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第015話 道の外へ

 鉄杭へ短い傷を足してから、俺たちは川の曲がり角で一度荷物を下ろした。

 セドたちは川を下っても、森へ入っても、ここへ戻されたという。俺たちも、割れた大岩を過ぎて空地へ向かったはずが、この杭の前にいる。同じ道をまた試す気にはなれなかった。

 俺は手控えを閉じ、わたあめの背中にいるトルへ目を向けた。


「こいつが帰る方角を分かってるって話、まだ生きてる?」


 ゆうさんはわたあめの横へ回り、顔を覗き込んだ。


「帰りたい方角なら、まだ分かると思いますよ。ただ、道案内までは頼めませんけど」

「今欲しいの、それで十分かもしれん」


 入口の標柱へ戻った時も、わたあめは道のない方を向いていた。

 あの時は、まだ三人を捜していた。捜索を後回しにして、地図にもない藪へ入るわけにはいかなかったが、今は全員揃っている。

 道を辿って帰れないなら、道を外れてみるか。


「真っ直ぐ行くつもりですか?」


 アルは森側の低木と、その先の斜面へ目をやった。


「ああ。わたあめに家の方角を見てもらって、アルには音を頼みたい。進めそうか、その都度確かめる。俺も印は残すよ。ぐるっと戻されても気付くように」

「かなり歩きにくくなりますよ」


 セドが周囲の藪を見た。

 灰森は採取地として使われているだけあって、主要な道を外れても完全な原生林というわけではない。ただ、目の前には腰の高さまである低木と、細い枝を何本も伸ばした若木が続いており、トルを乗せたわたあめが楽に通れる幅ではなかった。


「藪を歩く方が、同じとこ回ってるよりはマシだろ」


 セドは藪の奥をもう一度眺め、自分の鉈へ手を置いた。


「それはそうですね。枝を落とすくらいなら手伝えます」


 ゆうさんがわたあめの首元へ触れ、「わたあめ、帰りますよ」と声を掛けると、大きな頭がゆっくり左右へ動いた。

 しばらく周囲の匂いを確かめてから、わたあめは川ではなく森の奥へ鼻先を向ける。

 俺たちがさっきまで帰ろうとしていた方向とは、かなりずれていた。


「ミュリエはあっち?」

「たぶん。家へ帰ろうとしていると思います」


 ゆうさんがそう言うなら、一度頼ってみよう。俺にはもう、地図で現在地を指すこともできない。


「じゃあ試そう。戻されたら、その時に次を考える」

「ずいぶん簡単に言いますね」


 アルはそう口にしながら楽器を構え、わたあめが向いた森の奥へ最初の音を流した。

 低く伸びた音は木々の間で何度か反射し、川沿いへ向けた時より早く戻ってくる。

 すぐ先に大きな空間はなさそうだが、少なくとも岩壁のようなものに塞がれているわけでもないらしい。


 俺は戦鎚を背負い直し、藪の手前へ足を入れた。

 《夜航》で最前線の攻略区域を進むことなら何度もあった。もっとも、あの頃は進んだ先に強敵がいると分かっていて、そのために装備を揃えていた。

 今は怪我人を三人連れ、地図にない森から生きて帰るために藪を分けている。

 攻略って言葉は同じでも、やることはずいぶん違う。


 道を外れてからの移動は、思った通り面倒だった。

 人間だけなら肩を傾けて避けられる枝も、トルを背負ったわたあめには邪魔になる。

 セドとミナが前方の細い枝を必要な分だけ落とし、ゆうさんが毒草や棘の強い植物を避けながら足場を選ぶぶん、俺とアルは少し広く周囲を見ることにした。

 それでも、三人を探していた時ほど頻繁に立ち止まる必要はない。


 わたあめが向きを変えそうになれば一度方角を確かめ、アルの音が大きく偏った時だけ進路を修正する。

 俺たちが通った場所には銀糸と樹脂を残し、切った枝にもあとから見分けやすい形を付ける。鉄杭は特徴のある場所だけに打った。

 帰り道を作るためというより、自分たちが同じ場所へ戻された時に気付くためのものだ。


 しばらく進むと、川の音は背後へ遠ざかっていった。

 その代わり、足元に白い花が増えた。

 最初は岩の脇に一株だけだったものが、十数分歩くうちに木の根元や露出した土の際へ点々と現れるようになり、ゆうさんが一度しゃがみ込んで確かめると、岩壁で採ったものと同じ境界花だという。


「奥へ近づいてるってこと?」

「花だけでは、何とも言えませんね。今は、いつもなら見かけない場所にも生えていますから」


 葉の状態まで確認したゆうさんは、花には触れず立ち上がった。


「さっきの岩壁だけではなかったんですね。ここにも、ずいぶんあります」


 ゆうさんが手控えに位置を書き込む間、俺も白い花を見回した。採取路から外れた先にも、まだ続いている。

 白い花を見かける間隔が短くなった頃、わたあめの歩き方が変わった。

 急に足を止めたわけではない。それまで枝を避けながら一定だった前脚の運びが少しだけ遅くなり、背中にいるトルを揺らさないまま、首だけを左へ向けた。

 すぐ隣を歩いていたゆうさんも変化に気付いたらしく、紐を持った手へわずかに力を入れる。


「何かいる?」

「何か気にしていますね。少し止まりましょう」


 わたあめが見ている先には、細い木が何本も重なっている。

 俺にはまだ何も見えなかったが、しばらくすると葉の擦れる音が聞こえ、そのさらに奥から重いものが地面を踏む感触が伝わってきた。

 音は一つではない。

 アルも同じことへ気付いたらしく、俺たちの後ろにいる三人との間へ少し位置をずらしながら、楽器へ指を置いた。


「右にもいます。少なくとも三つ、こちらへ近づいています。姿までは分かりませんが、足音の間隔は同じではありません」


 囲まれているというより、別々の場所にいたものが同じ一点へ寄ってきているようだった。

 俺は背中から戦鎚を下ろし、柄を両手で握った。身体が半歩前へ出るのに合わせ、振る先へ邪魔な枝がないことを確かめる。


「セドさんとミナはトルの近く。ゆうさんも今はそっち寄りで頼む。アル、後ろ見れる?」

「見ています」


 アルが後ろへ下がるのを横目で見て、俺は左の木立へ向き直った。

 最初に姿を見せたのは、左側の木々の間だった。

 四つ脚で、背丈は俺の腰より少し高い。頭から肩にかけて硬そうな皮膚が盛り上がり、口の横から短い牙が二本伸びている。

 名前は知らない。

 昔のアステリオンに似た見た目の魔物がいた気もするが、今それを思い出す意味はなかった。

 問題は、こいつが一匹ではないことだ。

 少し遅れて正面にも同じような影が見え、その後ろには一回り小さい個体までいる。


「これ、普段から群れる奴?」

「この辺りで、三匹も一緒にいるのは珍しいです。気を付けてください」


 ゆうさんの返事を聞く間にも、左の一匹は俺たちの人数を警戒して止まる様子を見せず、何かに押されるように距離を詰めてきた。

 獲物を見つけて興奮しているというより、こっちへ近づくこと自体を優先しているように見える。


 俺は一歩前へ出て、戦鎚の頭を低く構えた。

 一匹目が走り出した。牙を剥き、低木を踏み倒しながら、トルたちのいる場所へ真っ直ぐ突っ込んでくる。

 あの後ろへ通すわけにはいかない。


 俺は進路を半歩ずらし、突進の正面ではなく肩口へ戦鎚を合わせた。

 柄を握る手に、訓練場で感じた半拍の遅れが戻ってきた。昔の感覚なら、もう鎚頭が届いている。だが、遅いからといって威力まで落としてやる理由はない。

 踏み込んだ足を止めず、振り抜く。

 鎚頭が硬い皮膚を捉えた瞬間、魔物の前脚が地面から浮いた。肩を打ったはずなのに、突進してきた身体ごと横へ弾け、低木を押し潰して太い幹にぶつかる。幹が揺れ、頭上から葉がばらばらと降った。


「うわっ……!」


 背後でミナが声を上げる。

 俺も腕に返ってきた衝撃を確かめながら、もう一匹へ向き直った。


「アル、そっちは!」

「任せてください」


 高い弦の音が森を抜ける。聞き覚えのある旋律――《空白楽章》。アルだけが持つ固有技能だ。

 正面から走ってきた二匹目の足が、不自然に一拍だけもつれた。走るつもりだった動きの、その途中だけが抜け落ちる。昔から何度も合わせてきた、アルの音だ。

 そこへ踏み込んだ。

 下から振り上げた鎚頭が顎を打ち、魔物の頭が跳ね上がる。身体を仰け反らせたところへ、引き戻した戦鎚を今度は横から叩きつけた。

 重い音が続き、魔物は地面を転がって仲間のいる藪へ突っ込んだ。

 思わず口の端が上がった。

 遅れはまだある。だが、一度動きに乗せてしまえば、この身体も戦鎚も、覚えていた通りの重さを返してくる。


「マスター、右です!」


 振り返ると、三匹目は俺の方へ来ていなかった。倒れた二匹を避け、木々の間からトルたちを狙っている。


「そっち行くぞ!」


 俺が声を上げるのと、ゆうさんがトルの前へ踏み出すのがほとんど同時だった。

 けれど、そのさらに前へ白い巨体が滑り込んだ。

 わたあめは背中のトルを揺らさないまま、肩を突き出して突進を受けた。丸太同士を叩き合わせたような音がして、魔物の身体が低木の中へ弾き飛ばされる。

 わたあめは追わない。四本の脚を揃え、トルが背中から落ちていないことを確かめると、何事もなかったようにゆうさんの横へ戻った。


「お前、トル乗せたまま体当たりまでできんのかよ!」

「サクさん、まだ!」


 ゆうさんが戦場へ目を戻した。

 最初の一匹が、木の根元で足を踏ん張っている。立ち上がりはしたものの、打たれた肩を庇い、こちらへ飛び込む勢いはない。二匹目も藪を押し分けて顔を出したが、俺が戦鎚を構え直すと、その場で動きを止めた。


「もう一回来るなら、相手するぞ」


 こちらへ向いた二対の目を見返す。

 一匹目が低く唸り、それきり身を翻した。二匹目も続き、わたあめに弾かれた三匹目まで起き上がると、同じ方向へ逃げていく。


 戦い自体は、数分も掛からなかった。

 追う理由はない。

 アルが周囲へもう一度音を送り、新しく近づいてくるものがないことを確かめるまで待ってから、俺は戦鎚の頭を地面へ下ろした。


 戦鎚を見下ろす。最初の一撃で感じた半拍の遅れは、訓練場で試した時よりもはっきりしていた。それでも、振り切ったあとの手応えには覚えがある。

 昔の俺なら、もっと滑らかに次を繋げられただろう。あの二匹程度を追い払うのに、一撃目から武器の機嫌を気にしているようでは困る。


 今の自分がどこまでやれるのか、少し確かめたくなったところで、後ろからゆうさんに呼ばれた。

 振り返ると、ゆうさんはトルの脚と、わたあめの身体を順番に確認していた。


「どっちも平気?」

「ええ。傷も開いていません。わたあめも、どこも怪我をしていませんよ」

「よくあの勢いで乗ってる方まで無事だな」

「乗っている人は、なるべく揺らさないんです。ぶつかられる方は、たまらないでしょうけど」


 さっき魔物を肩で弾き飛ばした巨体は、俺たちの会話などどうでもよさそうに足元の葉を嗅いでいる。

 トルが落ちていないのをもう一度確かめ、俺は戦鎚を持ち上げた。

 セドは魔物が逃げた方角を見たまま、しばらく口を開かなかった。


「……朔來さん。冒険者って、みんなあんなに強いものなんですか?」

「ん? どういうことだ?」

「あの魔物、一匹でも出くわしたら逃げるしかありませんよ。追いつかれたら、命だって危ない。それを二匹まとめて、あっという間に……」

「三匹で来られたら困るだろうな。今回はアルがいたし、わたあめまで働いたけど」


 セドはまだ納得していない顔で、俺の戦鎚を見ていた。


「セドさん、あれを冒険者の普通だと思わない方がいいですよ」

「……え?」

「普段の言動で忘れそうになりますが、マスターは一応、黒曜札ですから」

「おい。一応ってなんだよ」


 俺の抗議をよそに、セドの顔色が変わった。


「黒曜札……!? 冒険者協会の、最高位の札ですよね?」

「ええ。戦闘の腕前に限れば、その肩書きに偽りはありません」

「限ればって、お前な……」


 アルは涼しい顔で楽器を抱え直した。

 セドは俺とアルを見比べ、それから改めて戦鎚へ目を戻した。


「……じゃあ、黒曜の冒険者は、みんなあんな戦い方を?」

「いや、黒曜だからって皆同じじゃないぞ。俺は一体を相手にするのが得意だったってだけだ」

「得意、で済ませるには少々乱暴ですね」


 アルがさらりと言った。


「昔の《夜航》では、ひときわ手強そうな魔物が現れると、皆まずマスターを見ていましたから」

「おいおい。俺に押しつけてたみたいに言うなよ」

「押しつける必要なんてありませんでしたよ。いつも嬉しそうに前へ出ていらっしゃいましたから」

「……そうだったか?」

「ええ。先ほども、よく似た顔をしていました」


 何か言い返そうとして、やめた。さっき自分でも少し笑ったのを、見られていたらしい。

 セドは《夜航》という名前を小さく繰り返したが、それ以上尋ねなかった。代わりに、逃げた魔物の方へもう一度目をやり、ふと眉を寄せた。


「それにしても妙です。あの手の魔物は灰森にもいますが、これだけ人がいる場所へ三匹揃って寄ってくるのは普通じゃありません。縄張りを追われた個体ならともかく、さっきの三匹にはそんな様子もなかった」


 ゆうさんも同じ方角へ目を向けたあと、俺たちの足元に点々と咲いている白い花を見た。


「花も増えていますし、この辺りも何か変わっているのかもしれませんね」


 セドも首を傾げた。魔物がいた場所にも境界花は咲いているが、目立つのは踏み倒された草と折れた枝ばかりだ。

 俺は、わたあめに弾かれた一匹が突っ込んだ場所へ目を向けた。

 かなりの勢いで身体を押し込んだせいか、根の浅い木が一本傾き、その周囲では土まで大きくめくれている。その崩れた地面の下に、周囲の石とは明らかに違う黒いものが覗いていた。


 近づいて戦鎚の先で柔らかい土だけを避けると、出てきたのは手の幅ほどある金属板だった。

 全体の大部分はまだ地中へ埋まっている。表面は黒いものの、錆びて色が変わったようには見えず、内部から染み出したような白い筋が何本も走っていた。


「それ、さっきの鉄杭と同じ変化ですか?」


 こちらへ寄ろうとしたアルを手で止め、俺は金属板の露出している部分をもう少し確かめた。


「まだ分からん。触らない方がいい」


 露出した端の厚みと、欠けた部分に見える層には覚えがあった。戦鎚の柄先を軽く当ててみれば、硬い金属特有の返り方まで手に伝わってくる。

 俺は鍛冶場で材料を調べる時と同じように何度か角度を変え、最後にもう一度だけ軽く表面を叩いた。


「黒芯鋼だと思う」

「サクさんの戦鎚に使っているのも、それですよね」

「同じ材料。ただ、まともな黒芯鋼ならこんな状態にはならない」


 自分の戦鎚にも黒芯鋼は使われているが、白い筋などできていない。

 熱を入れても、魔力を通しても性質が安定しているから、武器や魔導具の芯に使う。俺の知る黒芯鋼は、こんなふうに内側から崩れる材料ではなかった。


「欠片を採れそうですか。帰ってから調べたいんですが」


 ゆうさんに聞かれ、俺は金属板の周囲を確認した。

 板の先は土に埋まって見えない。何かの設備に繋がっているなら、丸ごと引き抜くのはまずい。

 幸い、露出している端には以前からあったらしい亀裂が入っている。


「割れてる端だけなら取れそうだ。少し離れてて」


 工具袋から細い金属棒を取り出して亀裂へ差し込み、周囲へ余計な力が伝わらない位置を探す。

 馬車の修理でも使った棒だ。亀裂へ掛かる力を指先で確かめ、支える位置を少しずらす。

 今は、手がそう動く理由も分かる。板全体を動かさず、割れかけた端だけを起こせばいい。

 ゆっくり力を掛けると、指二本分ほどの破片が音もなく外れた。

 持ち上げた瞬間、白い筋の入った端だけが細かな粉になり、手袋の上へ落ちた。


「……こんな壊れ方はしねえよ」


 思わず漏れた言葉に、ゆうさんがすぐ布を広げた。

 破片を直接鞄へ入れず、その上へ置いて包んでから容器へ収める。

 地面へ残った金属板については、位置と周囲の特徴を手控えへ記録するだけにした。

 セドの腕はまだ布を巻いたままだし、トルも歩けない。板を調べるのは、全員を外へ連れ出してからだ。


 俺は戦鎚を背負い直した。

 進む方角をもう一度わたあめに確かめてもらい、道のない森の中へ戻る。

 それから一時間ほどは、大きな問題もなく進むことができた。

 時々離れた場所で獣が動く音はしたが、さっきのように複数がこちらへ寄ってくることはなく、岩や木の根元に見えていた白い境界花も次第に数を減らしていった。


 わたあめは同じ向きへ進み続け、川の音も聞こえなくなった。後ろの銀糸が木々に隠れるのを見届けて、俺も前へ向き直る。

 何度目かにアルが楽器を鳴らした時、それまでとは明らかに音の返り方が変わった。

 木々の間へ伸びた音がすぐには戻らず、ずっと前まで抜けていく。

 アルは歩みを止め、同じ方向へ高さの違う音をもう一度送り、返ってくる響きを聞いてから顔を上げた。


「この先はかなり開けています。今までのように木が続いている感じではありません」


 ほぼ同じ頃、わたあめの歩き方にも変化が出ていた。

 家へ着いたわけでもないのに、それまで慎重に選んでいた足場を迷わなくなり、ゆうさんが向きを修正しなくても自分から枝の薄い方へ進んでいく。

 俺たちもその後を追った。


 低木をいくつか抜けた先で頭上の枝が急に減り、木漏れ日だった光がまともに目へ入ってきた。さらに数歩進むと、灰白色の幹そのものが途切れ、その向こうへ低い草地が広がっている。

 森の外だった。

 朝に入った入口とは違い、協会の標柱も休憩所も見当たらない。代わりに草地の少し先を細い作業道が横切り、荷車の轍が二本、土の上へはっきり残っていた。

 後ろでミナが大きく息を吐いた。

 トルもわたあめの背中から草地を見たまま何も言わず、セドだけが一度振り返って、俺たちが抜けてきた藪と外側から見える灰森を交互に確かめている。


「ここなら分かります。薪を運ぶ作業道です。いつもの入口より南へ出ていますね」

「ここからミュリエまで戻れる?」

「この道を行けば街道へ合流します。森へ入り直さなければ迷う場所ではありません」


 俺はやっと戦鎚の帯を緩めた。

 草地へ出ても、またあの曲がり角へ戻るんじゃないかと身構えていたらしい。

 俺たちは森の縁へ、外側からも確認できる形で目印を残した。

 藪を突っ切ってきた以上、次に同じ経路を内側から辿れる保証はないが、作業道から距離と方向を測っておけば、少なくともどこから出てきたかは後で特定できる。


 ゆうさんが鞄を開き、境界花と黒芯鋼の容器が無事なのを確かめている間、俺は森を振り返った。

 外から見る灰森は、昨日ここへ来た時と変わらない。

 灰白色の幹の向こうへ緑の葉が重なり、何も知らなければ、あの中で道が通じなくなっていたことさえ信じられないだろう。

 トルはわたあめに運ばれ、ミナとセドも作業道を歩いている。捜していた三人は、ちゃんと外へ連れ出せた。

 ただ、道を外れたら帰れたというだけでは、三人が知らないまま過ぎた二晩の説明にはならない。

 俺はもう一度だけ、何事もなかったように静まり返る灰森を見た。

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