物が運び込まれています」
「そこに、何があると?」
「まだ分かりません。ただ、侯爵の私兵が出入りしています。それから、王宮の紋章がついた箱も運び込まれていました」
会議室の空気が変わった。
王宮の紋章。
それは、単なる密輸では済まされないものを意味している。
「箱の中身は?」
「確認できていません。でも、運び込んだ者たちは、箱をとても慎重に扱っていました。壊したり、濡らしたりすることを恐れているようでした」
「文書かもしれませんわね」
ヴェルシェリアは、地図の一点に印をつけた。
「王位継承に関する記録、あるいは陛下に関わる何か。どちらにしても、放置できません」
「わたしが制圧します」
ライラは、淡々と告げた。
「倉庫の出入り口は複数あります。正面から入れば逃げられます。でも、逃げ道を先に塞げば、誰も外へ出られません」
「危険な役目になりますわ」
「大丈夫です」
ライラは、少しだけ首を傾げた。
「わたしは、あなたを守るためにここにいます。でも、あなたが守ろうとしているものも、守りたいのです」
ヴェルシェリアの表情が、柔らかくなった。
「ありがとう、ライラ」
その言葉を聞いて、少女は小さく頷いた。
彼女にとって、黒百合は命令に従う場所ではない。
自分の意思で、守りたいものを選べる場所だった。
「剣」
「はい」
ローレンは、いつもどおり簡潔に答えた。
「王宮内の警備は?」
「強化済みです。陛下の居所、王太子殿下の執務室、王女殿下の居室、それぞれの警備を別系統で確認しています。通常の警備兵には、具体的な作戦内容を知らせていません」
「王と王女が囮になる計画については?」
「必要な者だけが知っています。王宮内で情報が漏れても、陛下やお二人の所在がそのまま敵に伝わることはありません」
ローレンは、わずかに視線を上げた。
「敵が動くなら、必ず隙を探すでしょう。王太子殿下の行動を追い、王女殿下の動きを探り、護衛の配置を読み取ろうとするはずです」
「それを、許さない?」
「はい」
彼の声は、静かだった。
「剣は、王と王女のためにあります」
その言葉に、ヴェルシェリアは微笑んだ。
「ええ。けれど、あなた自身も大切になさいませ」
「最善を尽くします」
以前と同じ返答だった。
それでも、ローレンの瞳には、かつてよりも確かなものが宿っていた。
自分の命を捨てることだけが忠誠ではない。
王と王女の隣に立ち続けることもまた、剣の務めなのだ。
「最後に、商人」
ヴェルシェリアは、ソクラドへ視線を戻した。
「敵が動く時刻を、こちらで選べるようにしてください」
「かしこまりました」
「そして、敵が何を求めているのかを、必ず突き止めること」
ソクラドは、深々と一礼した。
「承知いたしました。真実には値段がつきます。ですが、今度ばかりは、こちらが値段を決めさせていただきましょう」
七つの席。
王。
王女。
剣。
少女。
商人。
騎士。
司祭。
それぞれの役目は違う。
それぞれの得意とする場所も、扱う情報も、戦い方も異なる。
けれど、目指す先は一つだった。
王国を蝕む者たちの正体を暴き、裁きを下すこと。
そして、王と王女を狙う者たちを、決してその目的に到達させないこと。
「では、行きましょう」
ヴェルシェリアが告げた。
「敵がこちらの秘密を暴こうとしているのなら、こちらも敵の秘密を暴くだけですわ」
アシュレインは、彼女の隣で微笑んだ。
「そうだな。彼らが何を望み、何を恐れ、何を隠しているのか。そのすべてを明らかにしよう」
翠玉の瞳が、冷たく光った。
「黒百合の名において」
◇
最初に動いたのは、商人だった。
ソクラドは、王都の商人街にある酒場へ足を運んだ。
そこは、運送業者や旅商人、貴族の御用商人などが集まる場所だった。荷物の受け渡しから取引相手の噂まで、金さえ払えば、さまざまな情報が手に入る。
もっとも、彼は金を払うだけの商人ではない。
時には情報を買い、時には情報を売り、時には相手が欲しがる情報をわざと見せる。
今回も同じだった。
「いやあ、困りましたねえ」
彼は、馴染みの商人を相手に、わざとらしく溜息をついた。
「王太子殿下が、古い文書を王宮の北棟へ移されるそうで。何でも、近頃の騒動に関係する重要な資料だとか」
「ほう。それはまた、物騒な話だ」
「ええ。しかも、今夜のうちに移されるらしいのですよ」
商人は、興味深そうに眉を上げた。
「それは、どこから聞いた話だ?」
「さあ? 商人というものは、耳がよいのでございます」
ソクラドは笑った。
「ただ、こういう話は、欲しがる方がいらっしゃるものですからねえ」
その言葉に、相手の目がわずかに動いた。
商人は何も答えなかった。
だが、酒場を出たあと、彼は一人の男と接触した。
そして、その男はさらに別の者へ情報を渡した。
ソクラドは、離れた席からその様子を見届けていた。
「……釣れましたね」
彼は小さく呟いた。
魚は餌に食いついた。
あとは、糸の先をたどるだけだ。
◇
次に動いたのは、騎士だった。
グロリアは軍務局へ赴き、事前に確認していた不審な命令書の発令経路を調べ直した。
表向きは、通常の輸送計画に関する監査である。
彼女は軍人としての権限を使い、命令書の発行番号、承認者、伝達時刻を一つずつ照合していった。
「この命令書、承認者の署名がありませんね」
彼女が指摘すると、担当官は顔色を変えた。
「そ、それは……急ぎの案件でしたので」
「急ぎなら、規定を無視していいのか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「なら、説明してもらおうか」
グロリアは、書類を机の上に置いた。
声を荒らげることはなかった。
だが、退くつもりもなかった。
「この命令で、どの部隊が動かされた? 誰が指示を出した? そして、誰が承認したことになっている?」
担当官は、口を開きかけて閉じた。
やがて、観念したように答える。
「……命令の原本は、筆頭書記官室から届きました」
「筆頭書記官室?」
「はい。王宮からの正式な伝達だと聞いております」
グロリアの目が細くなった。
軍部の内部だけで完結していると思われた命令が、王宮の文書管理にまでつながっていた。
「分かった。原本と関連記録を保全しておけ。誰にも持ち出させるな」
「しかし、上からの指示が……」
「上からの指示があったとしても、正式な承認が確認できない命令は止める。軍を混乱させたくないなら、なおさらだ」
彼女は、担当官をまっすぐに見た。
「お前たちが守るのは、誰かの都合じゃない。王国と、そこに暮らす人々だろう?」
担当官は、ゆっくりと頷いた。
グロリアは書類を受け取り、軍務局を後にした。
彼女の役目は、軍を掌握することではない。
軍が、誰かの野望の道具にされることを防ぐことだった。
◇
司祭は、教会の奥にある小さな部屋で、一人の男と向き合っていた。
男は、かつて慈善事業への寄付金を管理する帳簿の作成に関わっていた人物だった。
現在は職を離れているが、記録の一部を保管していたという。
「私が知っていることは、すべてお話しします」
男は、震える手で一冊の帳簿を差し出した。
「ですが、私の家族には……どうか、危害が及ばないように」
「もちろんです」
リンドウェルは、穏やかに答えた。
「あなたが見たもの、記録したものを、事実としてお話しいただければ結構です。私たちが必要としているのは、誰かを憎む言葉ではありません。何が起きたのかを示す、確かな記録です」
「……はい」
男は、ゆっくりと話し始めた。
寄付金の一部が、帳簿に記載された慈善事業へ届いていなかったこと。
その金額について質問した際、上司から説明を拒まれたこと。
数日後、帳簿の一部が差し替えられていたこと。
そして、差し替えられた帳簿を届けに来た使者が、王宮の筆頭書記官室からの命令だと口にしていたこと。
リンドウェルは、男の話を遮らずに聞いた。
その記憶は、彼の中に一つひとつ刻まれていく。
けれど、彼はそれだけで結論を下さなかった。
帳簿の記載。
輸送記録。
使者の訪問日時。
他の関係者の証言。
それぞれが一致して初めて、証拠として意味を持つ。
「ありがとうございます」
彼は、最後に静かに告げた。
「あなたの証言は、大切に扱います。必要以上に人目にさらすこともありません」
男は、深く頭を下げた。
リンドウェルは、帳簿を丁寧に包み、鞄へ収めた。
その指先は、穏やかだった。
彼は人間の罪を知っている。
だが、罪を犯した者だけでなく、罪に巻き込まれた者の苦しみも知っていた。
だからこそ、彼は証言を守る。
誰かを裁くために、別の誰かを犠牲にすることがないように。
◇
その頃、王都の外れでは、少女が静かに動いていた。
古い輸送倉庫。
周囲には高い塀が巡らされ、正面の門には二人の男が立っている。
裏手には荷物を運び込むための小さな出入り口があり、建物の二階には見張り台が設けられていた。
ライラは、塀の陰から倉庫を見つめた。
男たちの動き。
交代の時刻。
見張りの視線が届かない場所。
逃げ道として使われそうな路地。
それらを一つずつ確認していく。
彼女は、力が強い。
けれど、力だけで戦うわけではなかった。
逃げ道を塞ぎ、相手がどこへ動くかを読み、必要な場所へ先回りする。
そのやり方を、ヴェルシェリアから教わっていた。
やがて、合図が届いた。
ライラは立ち上がった。
「始めます」
彼女が裏手へ回ると、見張りの男が異変に気づいた。
「おい、誰だ!」
男が武器を構える。
だが、その腕が振り下ろされるより早く、ライラの鎖が走った。
鎖は男の武器に絡みつき、手から弾き飛ばす。
続いて、彼女は男の足元へ鎖を滑らせた。
男が体勢を崩したところで、一気に引き倒す。
鈍い音が響いた。
「侵入者だ!」
倉庫の中から、複数の男が飛び出してくる。
ライラは、逃げなかった。
正面から向かってくる男の攻撃をかわし、鎖で腕を絡め取る。
別の男が背後へ回ろうとすれば、彼女は鎖を床に叩きつけ、その音で相手の動きを牽制した。
力任せに叩き潰すこともできた。
けれど、彼女は必要以上に傷つけようとはしなかった。
敵を倒すことと、殺すことは違う。
そのことを、彼女は知っている。
「くそっ、こんな子供一人に!」
男が剣を抜いた。
ライラは、まっすぐに相手を見た。
「わたしは、子供ではありません」
鎖が、再び走る。
剣を持つ手首を絡め取り、武器を奪い、男の体を床へ引き倒した。
数分後。
倉庫の外にいた見張りは全員制圧され、建物の出入り口は押さえられていた。
ライラは、倉庫の奥へ進んだ。
そこには、木箱が積み上げられていた。
箱の側面には、見覚えのある王宮の紋章が刻まれている。
彼女は、慎重に蓋を開けた。
中に入っていたのは、古い文書の束だった。
王族の系譜に関する記録。
過去の王位継承に関する決定書。
そして、現在の王家の血統を記した公的な文書とは、内容の異なる一枚の系譜図。
ライラは、文字をすべて理解できるわけではなかった。
けれど、そこに記された王族の名と、消されたように見える記述の痕跡は分かった。
「……これが、敵の欲しがっていたもの?」
彼女は、文書を傷つけないように箱へ戻した。
そして、事前に決められた合図を送る。
倉庫は制圧された。
証拠も確保した。
だが、そこにあったものが何を意味するのかは、まだ分からない。
ただ一つ確かなのは、敵が王位継承に関わる何かを隠しているということだった。
◇
同じ頃、王宮では、剣が王と王女の前に立っていた。
「不審な者が、東側の回廊へ侵入しました」
ローレンの報告に、アシュレインは表情を変えなかった。
「目的は?」
「現時点では不明です。ただし、王太子殿下の執務室へ向かう経路を探っていた形跡があります」
「捕らえたのか?」
「はい。ですが、尋問の前に、別の者が口封じを試みました」
ヴェルシェリアの目が細くなった。
「口封じ?」
「侵入者を拘束した直後、警備兵に紛れた男が接近しました。侵入者へ何かを渡そうとしたため、取り押さえています。男は、王宮の正式な警備兵ではありません」
ローレンは、懐から小さな金属片を取り出した。
黒い金属。
円の内側に、二枚の翼と剣のような意匠が刻まれている。
そして、裏側には文字があった。
――願いは、王の死によって成就する。
ヴェルシェリアは、それを見つめた。
「……また、これですのね」
以前、襲撃者が所持していたものと同じ紋章だった。
王の死。
王位継承。
そして、古い王族の系譜。
それらが、一本の線で結ばれ始めている。
「侵入者は、何を話しましたか?」
「まだ詳しいことは分かっていません。ただ、捕らえられる直前に『もう時間がない』と繰り返していたそうです」
「時間がない、ですか」
アシュレインは、金属片を手に取った。
「計画を早めようとしているのかもしれないな」
「ええ。こちらが動き出したことに、敵も気づき始めているのでしょう」
ヴェルシェリアは、ローレンへ向き直った。
「引き続き、王宮内の警備をお願いします。ですが、捕らえた者たちをすぐに公表する必要はありません。相手がどこまで把握しているのか、見極める必要があります」
「承知しました」
ローレンは一礼した。
そして、アシュレインとヴェルシェリアの前から動かなかった。
彼らの背後に立つ。
その位置は、いつもと変わらない。
けれど今夜は、彼の剣が守るものの重さを、いつも以上に感じていた。
王と王女。
黒百合の中心に立つ二人。
その命が失われれば、組織の存在意義も、計画の行方も、大きく変わる。
だからこそ、彼は守る。
誰が相手であろうと。
どれほど大きな陰謀が背後にあろうと。
剣は、王と王女のためにある。
◇
深夜。
黒百合の会議室に、再び七つの席が揃った。
ソクラドが、敵の情報網を追跡した結果を報告する。
グロリアが、軍務局で押さえた命令書を並べる。
リンドウェルが、帳簿と証言の記録を差し出す。
ライラが、古い輸送倉庫から確保した文書を卓上へ置く。
ローレンは、王宮で捕らえた侵入者と、その背後にいた者について報告した。
そして、ヴェルシェリアは、それらを一つずつ確認していった。
「ソクラド。情報は、どこまで追えましたか?」
「王宮の筆頭書記官室へとつながる経路を、複数確認できました。直接の指示を出していた者の名までは、まだ確定しておりませんが、少なくとも、敵の情報網が王宮内部に根を張っていることは間違いないでしょう」
「騎士。命令書は?」
「正式な承認を欠いた命令が、複数の部隊へ伝達されていた。発令経路は筆頭書記官室に行き着く。ただし、書記官本人がすべてを指示したのか、それとも誰かの命令を受けていたのかは、まだ分からない」
「司祭。証言と記録は?」
「寄付金の流れ、輸送記録、証言の日時は一致しています。資金が不正に移動していたことは裏付けられます。ただし、その資金が王位継承に関する計画へ直接使われたことを証明するには、もう少し証拠が必要です」
「少女。文書については?」
「王族の系譜と、過去の王位継承に関する記録です。いくつか、今の公的な記録とは違う部分があります。何が正しいのかは、まだ分かりません」
「剣。侵入者は?」
「王太子殿下の執務室を探っていたことは確認できました。ですが、誰から指示を受けたのかは、まだ口を割っていません。口封じを試みた男についても、背後関係は調査中です」
ヴェルシェリアは、全員の報告を聞き終えた。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
「敵の計画は、確実に王宮の内側へつながっていますわね」
アシュレインが頷いた。
「そうだな。だが、まだ核心には届いていない」
「ええ。資金の流れも、軍部の命令も、古い王族の記録も、すべてが同じ方向を指しています。けれど、それだけでは、誰が何を望んでいるのかまでは証明できません」
彼女は、卓上の金属片へ視線を落とした。
「願いは、王の死によって成就する……」
その言葉を、静かに繰り返す。
「彼らは、陛下の死によって何を得ようとしているのでしょう。王位そのものなのか。それとも、王位継承の仕組みを覆すことなのか」
「あるいは、現在の王家の血統そのものを、否定しようとしているのかもしれません」
リンドウェルが告げた。
誰も、すぐには答えなかった。
古い系譜図。
公的な記録と異なる記述。
王の死によって成就する願い。
それらが意味するものは、まだ分からない。
だが、敵はそれを必要としている。
そして、敵は黒百合が真実へ近づいていることに気づき始めている。
「……ならば、なおさら急がなければなりませんわね」
ヴェルシェリアは、静かに告げた。
「敵が計画を早める前に、すべての証拠を押さえます。けれど、焦って結論を出すことはありません。証拠が示すものだけを、確実に積み重ねていきましょう」
「了解」
グロリアが答えた。
「承知しました」
ソクラドも頷いた。
リンドウェルは静かに目を伏せ、祈りの言葉を口にする。
ライラは、ヴェルシェリアの傍らに立っていた。
ローレンは、いつものように二人の背後を守っている。
アシュレインは、六人を見渡した。
「よく動いてくれた」
短い言葉だった。
けれど、その声には確かな信頼があった。
「これからも、それぞれの役目を果たしてほしい。敵がどれほど深い闇に隠れていようとも、真実を暴き出す」
彼は、翠玉の瞳を細めた。
「そして、私が裁く」
その瞬間、会議室の空気が変わった。
黒百合の七席は、王の言葉を聞いていた。
王が何を望むのか。
王が何を許さないのか。
王が、どのような怪物であるのか。
彼らは知っている。
それでも、彼らは王のもとに集った。
恐怖からではない。
盲目的な忠誠からでもない。
それぞれが自らの意思で、王の裁きに必要な真実を届けることを選んだのだ。
アシュレインは、ゆっくりと立ち上がった。
「……ヴェルシェリア」
「はい、我が王」
「彼らに、思い知らせてやろう」
彼女は微笑んだ。
「ええ。黒百合の信条を、ですわね」
◇
翌夜。
王都の外れにある、使われなくなった礼拝堂。
その地下には、古い石造りの部屋があった。
そこへ、一人の男が連れてこられた。
男は、王宮の筆頭書記官室と関わりのある輸送業者だった。
彼は、黒百合の情報網を探るために動いていたが、ソクラドが仕掛けた偽情報に誘導され、連絡役との接触を押さえられたのだ。
男の前には、七つの席が並んでいた。
商人。
騎士。
司祭。
少女。
剣。
そして、王と王女。
男は、彼らの顔を見回した。
「……お前たちは、何者だ」
ソクラドが、にこやかに答えた。
「さて、何者でしょうね。あなたが知りたがっていた相手、とでも申し上げておきましょうか」
「王太子殿下の命令か?」
男は、アシュレインを睨みつけた。
「お前が、裏で貴族たちを粛清している王太子なのか!」
アシュレインは、否定しなかった。
肯定もしなかった。
ただ、男を見つめていた。
「お前たちは、王国を守るためだと言っているらしいな。だが、やっていることは秘密裏の粛清だ。証拠も手続きも、すべて自分たちの都合で決めている。そんなものが正義であるはずがない!」
「なるほど」
ヴェルシェリアが、静かに口を開いた。
「あなたは、わたくしたちの行いを罪だと考えているのですね」
「当然だ!」
「では、ひとつ伺いましょう」
彼女は、卓上に一枚の書類を置いた。
「この命令書に、見覚えはありますか?」
男の顔色が変わった。
それは、軍務局へ送られた不正な命令書の写しだった。
「この命令によって、正規の手続きを経ずに軍の配置が変更されました。その結果、王宮の警備に空白が生じています」
「し、知らない!」
「そうですか。では、こちらは?」
次に置かれたのは、輸送記録だった。
「あなたが関与した運送会社を経由して、帳簿に記載されていない荷物が運ばれています。その中には、王宮の紋章が刻まれた箱もありました」
「それは……!」
「さらに、教会の慈善事業へ寄せられた寄付金の一部が、あなたの関係する商会へ送金されている記録もございます」
男は、唇を震わせた。
「違う……俺は、ただ運んだだけだ!」
「ええ。あなたが直接、すべてを決めたわけではないのでしょう」
ヴェルシェリアは、穏やかに頷いた。
「だからこそ、伺っているのです。誰から指示を受け、何を運び、どこへ届けたのか。あなたが知っている事実を、すべてお話しください」
「話せるわけがない!」
男は、叫んだ。
「お前たちが何をしようとしているのか、分かっているのか! 俺が話せば、あの方に殺される!」
その言葉に、ソクラドが目を細めた。
「あの方、ですか」
「……っ」
男は、口を押さえた。
遅かった。
自分が何を口にしたのか、ようやく気づいたのだ。
ヴェルシェリアは、微笑みを崩さなかった。
「その方は、あなたを守ってくださるのですか?」
「……」
「あなたが罪を犯したときも。あなたが捕らえられたときも。あなたが口を封じられそうになったときも」
男は、答えなかった。
その沈黙が、何より雄弁だった。
彼は、誰かのために働いていた。
自分の利益のためでもあったのだろう。
恐怖もあったに違いない。
だが、その相手は、彼を守るつもりなどなかった。
用済みになれば切り捨てる。
必要ならば口を封じる。
それが、彼の仕えていた者のやり方だった。
「……俺は」
男は、震える声で呟いた。
「俺は、ただ……」
「あなたの心の中にあるものを、聞かせてください」
リンドウェルが、静かに告げた。
「恐怖でも、欲望でも、後悔でも構いません。あなたが何を恐れ、何を望み、何を隠そうとしているのか。それを語ることからしか、真実は始まりません」
「黙れ……!」
男は、顔を歪めた。
「お前たちに、何が分かる! 俺は、命令に従っただけだ! 俺が逆らえば、家族まで……!」
「それは、事実ですか?」
リンドウェルは、声を荒らげなかった。
「あなたの家族を人質に取ると、明確に脅されたのですか。それとも、あなたが相手の恐ろしさを知っていたために、逆らえば何をされるか分からないと考えたのですか」
「……っ」
「どちらも、恐怖であることに変わりはありません。ですが、事実を確かめることは必要です」
男の目から、涙がこぼれた。
彼は、何も言わなかった。
けれど、その沈黙の中で、少しずつ何かが崩れていく。
自分は命令に従っただけだ。
自分には選択肢がなかった。
自分だけが悪いわけではない。
そう言い聞かせてきた。
だが、命令を受け取ったのは自分だ。
荷物を運んだのも自分だ。
不正な金を受け取ったのも、自分だった。
恐怖は本物だった。
それでも、自分が何をしたのかまで消えるわけではない。
「……俺は、金が欲しかった」
男は、ようやく口を開いた。
「最初は、ただの運送だった。帳簿にない荷物を運べば、通常の何倍もの報酬がもらえた。誰にも知られない仕事だと言われた」
彼は、震える手で顔を覆った。
「そのうち、運ぶものが変わった。軍の命令書、王宮の記録、古い文書……。何を運んでいるのか、知りたくなかった。知れば、もう戻れなくなると思ったからだ」
「それで、知らないふりをしたのですね」
ヴェルシェリアが尋ねる。
「……ああ」
「あなたが何を運んだのか。その結果、何が起きたのか。それを考えないようにしていた」
「そうだ……!」
男は、顔を上げた。
「俺は、怪物じゃない! ただ、金が欲しかっただけだ! 家族を守りたかっただけだ! 俺一人が悪いわけじゃない!」
その言葉に、会議室のように整えられた礼拝堂の地下が静まり返った。
アシュレインは、男を見つめていた。
怒りも、憐れみも、表には出さない。
ただ、その言葉の奥にあるものを見極めようとしていた。
男は、怪物ではないと言った。
だが、彼の心の中には、確かに欲望があった。
恐怖があった。
そして、自分の行いから目を逸らそうとする心があった。
怪物とは、最初から人間の外側にいるものではない。
人が自らの欲望を正当化し、罪を他人へ押しつけ、己の行いを見ないふりするとき。
その心の奥で、静かに育っていくものなのだ。
「……答えが欲しいなら」
ヴェルシェリアが、ゆっくりと口を開いた。
男は、彼女を見た。
彼女の紅い瞳は、彼の視線を逃さなかった。
「その心の中に巣食う怪物をさらけ出し、我が王に祈り捧げよ」
男の顔から、血の気が引いた。
その言葉は、脅しではなかった。
命乞いをしろという意味でもない。
罪を認めれば、すべて赦されるという約束でもない。
己の心にある欲望も、恐怖も、醜さも、すべてをさらけ出せ。
自分は何を望み、何を恐れ、何を選んだのか。
その答えを自らの口で語れ。
そして、その答えを携えて、王の前に立て。
裁きから逃れるために祈るのではない。
裁きを受ける覚悟を持って、祈るのだ。
「……王に、祈れと?」
男は、震える声で呟いた。
「そうですわ」
ヴェルシェリアは微笑んだ。
「あなたが何を望んだのか。何を恐れたのか。何を隠したかったのか。それをすべて明らかにしたうえで、我が王に答えを求めるのです」
「そんなことをすれば……俺は、裁かれる」
「ええ」
彼女は、少しも迷わず答えた。
「あなたが罪を犯したのなら、裁かれるでしょう」
男は、絶望したように目を閉じた。
だが、次の言葉は、彼が予想していたものとは違っていた。
「けれど、あなたが何をしたのかを明らかにしなければ、何も始まりません。あなたが誰かに利用されたのなら、その事実も明らかにする必要があります。あなたが脅されていたのなら、その脅しの存在も調べなければなりません」
ヴェルシェリアは、静かに続けた。
「あなたが罪を犯したことと、あなたが知っている真実は、別の問題です。だからこそ、わたくしたちは、あなたの言葉を聞いているのです」
男の目が、揺れた。
彼は初めて理解した。
ここにいる者たちは、ただ自分を苦しめたいわけではない。
自分を赦すと約束しているわけでもない。
自分が何をしたのかを明らかにし、その責任を問おうとしているのだ。
そして、そのためには、自分が知っている真実も必要なのだ。
「……俺は」
男は、ゆっくりと顔を上げた。
「俺は、知っていることを話す」
声は、まだ震えていた。
「すべて話す。誰から指示を受けたのか。何を運んだのか。どこへ届けたのか。……俺が、何をしたのかも」
アシュレインは、静かに頷いた。
「よかろう」
その声に、男は息を呑んだ。
「お前の証言は、他の証拠と照合する。お前が語ったことを、そのまま真実と決めつけるつもりはない。だが、事実であると確認できたことについては、相応の判断を下そう」
王太子の声は、冷静だった。
「お前の罪が消えるわけではない。だが、真実を語ることまで、無意味になるわけではない」
男は、深く頭を垂れた。
その姿を見て、リンドウェルは静かに目を伏せた。
祈りとは、罪を消すための言葉ではない。
自らの罪を認め、それでも真実から逃げないための言葉でもある。
そして、王の裁きとは、ただ罰を与えることだけを意味しない。
誰が何をしたのか。
誰が何を望んだのか。
誰が、誰を利用したのか。
それを明らかにすることから、裁きは始まる。
◇
男の証言は、夜明けまで続いた。
彼は、王宮の筆頭書記官室から運送に関する指示を受けていたことを認めた。
また、古い王族の系譜に関する文書が、通常の記録保管庫から持ち出され、輸送倉庫へ運ばれていたことも語った。
さらに、彼は一人の連絡役の名を挙げた。
その人物は、セルキス・キネンシスの指示を伝える立場にあったという。
ただし、男自身がエドガーから直接命令を受けたことはなかった。
証言だけで、筆頭書記官のすべての行為が証明されたわけではない。
それでも、黒百合がこれまで集めてきた記録と、いくつもの点が一致していた。
「……これで、ようやく次へ進めますわね」
ヴェルシェリアは、証言の記録を閉じた。
「ええ」
ソクラドが頷く。
「敵の情報網は、王宮の内側まで伸びています。そして、古い王族の記録を運び出すほど、計画は進んでいる」
「軍務局の命令書も、同じ経路へつながっている。誰かが、軍を利用しているのは間違いない」
グロリアが腕を組んだ。
「教会の寄付金も、輸送記録も、同じ商会を経由していました。資金の流れは、少しずつ一本につながっています」
リンドウェルが静かに告げた。
「倉庫にあった文書も、これらの記録と照合する必要があります」
ライラは、ヴェルシェリアの隣で頷いた。
「わたしが持ち帰ったものも、全部確認してください」
「ええ。大切な証拠ですもの」
ヴェルシェリアは、少女の頭をそっと撫でた。
ライラは、ほんの少しだけ目を細めた。
その様子を見届けてから、アシュレインが口を開いた。
「よくやってくれた」
七席へ向けた言葉だった。
「だが、まだ終わりではない。エドガーが何を望んでいるのか。そして、彼の背後に誰がいるのか。それを明らかにする必要がある」
「承知しております、我が王」
ヴェルシェリアは、微笑んだ。
「敵は、わたくしたちの秘密を暴こうとしています。ならば、わたくしたちは、敵の秘密をすべて暴きましょう」
彼女は、卓上に置かれた金属片を見つめた。
円の内側に刻まれた二枚の翼と、剣の意匠。
王の死によって成就する願い。
古い王族の系譜。
王宮の筆頭書記官。
それらは、まだ一つの答えにはなっていない。
だが、真実は確実に近づいている。
「……王に祈りを捧げよ、か」
アシュレインは、小さく呟いた。
「祈る者が、必ずしも善人とは限らない。だが、己の罪を隠したままでは、私の前に立つことすらできない」
彼は、七席を見渡した。
「黒百合は、私のために嘘をつく必要はない。私が求めるのは、真実だ」
その言葉に、ヴェルシェリアが微笑んだ。
彼女は知っている。
アシュレインは、都合のよい言葉だけを聞きたい王ではない。
自分が裁くべき罪を、誰かの言葉で覆い隠したい王でもない。
彼は、真実を知ったうえで、自ら判断を下す。
だからこそ、黒百合は彼のもとに集った。
彼が怪物だからではない。
彼が怪物であることを理解したうえで、その怪物に裁きを委ねることを選んだからだ。
「我が王」
ヴェルシェリアが、静かに告げた。
「わたくしたちは、必ず真実をお届けいたしますわ」
「ああ。頼んだぞ」
アシュレインは、彼女の手を取った。
その指先が触れ合う様子を、六人は見守っていた。
王と王女。
そして、その二人を中心に集う六つの席。
彼らは、それぞれ異なる怪物を心に飼っている。
欲望を見抜く商人。
命令の裏側を疑う騎士。
罪と慈悲の境界を見極める司祭。
自由を奪う者を許さない少女。
王と王女を守る剣。
そして、すべての裁きを下す王と、その隣に立つ王女。
彼らは、自らの怪物を否定しない。
ただ、その怪物を誰のために振るうのかを、自分の意思で選んでいる。
それが、黒百合の七席だった。
◇
夜明け。
王宮の窓から、淡い光が差し込んでいた。
王都は、何事もなかったかのように朝を迎えている。
貴族たちは、いつものように政務へ向かい、商人たちは店を開き、教会では朝の祈りが捧げられる。
誰も知らない。
昨夜、どこかの地下室で、一人の男が自らの罪を語ったことを。
誰も知らない。
王宮の内側に、王位継承を揺るがす陰謀が潜んでいることを。
そして、誰も知らない。
その真実を暴くために、七つの席が動いていることを。
王宮の回廊を、アシュレインとヴェルシェリアが歩いていた。
銀の髪の王太子は、穏やかな微笑みを浮かべている。
黒髪の王女は、その腕に手を添え、優雅に微笑んでいた。
誰もが憧れる、理想の婚約者たち。
その姿に、疑いを抱く者はいない。
「殿下」
ヴェルシェリアが、そっと囁いた。
「昨夜の証言は、まだ一部しか裏付けられておりません。慎重に調べる必要がありますわ」
「分かっている。証言だけで結論を出すつもりはない」
「それなら、よろしいのですけれど」
彼女は、微笑んだ。
「ですが、敵は確実に追い詰められています。今まで隠していたものを、少しずつ表へ出さざるを得なくなるでしょう」
「そうだな」
アシュレインは、彼女の手を握り返した。
「そして、最後には私の前に立つことになる」
その声には、怒りも、焦りもなかった。
ただ、確かな確信があった。
どれほど深い闇に隠れようとも。
どれほど多くの人間を利用しようとも。
どれほど巧妙に真実を覆い隠そうとも。
罪を犯した者は、いつか自らの選択と向き合うことになる。
そして、その答えを求めるのならば。
自らの心に巣食う怪物を、さらけ出さなければならない。
王の前で。
黒百合の前で。
そして、何よりも、自分自身の前で。
王宮の窓辺に、朝の光が差し込んだ。
その光の下で、王太子は微笑み、王女は彼の隣に立っている。
彼らの足元で、黒百合は静かに根を伸ばしていた。
やがて、敵は知ることになるだろう。
黒百合は、ただ闇に潜む者たちの集まりではない。
真実を集め、罪を暴き、王の裁きへと導く者たちなのだと。
そして、王の前に立つことになった者は、必ず問われる。
お前は何を望んだのか。
何を恐れたのか。
何を隠し、何を犠牲にしたのか。
その答えを差し出せるのならば、王は聞くだろう。
だが、答えを偽り、罪から逃れようとするのならば。
黒百合は、その偽りを暴き出す。
王に祈りを捧げよ。
己の怪物をさらけ出し、真実を携えて。
それが、黒百合の信条だった。




