第4章 令状のない家探し
如月の十二日、昼。
鉄を打った靴が、表の石畳を鳴らして、扉の前で止まった。治安維持隊の靴だ。扉が開いて、灰色の外套の若い男が入ってきた。
フィンだった。
隊の町廻りの班の、頭役をしている。二十代の、真面目な男だ。去年の暮れ、北の村へ徴税役を迎えに行く依頼に、隊から一人ついていったのがこの男だった。組合の剣士たちと雪の街道を歩いて、帰ってきた。帰ってきてから、ときどき町廻りの途中にこの店に寄って、白湯を一杯飲んでいく。酒は飲まない。勤めの最中だからだ。
ダリオが、窓際の卓から手を上げた。
「よう、フィン。寒いか」
「寒いです」とフィンは言った。「町廻りは、日陰ばかり歩かされるので」
「日向を歩けばいいじゃねえか」
「悪いことをする連中は、日陰にいるので」
ダリオは笑った。フィンは笑わなかった。冗談のつもりはないらしかった。
俺は白湯を出した。フィンは外套を脱がずに、カウンターの前に立ったまま、両手で杯を包んだ。
*
「隊長のことを、訊いてもいいですか」と俺は言った。
フィンは杯から顔を上げた。
「隊長が、何か」
「おとといと、ゆうべ、私服でいらっしゃいました。外套に留め金がありませんでした」
フィンは少し黙った。それから、杯を置いた。
「隊長は、いま、非番なんです」
「非番」
「表向きは」フィンは、言葉を選ぶ顔をした。「春の議まで、詰所に入るなと言われています」
ダリオが、窓際から椅子ごとこちらを向いた。
フィンは、話した。
七日の昼、詰所に参事が二人来た。一人は治安方の参事、ホルン。隊と牢を預かる、隊長の上役だ。もう一人は、その後ろに立っていた勘定方の参事、ブラント。言い出したのはブラントのほうだと、隊の者はみんな知っている。
ホルン参事が、隊長に命じた。
前の組合長の、差し押さえ漏れの財産が、組合の建物に隠されているとの訴えがある。今日のうちに改めよ。
「組合の建物、というのは」
「ここです」とフィンは言った。
俺は、黙って杯を拭いた。
前の組合長、バルタザールは、三か月前、夫人の宝石を盗ませた罪で連行された。いまは詰所の牢にいる。財産は差し押さえられた。この店の表の扉の修理代も、その財産から出た。
「令状は」と俺は訊いた。
「ありませんでした」
隊長は、断った。
令状か議決を持ってきてくれ。掟の三つ目だ。そう言った、とフィンは言った。
参事会の議決か令状なくして、家の戸を開けさせない。ゆうべ、トマスがここで諳んじた掟の、三つ目だ。
「翌朝、八日の朝に、帳場に監査が入りました」とフィンは続けた。「勘定方の名で。監査役は、ブラント参事の番頭の、カスパルという男です。同じ朝、ホルン参事が隊長に言いました。監査が済むまで、春の議まで非番だ。詰所に入るな、と」
「それで、隊長は」
「はい、と」
フィンは杯の白湯を見ていた。
「隊長は、はい、としか言いませんでした」
フィンは、少し黙ってから、付け足した。
「町廻りから凍えて帰ると、隊長は詰所の釜の湯を、俺たちに先に飲ませるんです。自分は最後に飲む。ぬるくなっていても、何も言わない。その隊長が、はい、と一言だけでした」
*
「令状ってのは、取れねえもんなのか」とダリオが言った。
「取れます」とフィンは言った。「参事会の裁き役が出します。ただ、令状には、訴え人の名と、探す物の名を書かなきゃならないんです」
「書けばいいじゃねえか」
「差し押さえ漏れの訴えなら、訴え人は、差し押さえの金を取り立てる側か、差し押さえを受けた本人です。前の組合長の財産を取り立てる側の名で出すなら、その名が紙に残ります」
ダリオは頭を掻いた。
「取り立てる側ってのは、つまり借金取りか」
「まあ、そうです」
「借金取りが名を出したがらねえのは、よく分かる」ダリオはうなずいた。「俺も、借りてる先には名を出したくねえ」
「それは、逆です」とフィンは言った。
ダリオは、もう一度頭を掻いた。
「よく分からん」
「私も、よくは分かりません」とフィンは言った。「隊長がそう言っていたのを、聞いただけです」
「議決ってのは」
「参事会の議決は、春の議まで開かれません。臨時の議を開くには、参事の半分より多くが名を連ねて求めないといけない」
つまり、春まで待てない誰かが、名を残さずに、組合の建物の中を探したがっている。
俺はそう勘定した。口には出さなかった。
「監査ってのは、何を調べてるんだ」とダリオが訊いた。
「隊の帳場の、古い帳面です。見舞金の綴りを、三十年分さかのぼっているそうです」
「三十年」
「不正な見舞金があれば、隊長の監督の咎だと」フィンは杯を置いた。「三十年前、隊長はまだ隊に入っていませんでした」
フィンは、それきり口を閉じた。
「隊長は、何を探せと言われたのか、俺たちには言いませんでした」とフィンは言った。「隠し財産、とだけ」
*
フィンは白湯の代わりを断った。外套の襟を立てた。
「トマスが、帳場に回されたでしょう」
「ええ」
「羨ましいです」とフィンは言った。「帳場は、雪に降られないので」
「トマスさんは、帳場は火の気がなくて寒い、と言っていましたが」
フィンは少し考えた。
「でも、雪には降られないので」
ダリオが、腹を抱えて笑った。フィンは、やはり笑わなかった。鉄を打った靴の音が、表の石畳を遠ざかっていった。床に、溶けた雪の跡が二つ、残った。
*
夕方五つ、階段が鳴った。
左の足が先に下りてくる。右の足が、あとから軽く追いつく。一段ずつ。手すりには頼らない。
組合長のエーリカ・ランゲだ。去年の霜月に、この組合の長になった。もとは弓使いで、膝を痛めて弓を置き、参事会の書記を長く務めた。右の膝をかばって歩く。灰色がかった栗色の髪を、首の後ろで一本に編んでいる。
エーリカは階段の最後の段で止まって、店の中の人数と出口を数えた。俺と同じ癖だ。それからカウンターへ来た。
「マスター」とエーリカは言った。「明日の昼すぎ、参事が二人、組合へいらっしゃいます」
「どなたが」
「ブラント参事と、ホルン参事です」
エーリカの声は、丁寧で、少し硬かった。いつもそうだ。
「ご用件は」
エーリカは、少しだけ間を置いた。
「前の組合長の部屋を、見せてほしいそうです」
それから、俺を見た。
「令状は、お持ちではないそうです」




