第9話
エスカマイン王城の、陽光がさんさんと降り注ぐガラス張りの大温室。
いつもなら、来客や使用人の目を恐れて、薄暗い自室のベッドに潜り込んでいるはずのマイヤが、今日は堂々と、家族の輪の中心に座っていた。
「おおおおっ、私の可愛い天使が……っ! あの恐ろしい戦場で、自ら盾となって妹を守るなんて……っ! パパは、パパは感動で前が見えんぞぉぉっ!」
大柄なガフールが、マイヤの小さな両手を握りしめ、滝のように涙を流して号泣している。
普段ならおどおどと逃げ出してしまうマイヤだが、今日は少しだけ困ったように眉を下げながらも、はにかんだような笑みを浮かべていた。
「お父様、苦しいです……。それに、お洋服が鼻水で……」
「あなた。娘が困っているでしょう。離れなさいな」
アマル女王が扇子でピシャリとガフールの背中を叩く。
シュンと肩を落として離れた夫と入れ替わるように、アマルはマイヤの隣にふわりと腰を下ろし、その銀色の髪を愛おしそうに撫でた。
「よく頑張りましたね、マイヤ。あなたの勇気が、この家族を、そしてエスカマインを救ったのです。……さすがは私の誇り高き娘です」
「お母さま……っ」
慈愛に満ちた母の言葉に、マイヤの大きな瞳から、ぽろりと大粒の涙がこぼれ落ちた。
だが、それはランドールで流した恐怖と絶望の涙ではない。心がぽかぽかと温かくなるような、純粋な安堵の涙だ。
「さあ、お姉様。泣いてばかりでは、せっかくの美味しい紅茶が冷めてしまいますわよ」
三女のルーベルが、呆れたような、けれどどこまでも優しい微笑みを浮かべながら、湯気を立てるティーカップをマイヤの前にそっと置く。
「ルーベル……ありがとう。ふふっ、なんだか、夢みたい」
マイヤは両手でカップを包み込み、その温もりに目を細めた。
「私、ずっと……自分はダメな人間だって、思ってたの」
ぽつり、ぽつりと。
マイヤが、自らの言葉で語り始める。
「声も出せなくて、いつもビクビクしてて。ランドールでも、何も言えずに笑われて……みんなの足手まといにしかならないって。でも……」
マイヤは顔を上げ、正面に座るサーニャを真っ直ぐに見つめた。
その頬はほんのりと桜色に染まり、涙に濡れた瞳は、今までにないほど強い光を宿している。
「あの時。真っ黒な魔法が、サーニャに向かっていくのを見た時……頭より先に、体が動いてたの。絶対に、私の可愛いサーニャに触れさせないって」
マイヤは立ち上がり、ゆっくりとサーニャの元へ歩み寄った。
「私……少しだけ、頑張れたよ。サーニャのお姉ちゃん、できたよ」
その瞬間。サーニャの限界は、完全に突破した。
「お姉さまぁぁぁぁぁっ!!」
ガタンッ! と椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がったサーニャは、マイヤに勢いよく飛びつき、その華奢な身体をぎゅうぎゅうと抱きしめた。
「少しだけ、なんてとんでもない! 世界で一番! 宇宙で一番! かっこよくて、最高に可愛かったです! ああもう、私のお姉さまはなんて尊いのでしょう! これからも一生、私がお姉さまをお守りしますからね!」
「ふふっ、サーニャったら、苦しいよぉ……」
頬をすりすりしてくる妹の頭を、マイヤは優しく、本当に愛おしそうに撫で返す。
「氷の悪役令嬢」と呼ばれ、怯えきっていた哀れな少女はもうどこにもいない。
家族の深い愛情と、自ら踏み出した一歩の勇気が、彼女の心を縛っていた冷たい呪いを完全に溶かし去ったのだ。
温かな陽だまりの中、姉妹のキャッキャとじゃれ合う笑い声が響き渡る。
それを見守る両親と妹の顔にも、優しく穏やかな笑顔が浮かんでいた。
ここは、世界で一番温かくて、安全な場所。
エスカマイン王家を包む多幸感は、満開の花のように美しく咲き誇っていた。










