第7話
ギュウギュウと顔を擦り付けるサーニャの背後で、ユーリが構築していた巨大な青白い『魔力増幅陣』が、突如としてけたたましい明滅を始めた。
サーニャの瞳の中で、先程までの冷たい怒りとは次元の違う、星の海すら灼き尽くすような『極大の殺意』が臨界点を突破した。
マイヤが放った聖女の魔力の残滓。
ユーリが組み上げた、ミリ単位の精密な超高度増幅術式。
そして、愛と多幸感と、ほんの少しの「お姉さまを怖がらせた奴らはやっぱり絶対に許さない」という殺意が混ざり合った、サーニャの規格外の魔力。
それらが陣の中で複雑に絡み合い、ユーリの計算を遥かに超えた『未知の魔法式』へと、凄まじい速度で書き換えられていく。
「な……っ!? サーニャ、ストップ! 魔力の供給を止めろ!!」
背後から響いたユーリの悲鳴のような声に、サーニャはキョトンと首を傾げた。
「え? なんで? お姉さまがこんなに頑張ってくれたんだもの。勝利の祝砲として、とびっきり大きくて綺麗な『威嚇の花火』を打ち上げてあげようと思って!」
「違う、陣の術式が完全にバグってる! 君のその重すぎる感情が、魔法陣の定義そのものを書き換えて──っ!」
ユーリが顔面蒼白で叫んだ、次の瞬間。
ゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォッ!!!
空が、割れた。
比喩ではない。
厚く垂れ込めていた雲が、巨大なすり鉢状に渦を巻いて吹き飛び、その中心から、世界を真っ赤に染め上げる『太陽』が顔を出したのだ。
「えっ……?」
サーニャは目をパチクリと瞬かせた。
花火にしては、ちょっとおかしい。
空気がジリジリと焼け焦げる匂い。鼓膜を破らんばかりの地鳴り。
見上げれば、大気圏との摩擦で真っ赤に燃え盛る、山のように巨大な『本物の隕石』が、空の彼方からゆっくりと、しかし確かな質量を伴って降ってきているではないか。
戦場の全員が、敵も味方も関係なく、あんぐりと口を開けて空を見上げた。
マイヤに至っては、あまりの出来事に完全にフリーズし、サーニャの腕の中で白目を剥いて気絶しかけている。
「あ、あれ……? 私、あんなの呼んでないわよ!?」
サーニャはパニックになり、ブンブンと手を振った。
「おっかしいなぁ! 綺麗なピンク色の星がパァンッて弾ける魔法をイメージしたのに!」
「パァンッ、じゃない!! 君の『お姉様を傷つけた根源を絶つ』という無意識の殺意が、星の引力すら歪めたんだ!!」
普段は余裕たっぷりで、甘い言葉ばかり囁く天才魔導師ユーリ・エルドランド。
その彼が、今は髪を振り乱し、頭を抱えて半狂乱になっている。
「ああもう! 術式のキャンセルが間に合わない! 落ちるぞ!」
ユーリの絶叫を置き去りにするように、巨大な隕石はエスカマインの国境を通り越し、遥か彼方──ランドール王国の王都の方角へ向かって、一直線に飛んでいく。
隕石が通り過ぎた後の空には、真っ赤な炎の尾だけが鮮やかに焼き付いていた。
「あーあ……飛んでっちゃった」
サーニャは、ぽかんと口を開けたまま、遠ざかる隕石の軌跡を見送った。
狙ったわけではない。
ただ、純粋な姉への愛と、ちょっぴりの怒りが生み出した、完全なるうっかり事故である。
「……君の愛は、本当に規格外すぎる……っ」
ユーリはその場にガクリと膝をつき、真っ白に燃え尽きたように天を仰いだ。
「ふふっ、でもまあ、いっか! お姉さまが無事ならそれで!」
「……よくない。絶対によくないよ、サーニャ……」
気絶したマイヤを抱きかかえながら、「てへっ」と無邪気に笑う最凶のシスコン聖女。
その背後で、ランドール王都の方角から、世界が終わるようなすさまじい閃光が遅れてピカッと光ったのを、ユーリだけが絶望的な顔で見つめていた。










