第4話 焼けた砂
翌朝、アルノは尾根の麓へ下りた。黒鉄尾根は近くで見ると、岩というより錆びた鉄の塊だった。赤黒い肌に黒い粒が光り、ところどころ鋭く尖っている。
麓には谷の風が運んだ白い砂が溜まり、その砂の上に、黒く焦げた輪が点々と散っていた。どれも大人が両腕を広げたくらいの大きさで、真ん中が浅く窪んでいる。
「昨日、ここに十二本」ハンネが輪を指さしながら歩いた。小石の壺は今日も抱えている。後ろからイルゼが、帳簿を傘代わりに額へかざしてついてきた。
「坊ちゃん、朝から砂遊びかよ。何を売る気か見に来てやったんだぞ」
「砂を見に来ました! 雷が落ちた砂です」
アルノは焦げた輪の縁に膝をつき、木の鋤で砂を掘った。鉄の鋤は村に一本もない。三度目に鋤を入れたとき、刃先が硬いものに当たった。
指で砂をどけると、白っぽい枝が出てきた。太さは親指ほど。外側はざらざらと砂を噛んで、まるで焼いた骨のように見える。けれど折れた断面を朝日にかざすと、中は空洞で、内側の壁がつるりと光っていた。枝は途中で二つに分かれ、分かれた先でさらに細く分かれ、砂の奥へと伸びている。
アルノは息を止めた。「雷の形だ……!」
枝の分かれ方は、左腕の赤い模様と同じだった。空から落ちた一本が砂に刺さり、熱で砂を溶かし、通った道をそのまま硝子にして残していったのだ。音も光も一瞬で消える雷が、ここでは形になって、砂の中で待っていた。
「ハンネさん、これは」
「それ、みんな捨ててるよ。裸足で踏むと刺さるから」
「捨ててるんですか!? これを!?」アルノの声が裏返った。十年、帳面の上でしか見られなかった雷の形を、この谷の子どもは裸足で踏んで捨てていた。
アルノが頭を抱えるより先に、イルゼが枝をひったくった。光にかざし、指の腹で内側をなぞり、重さを手のひらで量る。爪で弾くと、澄んだ高い音がした。取り立ての帳簿を見るときの細い目が、急に丸く開いている。
「……これ、王都の細工師に見せたら、一本で銀四十は出す」イルゼの声が、いつの間にかひそひそ声に変わっていた。
「銀四十って、どのくらいです?」
「職人の日当で、ひと月と少し」イルゼは枝を胸に抱えた。「ミルデの細工通りで、似たのを見たことがある。雷硝子って呼ばれてた。どこで採れるのか誰も言わねえから、べらぼうな値がついてた」
「ここで採れます。足元に、いくらでも!」
「見りゃ分かるよ!」イルゼは枝を振り上げ、慌てて胸に抱え直した。
アルノはもう次の輪へ移っていた。掘る。出る。掘る。また出る。浅い輪からは細い枝が、深く窪んだ輪からは腕ほどの枝が、何本も絡まり合って砂の底へ伸びている。三つ目の輪を掘り広げたとき、アルノは手を止めて座り込んだ。
砂の中に、透明な根が張っていた。一本の太い幹から枝が八方へ広がり、さらに細かい枝を出して、朝の光を通して青白く光っている。雷が地面の下に植えた、逆さまの木だった。
「これはだめです! これだけは売りません!」
「は? 今なんつった」
「見てください、枝分かれが七つもあるんですよ!? 雷がここで、七つに分かれたんです! 天気帳の隣に置きます」
「そんなにすげえなら、すげえ値で売れるんだよ!」
「すごいから手放せないんです! 二番目のを売りましょう」
「おいおいおい、借金八百四十の家の坊ちゃんが、何を宝物にしてんだよ」
イルゼは砂の上にしゃがみ込み、帳簿を開いて猛烈な勢いで何か書き始めた。ハンネが小石の壺を抱えたまま、二人を交互に見上げる。
「ねえ。捨てるの、やめたほうがいい?」
「やめてください!」
「やめろ」
二人の声が揃った。ハンネは頷き、足元の細い枝を拾って、小石の壺にそっと差した。
アルノはもう四つ目の輪にかかっていた。枝の分かれる角度を指で測り、深さを鋤の柄で測り、帳面に絵を描いてはまた掘る。雷は落ちたところで止まらずに、砂の中を斜めに走っていた。走った先に何があったのか、知りたくてたまらない。掘れば掘るほど、枝は奥へ逃げていく。
「領主さま、それ何本目?」ハンネが壺を抱えて覗き込んだ。
「数えてません! 数えるのはハンネさんの係です」
「じゃあ、お給金ちょうだい」
「それはイルゼさんの係です」
「払わねえよ!」砂の上から、帳簿に顔を埋めたままのイルゼが怒鳴った。
「領主さま。雲」ハンネが袖を引いた。見上げると、尾根の上に入道雲が立っていた。いつ育ったのか、底がもう鉛色に沈んでいる。ハンネはとうに膝の砂を払い、村のほうへ足を向けていた。
「おい、昼だぞ。坊ちゃん、上がれ」
「あと一本だけ! この枝の先が、どこへ——」
「あと一本、で死んだ奴をあたしは三人知ってる。全員、借金持ちだった」
イルゼはアルノの襟首を掴んで砂から引き抜いた。三人は硝子の枝を抱えて走った。砂に足を取られ、ハンネが転び、アルノが片腕でそれを拾い上げる。村の杭の列まで駆け戻ったところで、背後が白くなった。
振り返ると、さっきまでアルノが膝をついていた輪の真ん中から、煙が細く立ちのぼっていた。アルノは杭から手を離して跳び上がった。
「見ました!? 今の、私のいた輪に落ちた! 枝がまた増えます!」
「喜ぶな!」
* * *
鉄喰い峠の道から外れた岩陰で、男が一人腹這いになっていた。帽子に黒い羽根を三本挿している。男は谷底で砂を掘る三つの人影を見下ろし、朝日を跳ね返す透明な枝を目で追った。女が枝を抱え、胸の前で握りしめている。遠目にも、それが安い物でないのは分かった。男は音を立てずに岩から身を引き、峠の西へ下りていった。
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