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第024話 煙草と帳面の店

 バルの後について建物へ入ると、外から見ていた時より余計に何の店なのか分からなくなった。

 入口近くには使い込まれた盾や剣が並び、その隣の棚には未開封の薬瓶と工具、革袋へ小分けされた金具まで置かれている。武具屋にしては書類が多く、金貸しにしては物が多い。奥の壁を埋める紙束には一つずつ番号が振られ、中央の机では店員が、さっき盾を取り上げられていた若い男の帳面を整理していた。

 バルは席へ戻る途中でその帳面を覗き、机の脇に置かれた盾の札と見比べた。


「そいつ、三番棚。売り物と混ぜんなよ」

「分かってます」


 店員が盾を抱えて動き出す。

 外では無造作に取り上げて脇へ放ったように見えたが、持ち主の名前も預かった金額も、戻す棚まで決まっているらしい。


「お前、結局何屋なんだよ」


 俺が聞くと、バルは自分の机から椅子を一脚足で押し出した。


「金に困った冒険者が来る店だ。装備は売るし買う。金も貸す。担保も預かる。壊した奴には修理できる職人も回す」

「神官だけ綺麗に商売から消えてんな」

「怪我してんなら治療院教えてやるぞ」

「そこはお前が治せよ」

「仕事中まで無料奉仕増やす気はねぇ」


 神官本人から出ていい台詞なのかは怪しい。

 ただ、棚へ収められていく盾を見る限り、金だけ取って後は知らんという商売でもなさそうだった。雑に積まれて見える品にも番号札が付き、帳簿の束は種類ごとに置き場が分かれている。見た目よりよほど几帳面に回している。


「意外と真面目にやってんじゃん」

「意外と、まで付けた時点で褒めてねえだろ」

「気付いたか」

「気付くわ」


 睨まれたが、言葉ほど嫌そうでもない。

 昔から金の話になると妙に細かい奴だった。その細かさを今は本当に飯の種にして、店員と客まで抱えている。

 アルは俺たちの横で店内を見回し、口元を少し緩めた。


「お二人とも、話し始めるとあまり変わりませんね」

「俺までこいつと一緒にすんなよ」

「それはこっちの台詞だ」


 ほぼ同時に返した俺たちを見て、アルは何も言わなくなった。

 その顔だけで十分だった。


「で」


 バルは机の向こうへ座ると、さっきまで店員が使っていた帳面を自分の方へ引き寄せた。数字を一つ確認してから端へ寄せ、ようやくこちらを見る。


「わざわざレヴァンまで来たんだ。用件を言え。俺まだ仕事中なんだよ」

「久々に来た友達をもうちょい歓迎しろよ」

「外で十分相手しただろ。こっから先は仕事だ」

「再会した日にもう金取る気かよ」

「無料期間があるだけありがたく思え」


 この辺は昔と変わらないらしい。

 俺も椅子へ腰を下ろし、壁際へ預けていた戦鎚へ目を向けた。


「工房を探してる。できれば職人に預けるんじゃなくて、場所と道具を借りて自分で触れるところ」


 バルの視線も戦鎚へ移る。


「何だ。壊したのか?」

「壊したわけじゃないけど、体のほうに微妙に合ってなくてな」


 口で言うだけでは分かりにくいので、柄へ手を掛けて少し持ち上げた。

 重さそのものにはもう慣れている。問題はそこではなく、握ったところから先だった。


「見た目は昔とほとんど同じなんだけど、肩と腰の入り方がちょっと違う。昔の感覚で振ると、力が一番乗る位置から僅かに外れるんだよ。訓練なら握りを変えて誤魔化せたけど、灰森で動く相手を殴ったらはっきり分かった」


 鎚を床へ戻すと、金属の重い音が足元へ返った。

 握りをずらす程度で済ませるつもりはない。今の身体に合わせて一度きちんと詰め直すなら、ある程度好きに道具を使わせてくれる工房が必要だった。

 話を聞き終えたバルは煙草を一本抜き、火を付ける前に戦鎚を上から下まで眺めた。


「普通の武器屋に持ってって『工房貸せ、自分で弄る』って言ったら断られるぞ。職人からすりゃ、道具壊されても材料潰されても面倒なだけだからな」

「分かってる。だからお前に聞きに来た。アルが、職人に顔利くって言ってたから」

「あるにはある」


 煙草の先へ火が入り、最初の煙が机の横へ流れる。

 そこで素直に紹介先を言わない辺りも、よく知っている。


「で、いくら?」

「金で払う気か?」

「お前相手なら何か取られる前提でいる」

「話が早くて助かるな」

「昔からそうだろ。で、何すりゃいい」


 バルは煙草を指に挟んだまま、机の引き出しを開けた。


「一件手伝え。それで工房に話通してやる」

「ほら来た」

「嫌なら別にいいぞ」

「誰が嫌だっつったよ」


 一枚の紙が机の上を滑ってくる。

 人の名前と金額、その横には何度かの日付が並んでいた。帳簿の一部らしい。


「で、何させんの?」

「人一人探して、できれば連れて来い」

「金貸しが言うとえらく物騒に聞こえるな」

「俺の客だ。最後まで聞け」


 バルの指が、紙の上にある名前を押さえた。


「ガレン。荷運び屋。半年くらい前に仕事道具を買い替える金を貸した。昨日が支払日だったんだが、来なかった」

「昨日?」

「ああ。金だけなら一日くらいで騒がねえ」


 なら何が問題なのかと紙から顔を上げると、バルは煙を吐きながら同じ名前を指先で二度叩いた。


「こいつ、払えねえ時は先に来るんだよ。仕事飛んだ、怪我した、今月きつい。何でもいいから先に話をしに来る。黙ってすっぽかす奴じゃねえ」


 単に返済日を覚えているだけではないらしい。

 半年付き合った客が、金を払える時にどう動き、払えない時にどう話を持ってくるかまで覚えている。そのいつもの動きから外れたから、わざわざ紙を別にしていた。


「連絡もなし?」

「なし。宿にも帰ってねえ。ただ、今朝は南三番荷役場で働いてたって話がある」


 死んだとか、寝込んだとかいう話ではない。

 普通に仕事には出ているのに、宿へ帰らず、普段なら寄るはずのバルのところにも来ていない。それなら確かに、金が一日遅れたというだけではなさそうだった。


「逃げたと思ってんの?」

「二日で逃亡扱いするほど気短くねえよ。単に顔出すのサボってるなら呼んで終わりだ。金がねえなら次を決める。何かあったなら話を聞く」

「要するに、生きて働いてんなら一回顔見せろって?」

「そういうことだ」


 随分乱暴な言い方だが、取り立てに行けとは一度も言わない。

 金貸しとしてどうなのかは知らないが、ばるおとしては妙に納得できた。

 アルが紙を覗き込む。


「ガレンさんが来たくないと言った場合は?」

「無理に連れて来なくていい。理由だけ聞け。今日無理なら、いつ来るか決めさせろ」


 アルは紙へ目を落としたまま頷いた。本人を無理に引っ張ってくることより、連絡を切らさない方が大事らしい。


「金を渡された場合は?」

「受け取るな。話だけ持って帰ってこい」

「そこはきっちりしてんな」


 俺が言うと、バルは煙草の灰を落としながら眉を上げた。


「人に任せた金まで追っかけ始めたら面倒なんだよ」

「そういうもんか」


 金に細かいくせに、誰でもいいから回収してこいとは言わない。その辺りまで含めて、こいつなりの商売の線引きがあるらしい。


「特にお前経由は嫌だ」

「何で俺だけ追加された?」

「何となく」

「喧嘩売ってんな?」


 バルが煙を吐きながら笑った。

 アルはその間に紙を裏返し、書かれた場所を確認している。


「南三番荷役場なら、ここからそれほど遠くありません」

「じゃあ行くか」


 椅子から立ち上がりかけると、バルが紙の端を押さえた。


「ヘイヘイ。まだ場所しか言ってねえぞ」

「あ……」

「相変わらずじゃねえか」

「立っただけだろ」

「そのまま出てく顔してたぞ」


 バルは呆れながら紙を引き戻し、裏へ簡単な道順を書き始めた。


「南三番。運河を二本越えて、二つ目の可動橋の手前を南。ガレンは赤茶の髪で、お前より少し背が低い」


  文字だけでは頭に入りきらず、俺が紙と窓の外を交互に見ていると、横からアルが地図を覗き込んだ。


「これなら迷わないと思います」

「頼む。俺一人なら普通に違う橋を渡る自信がある」

「堂々と言うことではありませんね」


 バルがそこで手を止め、少し意外そうに俺を見た。


「昔は勝手に出て行っちゃ迷ってただろ。見た目は変わらねぇくせに少しは成長したのか」

「そこまで酷かった?」

「人の話半分で『まあ行けば分かるだろ』って消えてたぞ」

「俺の知らない俺の悪評を増やすなよ」

「悪評じゃねえ。事実だ」


 アルが小さく笑いながら紙を受け取った。バルが書いた道順を目で追い、曲がる場所を一つずつ確かめている。


「今は私がいますので、問題ありません」

「お前それ俺が成長したんじゃなくて介護要員増えただけじゃん」

「そこまでは申し上げていません」

「否定もしねえのな」


 紙から顔を上げたアルは何も答えず、そのまま綺麗に折り畳んだ。

 どうやら否定する気は本当にないらしい。

 戦鎚を背負い直していると、奥から店員が帳面を一冊持ってきた。


「バルさん、これ確認お願いします」

「そこ置いとけ。今見る」


 さっきまで俺たち相手に好き勝手喋っていた顔が、そのまま机の上へ向く。店員が開いた頁へ目を走らせ、置かれた帳面と脇の書類を見比べていた。

 俺の知らない十年の間に、こいつにはこいつの仕事ができていた。

 金の話ばかりしていた昔の延長にあるようで、店員から確認を求められ、客ごとの帳簿を持ち、返済が一日遅れただけの男の普段まで覚えている。

 さっきから見ている限り、少なくとも遊び半分でやっている仕事ではなさそうだった。

 俺たちが帰ったあとも、バルはここで同じように帳面を見て、客と話をして、一日を終えるのだろう。


「じゃ、行ってくるわ」


 声を掛けると、バルは帳面から目だけを上げた。


「ああ。見つけても面倒起こすなよ」

「誰に言ってんだ」

「お前に決まってんだろ」

「帰ってきたら工房な」

「働いたらな」


 それだけ言うと、もう視線は帳面へ戻っている。

 十年ぶりの悪友より、今は目の前の仕事らしい。

 最後までそこだけは譲らなかった。


 扉を出ると、運河を行き交う小舟の音と荷を積み替える声が一気に戻ってきた。店の中に残っていた煙草と紙の匂いも、湿った川風にすぐ薄くなる。

 画面越しに金の話ばかりしていた奴が、今は本当に金を貸し、客の装備を預かり、店員の帳面まで見ている。

 改まって昔から今までを聞き出さなくても、あの店へ何度か顔を出せば、そのうち勝手に分かることも増えていきそうだった。


「マスター、こちらです」


 アルが道順の紙を開き、最初の橋がある方へ身体を向ける。


「おう」


 工房を借りるために、金貸しの客を探しに行く。

 まともな取引なのか若干怪しいが、ばるお相手なら、このくらいから始まる方が妙に納得できた。

 俺は戦鎚の位置を肩で一度直し、アルと並んで南三番荷役場へ向かった。


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