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かわいいお姉さまを泣かせた王子に聖女の鉄槌を  作者: あとりえむ


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第10話

「んーっ! 今日も風が気持ちいいわね!」


エスカマイン王城の中庭。

色とりどりの花が咲き誇るガゼボの柱に背を預け、サーニャは両手を大きく空へ向かって伸ばした。



あの星降る戦場から、数週間。

エスカマインには、何事もなかったかのように穏やかな日常が戻ってきていた。

『うっかり』お城の半分を失い、さらにエスカマインの恐るべき武力と魔力を思い知らされたランドール王国は、多額の賠償金と共に完全降伏。オスマン王は退位し、オーデルは王位継承権を剥奪されて極寒の国境警備へと左遷されたらしい。


(まあ、お姉さまの心に付けた傷に比べれば、安すぎる代償だけどね!)


ふんっ、とサーニャが鼻息を荒くした、その時だった。


「──そんな怖い顔をしないで。せっかくの可愛い顔が台無しだよ、僕のお姫様?」


背後から、春の風よりも甘く、心地よい香りがサーニャを包み込んだ。

気づけば、ガゼボの柱と、しなやかな長い腕の間に、すっぽりと閉じ込められている。


「ユ、ユーリ……?」


至近距離から覗き込んでくる、月光のようなプラチナブロンドの髪と、深い知性を宿した青い瞳。

ハイドロアース魔導都市国家の若き議長、ユーリ・エルドランド。

天才的な頭脳を持つ彼は、いつもの余裕たっぷりの微笑みを浮かべ、長いまつ毛を伏せてサーニャを見つめていた。


「もう……いきなり空間転移で現れないでって言ってるでしょ。心臓に悪いわ」

「君が僕からの通信魔法をずっと無視するからだろう? あの『うっかり隕石』の事後処理で、僕がどれだけ書類の山と格闘したか……徹夜続きで、倒れるかと思ったよ」


ユーリの吐息が、サーニャの耳元をくすぐる。

甘えるような、それでいて逃げ道を完全に塞ぐような、計算し尽くされた極上の包囲網。

彼の体温が直に伝わってくるほどの距離に、さすがのサーニャもドクン、と心臓の音を跳ねさせた。


(うっ……相変わらず、顔面偏差値がカンストしてるわね……)


悔しいけれど、彼が超絶的な美形であることは認めざるを得ない。

命がけで駆けつけてくれて、自分の無茶な魔力を限界までコントロールしてくれた。ユーリがいなければ、あの戦いはもっと厳しいものになっていたはずだ。


「えっと……その節は、本当にありがとうございました。おかげで、お姉さまも無事だったし」

「言葉だけの感謝で済ませるつもりかい?」


ユーリの長い指先が、サーニャの頬にかかる銀糸の髪をそっと掬い上げ、唇に寄せる。

髪に落とされただけのキスなのに、足の先から頭のてっぺんまで、甘い痺れが駆け抜けた。


「君の国も、君の愛する家族も守ってみせた。そろそろ……僕へのご褒美をくれてもいいんじゃないかな。君のその瞳に、少しは僕を映してほしい」


真剣な、色気を帯びた熱い声。

吸い込まれそうな青い瞳に見つめられ、サーニャの頬がカァッと熱を帯びる。

普段はどれだけ彼をスルーしても、ここまで真っ直ぐにぶつかられれば、さすがに胸が……。



「サーニャー! お茶の準備ができたよー! 一緒にクッキー食べよー!」


ガゼボから少し離れたテラス。

そこには、純白のワンピースに身を包み、花のような満面の笑みで両手を振っている、愛しのマイヤの姿があった。


その瞬間。

サーニャの脳内で鳴りかけていたロマンチックな鐘の音は、特大の銅鑼の音によって跡形もなく粉砕された。


「お姉さまぁっ!! 今行きますぅぅぅっ!!」


バシュッ!!

サーニャは、自分を閉じ込めていたユーリの腕の下を、野生動物のような超反応でくぐり抜け、猛ダッシュでテラスへと駆け出していった。


「見てユーリ! 今日のお姉さまも天使よ! 私、お姉さまの淹れた紅茶を飲むという重大な使命があるから、ごめんね! じゃあね!」


振り返りざまに満面の笑みで言い放ち、サーニャはマイヤの元へ一直線にダイブしていく。

「わわっ、サーニャ、転ぶよ?」と笑いながら受け止めるマイヤと、「だってお姉さまが可愛すぎるから!」と頬ずりするサーニャ。


ガゼボに、ポツンと取り残されたユーリ。


腕を柱についたままの姿勢で、彼はしばし虚空を見つめ──やがて、肩を揺らして吹き出した。


「……ははっ、あははははっ!」


爽やかな笑い声が、風に乗って空へ溶けていく。

自分の極上の口説き文句すら、姉の一声で瞬時にかき消されてしまう。本当に、どこまでもブレない、最強で最凶の少女だ。


「……まったく、本当に敵わないな」


ユーリは姿勢を戻し、テラスでキャッキャとじゃれ合う美しい姉妹の姿に、目を細めた。

呆れ果ててはいる。けれど、その青い瞳に浮かんでいるのは、どうしようもないほどの熱烈な愛情だった。


「でも、そういう君だから……僕はこんなにも惹かれるんだ」


天才魔導師が、愛しいお姫様をその腕に閉じ込める日は、まだまだ先になりそうだ。


澄み渡る青空の下、エスカマイン王家には今日も、世界で一番温かくて賑やかな笑い声が響き渡っている。

星を降らせた聖女の鉄槌は、こうして最高のハッピーエンドを迎え、ひとまずの幕を下ろしたのだった。

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