↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/25

第017話 黒い鉄の白い筋

 あの四回を最後に、灰森から金属音は聞こえなかった。

 協会側でも見張りを増やし、交代のたびに時刻と森の様子を記録していたという。朝になって確かめても、変わった報告はなかった。

 起きて最初に聞かされたのが「何もなかった」という報告なのは、昨日一日を考えれば悪くない話だった。


 セドたち三人も夜のうちに体調を崩すことはなく、トルの脚もゆうさんが確認した限りでは順調らしい。町から迎えの荷車も来ていたので、帰りはそこへ荷物を載せた。トル以外は、足を休めたい時だけ荷台を使いながら歩く。

 帰りの街道でも、妙なことは起こらなかった。

 来る時に休んだ水場を過ぎると、次第に畑が増えていった。昼を過ぎれば遠くにミュリエの花畑が見え、夕方になる前には町の屋根まで見えるところへ戻っていた。


 町へ入ってからは、俺たちよりセドたちの方が忙しかった。

 入口近くには家族や顔見知りが何人も待っていた。荷車が止まるなりトルの周りへ人が集まり、ミナも名前を呼ばれるたびに足を止めている。

 三人は口々に何か説明しようとしていたが、迎えた人たちはそれどころではないらしい。トルが顔をしかめると、肩へ回された腕が慌てて離れた。

 セドがこちらへ一度頭を下げたので、俺も手だけ上げて返した。

 話は落ち着いてからでいい。俺はアルたちと一緒に、人の輪から離れた。


 ゆうさんの店へ戻ると、表に並んだ鉢植えは出発した時と大して変わっていなかった。

 近所の人が水やりを続けてくれていたらしく、窓辺の葉も萎れていない。わたあめは店の脇を回ると、水桶のそばへ落ち着いた。


「お前も帰ってきた感あるんだな」


 太い背中へ声を掛けても、こっちは見ない。水を飲む方が忙しいらしい。

 アルは荷物を下ろすと、今日中に協会へ出す追加の記録を整理し始めた。ゆうさんは境界花を店の奥へ運び、保存用の容器に移している。

 俺が持ち帰った黒芯鋼だけは、今日は触らないことにした。


 鍛冶場を借りられる相手がいるかゆうさんに聞くと、町の南側に農具や荷車の金具を扱う鍛冶屋があり、店の道具を修理してもらうこともあるという。

 もう夕方だ。今から押しかけるより、鍛冶場は明日に回した方がいい。

 そう決めると、やることが急になくなった。

 風呂へ入り、まともな食事を取って横になったところまでは覚えているが、そのあとは朝まで一度も目が覚めなかった。


 翌朝、町の南側にある鍛冶場へ向かった。

 花畑が途切れ、荷車を置くための広い敷地が増え始める辺りに、石造りの炉と大きな煙突を持つ建物がある。

 店先には修理待ちらしい鍬や鋤が何本も立て掛けられ、片側では荷車の車輪から外した鉄輪が壁へ並んでいた。

 壁際へ戦鎚を置きながら、修理待ちの道具を眺めた。剣より鍬の方が多い。

 畑を耕すにも、荷を運ぶにも、鍛冶屋の仕事が要る。ゲームでは、そういう物を直しに来たことはなかった。

 ゆうさんから紹介された鍛冶屋の主人は、俺の顔より戦鎚を長く見た。

 五十を少し過ぎたくらいの男で、太い前腕には細かな火傷の跡がいくつも残っている。


「炉と金床は貸す。材料も端材なら好きに使っていい。ただし、今預かってる仕事を潰すなよ」

「十分。助かる」

「あと、それを振り回すなら外でやれ」


 顎で示された先には俺の戦鎚がある。


「振り回さねえよ」

「その大きさの物持って来る奴の『振り回さない』は信用してない」


 俺は戦鎚から一歩離れた。炉を壊す客を警戒するのは、鍛冶屋としては正しい。

 作業台を一つ借り、森から持ち帰った破片を布の上へ出した。

 白い筋は、森で見た時から変わっていない。

 まず表面の汚れを落とし、欠けた端を細かな鑢で少しだけ削る。森の中では道具も時間も足りず、黒芯鋼だと判断するところまでしかできなかったが、平らな作業台と明かりがあれば見えるものは増える。

 数回削ったところで手を止めた。

 白い筋は表面だけに付いているわけではなかった。

 外側を一層落としても同じ位置から続いており、断面の奥まで細く入り込んでいる。


「錆ではないんですか?」


 ゆうさんが覗き込んだので、削った面が見えるよう破片を傾けた。


「少なくとも、外から腐って中へ進んだ形には見えない。土や水で表面から傷んだなら、外側が一番ひどくなるはずだろ。こいつは逆に、中へ白い筋が走って、その筋に沿って割れてる」


 アルも作業台の反対側へ回り、直接触れない距離から断面を覗いた。


「長く埋まっていたから、こうなったわけではないのですね」

「今見える範囲ではな。少なくとも『古い金属が土の中で傷んだだけ』って説明は、だいぶ苦しい」


 削った粉を脇へ寄せ、まだ触っていない面と見比べた。どちらにも、同じ白い筋がある。

 今度は熱を入れてみる。

 破片全体を一度に駄目にする必要はないので、白い筋が入った端から小さく切り分け、もう一つは比較用としてそのまま残す。

 炉の中で金属の色が変わっていく。挟む位置を直し、火の強いところから少しずらした。

 初めてこの世界で工具を握った時には、指が選ぶ理由をあとから考えていた。今は金属を見て、動かす位置を決めている。


「手つきは随分慣れてるな」


 鍛冶屋の主人が、別の作業を続けながらこちらへ目を向けた。


「昔やってたらしい」

「らしい?」

「話すと長い」

「なら聞かん」


 ありがたい性格だ。

 十分に熱が入ったところで、小片を炉から出す。

 普通の黒芯鋼なら、この温度で表面の色がほぼ均一に変わり、叩けばわずかに形を変える。

 ところが、白い筋の部分だけは様子が違った。

 火から出した直後には分かりにくかったものが、少し温度を落とすと筋に沿って灰色が強くなり、その境目へ細い亀裂が浮かんでくる。

 金床へ置き、軽い金槌で端を叩いた。

 ほとんど力を入れなかったのに、破片は白い筋を境に割れた。

 硬い物を割ったというより、入っていた切れ目を押し開いたような手応えだった。


「こんなに簡単に割れるものではないのですね」


 アルは割れた二片を見比べながら確認した。


「普通なら、俺が今やった程度じゃ割れない。少なくとも熱を入れて脆くなる材料じゃないし、こんな綺麗に同じところから裂けるなら武器の芯材には使えん」


 残った片方を冷まし、拡大鏡を借りて割れた面を覗く。

 白い部分は表面へ付着した粉ではなく、黒い金属の中そのものが細かな粒へ変わっていた。

 周囲の黒い部分には、俺の知っている黒芯鋼らしい密度が残っている。

 一枚の金属の中で、白い筋の部分だけ別物になっているように見えた。


「何か、心当たりはありませんか」


 ゆうさんも割れた面を見ていた。


「ない。熱だけじゃ、こんなふうにはならないと思う。土や水が染み込んだ形でもないし……魔力の方は、俺じゃ試せないけど」


 作業台へ載せ直していた自分の戦鎚にも目をやった。

 こちらの黒芯鋼には、白い筋はない。

 ゆうさんは少し考えたあと、持ってきていた小さな鞄から細い瓶を一つ出した。


「それなら、少し試してみましょうか。強い魔力は使いません。場所によって反応が違うかを見るだけです」

「破片一個使っていいよ。どうせ今割れたし」


 割れた方の小片を渡すと、ゆうさんは作業台の一角へ小さな陶器皿を置き、その上で透明な液を一滴落とした。

 最初は何も起きなかった。

 もう一滴足すと、黒い部分の表面には薄く青い膜が広がったが、白い筋へ触れたところだけ色が途切れた。

 膜そのものが筋を避けているように見える。


「これ、どういう反応?」

「この液には弱い魔力を含ませてあるんです。普通の黒芯鋼なら、こうして青い色が全体へ広がります」

「白いところは?」

「ここだけ、ほとんど反応がありませんね。魔力を通せなくなっているのか、留めておけないのか……原因までは、まだ分かりません」


 割れた境目を、青い膜も越えない。丈夫で魔力を通しやすいから選ぶ材料が、どちらにも役に立たなくなっている。

 ゆうさんは金属の反応を記録してから、もう一つ小さな包みを出した。

 中に入っていたのは、持ち帰った境界花の根元から落ちた、ごく少量の土だった。


「花の根に付いていた土も持ってきました。こちらにも同じ液を使ってみますね」

「何か分かる?」

「やってみないと何とも。少なくとも、金属の時と違う反応が出るかは見られます」


 別の陶器皿へ土を少し置き、同じ液を落とす。

 今度はすぐに薄い青が広がり、土の粒の一部だけが白っぽく浮いた。

 金属へ走っていた白い筋とは、形も色も少し違う。

 ただ、ゆうさんはその白い粒を見て、もう一度金属片へ視線を戻した。


「この反応は、境界痕の近くの土でも見たことがあります」

「境界花が生えるところ?」

「ええ。こういう土に生えやすいらしいんです。花が土を変えている、ということではないようですよ。詳しい仕組みまでは、僕も知りませんけど」

「じゃあ、あの岩壁の土も、境界痕の近くと似た状態なのか」

「そう考えてもよさそうですね。金属の方は……同じ反応とは言い切れませんけど」


 ゆうさんは二つの皿を並べ、それぞれに別の札を添えた。

 調査に使った道具を片付けてから、戦鎚も見ておくことにした。

 壊れていないことは、森から戻った晩に確かめている。

 知りたいのは、訓練場と灰森の両方で感じた半拍の遅れが、武器側の調整でどこまで変わるのかだった。

 接合部を外し、以前見つけた薄い調整板まで出す。

 鍛冶屋の主人が横を通った時、分解した内部を一度だけ見て足を止めた。


「細かいことしてんな」

「俺がやったらしい」

「また『らしい』か」

「そこは俺も困ってる」


 主人は鼻で一度笑うと、それ以上は覗き込まず自分の仕事へ戻った。

 調整板には、何度も位置を変えた跡が残っている。

 これを詰めていた時、俺はどんな振り方をしていたのだろう。

 見つけた時と同じ位置へ戻して組み直し、鍛冶場の外で何度か素振りをした。

 やはり半拍だけ遅い。

 今度は板を完全に外して同じ動きを試す。

 戦鎚の重心が少し前へ移り、遅れ方そのものも変わった。

 軽くなったわけではない。

 むしろ振り始めは扱いにくい。

 それでも、今まで感じていた「自分が先に行って、戦鎚があとから付いてくる」ような違和感は薄くなった。


「武器が悪かったんですか?」


 店の軒下から見ていたアルへ、俺は首を振った。


「たぶん逆。こいつは、俺が覚えてない頃の俺に合わせてある」


 板を元の位置へ戻しながら、握りの位置と肩の動きを頭の中で比べる。


「今の身体でも振れるし、戦えないわけじゃない。でも、俺が覚えてる振り方と、この重心が少し噛み合ってない。そのズレだと思う」

「直せそうですか?」

「直すだけならできると思う。ただ、今ここで一回振って合わせて終わりにはしたくない。実際に何度か使って、今の俺の癖をもう少し拾ってから詰めた方がいい」


 もう一度、板の位置を確かめて留めた。

 戦鎚を組み直して鍛冶場へ戻ると、ゆうさんは作業台に並んだ境界花の土と黒芯鋼の記録を一枚の紙へまとめていた。


「次に灰森へ入るなら、最初から境界痕を見た方がよさそうだな」


 二人ともすぐには返事をせず、ゆうさんは土の皿へ、アルは地図へ目を向けた。

 先に口を開いたのはゆうさんだった。


「僕も、一度見ておきたいです。あちらの花や土がどうなっているか分かれば、持ち帰ったものと比べられますから」


 アルは地図にある境界痕と、俺たちが森を抜けた地点を見比べていた。


「問題は、辿り着けるかどうかですね。採取路があのままなら、また戻されかねません」

「道を使わない方法は一回成功してる」

「帰る時には、ですね」

「そこなんだよな」


 帰る時はわたあめを頼れた。だが、家と境界痕では向きが違う。


「外から位置を測るしかないか」


 俺が地図へ手を置くと、アルも意図を理解したらしく、入口と南側の作業道を指で押さえた。


「森の外側で基準点を増やしてから入る、ということですか」

「うん。中に入ってからじゃ現在地が分からなくなった。今度は外で何か所か測って、最初に向く方向を決めておこう。途中で曲がったら、それが分かるようにしたい」

「ええ。外からも確かめられる目印を残しましょう」


 ゆうさんも地図へ近づき、普段使われる境界痕までの採取路を指した。


「境界痕の周りには、昔から標石があるんです。僕も見ていますから、着けば分かりますよ」


 ゆうさんが指した位置を、俺も地図で確かめた。


 その日の午後、俺たちは冒険者協会へ行き、黒芯鋼を調べた結果と境界花の土の反応を報告した。

 灰森はすでに採取禁止になっており、協会側でも翌日から外縁の位置確認を始める予定だったらしい。

 境界痕まで入ると言えば、いい顔はされなかった。それでも、森の外に連絡役を残すこと、入口の拠点へその日のうちに戻ることを条件に、調査は認められた。戻らなければ追加の班を入れず、まず町へ連絡する。無事に出られた俺たちまで、また道を見失うかもしれないからだ。

 俺の黒曜札については相変わらず手続き中なので、扱いも昨日までと変わらない。

 経験者らしいのに正式には同行者。

 だいぶ慣れてきた。


 協会を出る頃には、翌朝持ち込む物も大体決まっていた。

 方角と距離を見る長縄に、銀糸と樹脂。鉄杭は長さと刻み方を変え、食料と水も前回より多めに持つ。

 頭の中で鞄へ詰めてみただけで、少し嫌になった。


 店へ戻る途中、アルが背中の戦鎚へ目を向けた。


「結局、調整はしなかったのですね」

「まだな。ずれ方が分かっただけでも、今は十分だ」

「珍しく急ぎませんね」

「お前、森で言ったことまだ引っ張る?」

「先に準備だけ済ませるかと思っていました」

「ちゃんと相談しただろ」

「ええ。今日は安心して見ていられます」


 たぶん面白がっている。

 俺は背中の重さを確かめながら歩いた。

 戦鎚は、持ち込んだ時と同じ状態へ戻してある。半拍の違和感も、次に振ればまだ残っているだろう。

 それでも、何がずれているのかさえ分からなかった時とは違う。

 鞄の重さを肩で直し、二人の後を追った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。