第8話
ピカッ
遠く離れた地平線の彼方──ランドール王国の王都がある方角で、二つ目の太陽が昇ったかのような、暴力的なまでの閃光が弾けた。
数秒の静寂。
それに遅れて、大地を根底から揺るがすような、ズズズズズッという重低音が戦場にまで響き渡った。
「あー……。サーニャお姉さま、お見事ですわ。ランドール王城のシンボルである大尖塔が、根本から綺麗さっぱり、塵一つ残さず消し飛びましたわね」
崖の上で遠眼鏡を覗き込んでいたルーベルが、レンズを拭きながら酷薄な、しかしどこか呆れたような声で呟く。
「フッ、やりおる。さすがは私の娘だ!」
「あなた。娘が他国の王城に隕石を落としたのですよ。少しは頭を抱えるフリくらいなさいな」
前線では、ガフールが豪快に大笑いし、アマル女王が口元を隠しながらも「まあ、あの城は少し趣味が悪かったですしね」と優雅に微笑んでいる。
エスカマインの陣営に漂うのは、「あーあ、やっちゃった」という、生ぬるくも微妙な空気だった。
しかし、その空気を真っ向から浴びせられたランドール軍にとっては、この光景は『世界の終わり』以外の何物でもなかった。
「あ、あ、そんな……っ」
谷底の泥水の中。
這いつくばっていたオーデルの口からは情けない声が漏れた。
彼の手から、勇者の秘宝の禍々しい宝玉が、ポロリと泥の中へ転がり落ちる。
視線の先、地平線の彼方で燃え上がる赤い空。
先程まで自分がふんぞり返るはずだった、絶対的な権力の象徴たる王城の一部が、たった一人の少女の『うっかり』で、文字通り見る影もなく消し飛んだのだ。
「ひぃっ……! ば、化物だ……っ! あんなもの、勝てるわけがない……っ!」
ガチガチと歯の根が合わない。
勇者の末裔としての誇り? 次期国王としての威厳?
そんな安っぽいメッキは、圧倒的すぎる『天災』を前に、跡形もなく消し飛んでいた。
今まで彼が信じていた武力も、権力も、すべてが児戯に等しい。
目の前にいる、姉を抱きしめてキャッキャと笑っている可憐な少女がその気になれば、自分など虫けらのように踏み潰される。いや、国ごとこの世から削り取られるのだ。
「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!! ゆる、許してくれぇっ! 俺が悪かった! 命だけは、命だけは助けてくれぇぇっ!!」
オーデルは完全に理性を失い、泥まみれになりながら、両手を合わせて地面に額を擦り付けた。
無様に鼻水を垂らし、涙で顔をぐしゃぐしゃにしての、完全なる命乞い。
彼の周囲にいたランドール軍の兵士たちも、武器を投げ捨て、次々とその場にひれ伏して震え上がっていく。
完全なる、戦意喪失。
エスカマイン王国の、圧倒的な完全勝利が確定した瞬間だった。
「あれれ? なんかみんな、いきなり土下座し始めちゃった」
気絶したマイヤを抱きかかえながら、サーニャはキョトンと首を傾げた。
「君が隕石なんて落とすからだよ! ああもう、後始末の書類仕事がどれだけ増えるか……っ」
「えー? でもユーリ、見てよ。オーデル王子、あんなに泥だらけで泣いてるわ。お姉さまを笑った慰謝料としては、ちょうどいいくらいじゃない?」
サーニャは全く悪びれる様子もなく、ふんわりと可憐に微笑んだ。
「お姉さまが無事で、悪い奴らが泣いて謝ってる。うん、完璧なハッピーエンドね! まぁ、お城がちょっと壊れちゃったのは『うっかり』ってことで、まあいっか!」
「……いっか、で済む話じゃないんだけどね」
ユーリは深々とため息をつきながらも、降伏の白旗を振る敵軍と、愛しい姉の寝顔に頬ずりする規格外の少女を交互に見比べた。
「ははっ……本当に、君というお姫様には敵わない」
絶望の淵に沈む愚かな王子と、ただ姉の無事だけを喜ぶ最凶の聖女。
星降る戦場は、こうして拍子抜けするほどあっけなく、そして完全な形で幕を下ろしたのだった。










