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第100話 無限の先へ

 ライトが「無能」と呼ばれていた頃のことを、たまに思い出す。


 パーティから追放された朝。荷物一つ、スキル一つもなく放り出されたと思っていたあの日。路地裏で拾った古い外套。空腹のまま歩き続けた道。


 今は——Bランク冒険者として、エルダリアに自分の居場所がある。


 不思議なことだ、とライトは時々思う。でも不思議なだけで、全てには意味があった。あの追放がなければ、今の自分はなかった。エルダリアに来ることも、セイラたちと出会うことも、《スキル無限》が何であるかを少しずつ知っていくことも。


 全部が——繋がっていた。


 その朝、ライトはいつもより早く目が覚めた。


 窓から差し込む光が、部屋の中に長い影を作っている。エルダリアの朝だ。鳥の声がして、遠くで荷車の音がする。普通の、静かな朝。


 ライトは天井を見ながら、これからのことを考えた。


 砂漠の旅は終わった。アルティアは旅立った。《滅びの原》の封印は解けた。ギルドの報告も終えた。ランクも上がった。


 では——次は何をするか。

 答えはまだない。でも——それでいいと思っていた。


 次が何であっても、動ける。考えながら、仲間と一緒に。それだけで十分だ。


 着替えて階下に下りると、食堂にセイラがいた。すでに朝食を食べ始めていた。


「早いな」


「ライトこそ」セイラが顔を上げた。「眠れなかった?」


「よく眠れた。ただ早く目が覚めた」


「私も」セイラが少し笑った。「なんか——落ち着かなくて。砂漠から帰ってきて、普通の日常に戻ってきたのに、体がまだ旅モードなのかも」


「わかる気がする」


 ライトも席に着いて、朝食を頼んだ。パンとスープ。シンプルだが、美味しい。これがエルダリアの味だ。


「ねえ、ライト」セイラが食べながら言った。「《スキル無限》のこと、もっとわかってきた?」


「少しずつ」ライトは答えた。「でも全部じゃない。まだわからないことの方が多い」


「怖くない?」


「怖くない。むしろ——楽しい、と思い始めてる」


 セイラが「楽しい?」と首を傾げた。


「自分の力がどこまで広がるか、まだ見えていない。それって——可能性がある、ということだから」


 セイラがしばらく考えてから、「確かにそうかも」と言った。「ライトらしい考え方だ」

 朝食を終えた頃、ナディアとレインも降りてきた。四人で揃って、今日の予定を話し合った。


「特にやることはない」とレインが言った。「久しぶりに体を休めたい」


「同意」とナディアが頷いた。「街の様子も確認したいし、のんびりする日があってもいい」


「俺も同じだ」ライトは言った。「今日は何もしない日にしよう」


 セイラが「え、いいの?」と少し驚いた顔をした。


「たまにはいい」


 四人は午前中を思い思いに過ごした。ライトは図書館に行き、《無限の器》に関連しそうな古い記録を探した。直接そのものは見つからなかったが、千年前の大災害についての断片的な記述をいくつか見つけた。ヴェルン老人が持っているものより情報量は少ないが——パズルの一欠片として、頭の中に入れておく。


 昼頃、街の広場で四人が合流した。


 広場では子どもたちが走り回っていた。露店商人が声を上げ、鳩が舞い、噴水が光を散らしている。エルダリアの、普通の昼。


 ライトはその光景を見ながら、ふと思った。


 (これが——守りたいものだ)


 特定の誰かではなく、こういう光景が続いていくこと。普通の人が、普通に生きていられること。アルティアが千年前に守ったものも、きっとこれだ。

「何を考えてるの?」


 セイラの声で、ライトは現実に戻った。


「いや——ただ、いい場所だなと思って」


「エルダリア?」


「ここだけじゃなく」ライトは広場を見渡した。「こういう場所が、あちこちにある。砂漠の街も、小さな村も。俺が行ったことのない場所にも、こういう光景があるんだと思う」


「旅したい?」


「したい。でも——急がなくていい」


 セイラが「珍しいな」と言った。「ライトって、いつも先を見てる印象があったから」


「先を見ながら、今もちゃんと見たい」ライトは言った。「今がないと、先もないから」


 セイラが少し黙って、それから静かに言った。


「ライトと旅するの、好きだよ」


 ライトは少し照れながら、「俺も」と答えた。


「え」セイラが目を丸くした。「今、素直に言った?」


「言った」


 セイラが噴き出して笑った。ナディアが「珍しい」と呟き、レインが小さく「成長したな」と言った。


「うるさい」ライトは苦笑した。


 四人の笑い声が、広場に響いた。子どもたちが何事かと振り返ったが、すぐに自分たちの遊びに戻っていった。


 エルダリアの昼が、明るく輝いていた。

 夕方、ライトは一人で街の外れに出た。


 エルダリアの城壁の外、少し高くなった丘の上から街を見下ろせる場所がある。ライトがたまに一人で来る場所だ。


 夕暮れの光が、街を橙色に染めていた。煙突から煙が上がり、遠く鐘の音がする。家に帰る人、仕事を終えた人、まだ働いている人——それぞれがそれぞれの時間を生きている。


 ライトはその景色を見ながら、静かに《スキル無限》を展開した。


 自分の中に広がる、無数のスキルの気配。どこまでもある。底がない。果てがない。


 (これが俺の力か)


 恐ろしいとは思わなかった。ただ——大きなものを預かっている、という感覚がある。大切に使わなければいけないものを、ずっと持って歩いていく。


 それでいい。


 追放された日から、ここまで来た。長い道のりだったか、短かったか——どちらでもある気がする。でも確かに来た。一人で始まって、今は三人の仲間と一緒にいる。


「こんなところにいた」


 後ろからセイラの声がした。振り返ると、夕暮れの中でセイラが立っていた。


「探した?」


「少し。みんな心配してたよ」


「心配させた。すまない」


「謝らなくていい」セイラが隣に来た。「何を考えてたの?」


「色々」ライトは前を向いたまま言った。「追放された頃のこととか、これからのこととか」

「追放された頃……」セイラが繰り返した。「後悔してる?」


「してない」ライトははっきりと答えた。「あの日があったから、今がある」


 セイラが「そっか」と小さく言った。


「セイラは——俺と組んで、後悔してないか?」


「全くない」即答だった。「むしろ——感謝してる。ライトと一緒にいなかったら、私はもっと狭い場所で、狭い見方しかできなかったと思う」


 ライトは少し驚いて、セイラを見た。


「大げさだ」


「大げさじゃないよ」セイラが真っ直ぐに言った。「本当のこと」


 二人は並んで夕暮れのエルダリアを見た。


 風が吹いた。橙色の光が少しずつ薄れていき、空の端から夜の色が滲み出してくる。星が一つ、また一つと出始めた。


「次、どこへ行くか決まった?」とセイラが聞いた。


「まだ」とライトは答えた。「でも——どこへでも行ける気がしてる」


「私もそう思う」


「一緒に来るか?」


「当然」


 ライトは空を見上げた。《スキル無限》が、胸の奥で静かに輝いている。底なしの器。果てのない可能性。


 無能と呼ばれた日から、ここまで来た。


 そしてここは——まだ途中だ。


 旅は、続く。


【第一部 完】

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