第99話 帰還の報告
エルダリアのギルドに顔を出したのは、戻った翌日の朝だった。
受付のミーナが、ライトたちを見て目を丸くした。
「お帰りなさい! 随分長かったですね」
「色々あった」ライトは苦笑した。「報告をしたい。受付担当はミーナさんで大丈夫ですか」
「はい、もちろん。こちらへどうぞ」
奥の小部屋に案内された。砂漠での調査報告——ダラント遺跡の封印が自然消滅し、危険性がなくなったこと。《滅びの原》については、魔力の乱流が落ち着き、立ち入り禁止区域の解除を検討してもいいかもしれないこと。
アルティアのことは、話さなかった。
「素晴らしい成果ですね」ミーナが報告書に書き込みながら言った。「特に《滅びの原》については、上に上げる必要がありそうです。ギルド長がお話ししたいと言うかもしれませんが」
「構いません」
「……ライトさん、少し変わりましたね」
ミーナが唐突に言った。ライトは首を傾げた。
「そうですか」
「なんというか——前より落ち着いた印象を受けます。旅で何かあったんですか?」
「色々あった」ライトは繰り返した。「でも——いい旅でした」
ミーナが少し微笑んだ。「それは良かったです」
報告を終えて外に出ると、セイラが待っていた。
「どうだった?」
「問題ない。ギルド長が話を聞きたいらしいが、それは後でいい」
「ギルド長? 偉い人が出てくるの?」
「《滅びの原》の話を上げるらしい。まあ、隠す必要もないし」
セイラが「大変だね」と言ってから、「でも、ライトならうまくやるよ」と続けた。
その言葉に、ライトは少し笑った。「買いかぶりすぎだ」
「買いかぶりじゃないよ。実績がある」
二人でギルドの前を歩きながら、昼食の話になった。エルダリアに戻ってきて何が食べたいか——セイラは迷わず「肉料理」と言い、ライトは「野菜が食べたい」と言い、二人の意見が分かれた。
最終的に、両方頼めそうな店に落ち着いた。
昼食を食べながら、セイラがふと言った。
「砂漠から戻って、エルダリアって改めて住みやすいな、と思った」
「そうだな」
「ライトは——ここが好きになれた?」
問いかけに、ライトは少し考えた。
最初にエルダリアに来た時は、ただ生き延びるためだった。仲間も居場所も何もなかった。それが今は——帰る場所という感覚がある。
「好きだと思う」ライトは素直に答えた。「最初はそう思えなかったけど」
「そっか」セイラが嬉しそうに笑った。「私も好き、ここ」
午後、ギルド長に呼ばれた。
ギルド長のヴィクトルは、五十代の恰幅のいい男だった。豪快そうな見た目に反して、話し方は穏やかで丁寧だ。
「砂漠からの報告、受け取った」ヴィクトルが言った。「《滅びの原》の魔力乱流が収まった、というのは確かか」
「はい。現地で確認しました」
「どうやって? あそこには普通入れないはずだが」
ライトは少し考えてから、「特殊な方法で中に入りました。魔力の乱流の原因となっていたものが解消されたので、乱流も収まったと判断しています」と答えた。
「原因が解消……」ヴィクトルが目を細めた。「それ以上は、聞かない方がいいか」
「できれば」
ヴィクトルが少し間を置いてから、「わかった」と言った。「お前さんがそう言うなら、信用しよう。ただし——もし後で何か問題が出た場合は、もう一度話を聞かせてくれ」
「もちろんです」
「それと」ヴィクトルが立ち上がり、引き出しから何かを取り出した。「これは、ランク昇格の通知だ。今回の功績を評価して、ギルドとして正式に認定する」
差し出されたのは、新しいギルドカードだった。ランクの刻印が——Bになっていた。
「Bランクですか」
「まだ若いのに大したものだ」ヴィクトルが笑った。「これからも期待している」
ライトはギルドカードを受け取った。手の中で、Bランクの刻印が光を反射した。
Fランクから始まった。ただ生き延びるために。それが今は——Bランク。
「ありがとうございます」
「礼はいい。その代わり、死ぬなよ」
ヴィクトルが豪快に笑った。ライトも、思わず笑った。
ギルドを出ると、待っていたセイラとナディアとレインに報告した。
「Bランクになった」
セイラが目を丸くした。「え、一気に?」
「ギルド長の裁量らしい」
「すごい……」ナディアが静かに言った。「Bランクは、一流冒険者の証だわ」
「レインは?」ライトが聞くと、レインが無言でギルドカードを出した。同じくBランクの刻印があった。
「お前も?」
「同じ功績だ。同じ扱いを受けた」
セイラが「私はCランクのまま悔しい!」と言って笑い、ナディアが「私もよ」と苦笑した。
「次の旅でまた功績を積めばいい」とライトは言った。
「次の旅、か」セイラが少し遠い目をした。「また行くの?」
「多分」
「どこへ?」
「まだわからない」ライトは正直に答えた。「でも——また何か面白いことがあると思う」
セイラが「それは確かだね」と笑った。
夕方、四人でいつもの酒場に顔を出した。
店主のおやじが「久しぶりだな」と言って、頼まなくてもいつもの席を用意してくれた。馴染みの場所だ、とライトは思った。こういう場所ができたのは、いつからだろう。
料理が来て、飲み物が来て、他愛もない話が始まった。
砂漠での出来事を振り返り、笑えるエピソードを笑い、しんみりする話はしんみりと聞いた。アルティアのことは、ここでも詳しくは話さなかった。でも「すごい人に会った」とだけ言うと、セイラが「本当にすごい人だったよ」と頷いた。
夜が深まっていく。
レインが早めに「先に戻る」と言って立ち上がった。多くは語らないが、疲れているのだろう。
「ゆっくり休んでくれ」とライトが言うと、レインは短く頷いて出ていった。
残ったナディアが、ライトに言った。
「ライト、一つ聞いていい?」
「何ですか」
「砂漠の旅で——《無限の器》のことを知った。お前は、怖くないか。自分の力の正体が、まだわからないことが」
ライトはグラスを手で包みながら考えた。
「怖くはない」やがて答えた。「ただ——わからないことがあるということは、まだ知れることがあるということだ。それは悪くない」
「前向きね」
「そうでもない。ただ——今の自分には、考えすぎても仕方ないことがある、とわかってきた」
ナディアが「なるほど」と静かに言った。
ナディアも間もなく帰り、最後にセイラとライトの二人が残った。
酒場の喧噪が遠くなっていく。深い時間になると、常連たちも少しずつ減っていく。
「ライト」セイラが言った。
「なに?」
「砂漠から帰ってきて——何か変わった? 自分の中で」
ライトはしばらく考えた。
「変わったというより……はっきりした、という感じかな」
「何が?」
「俺がやりたいことが何か。どう動きたいか」
「それって——」セイラが少し前のめりになった。「聞いていい?」
「力を持っているから、誰かを助けるんじゃない」ライトはゆっくりと言葉を選んだ。「誰かが困っているから助けたい。それが先にある。力はその手段でしかない。そういうことが——旅の中でより確かになった気がする」
セイラが黙って聞いていた。
「大げさに聞こえるかもしれないけど」
「大げさじゃないよ」セイラが静かに言った。「それが、ライトらしいと思う」
二人はしばらく黙っていた。酒場の灯りが揺れる。
「ありがとう、セイラ」
「何が?」
「一緒にいてくれて」
セイラが一瞬止まって、それからふっと笑った。
「こっちのセリフだよ」
エルダリアの夜が、静かに更けていった。次の旅はまだ遠い。でも——確実に、そこへ向かっている。




