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かわいいお姉さまを泣かせた王子に聖女の鉄槌を  作者: あとりえむ


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第5話

「ええいっ! 役立たずどもめ! たかが二人相手に、先陣が半壊させられただと!?」


戦場の後方、安全な本陣から戦況を見つめていたランドール王国第一王子オーデルは、ギリッと歯ぎしりをして手綱を強く握りしめた。

美しい金髪は苛立ちによる脂汗で額に張り付き、整った顔は屈辱と焦燥で醜く歪んでいる。


「何が『エスカマインの鬼神』だ! ただの大剣を振り回す野蛮な老いぼれではないか! ええい、退くな! 勇者の末裔たるこの俺の軍が、あんな弱小国に後れを取るなど許されるはずがない!」


怒鳴り散らすオーデルだが、最前線で暴れ回るガフールの姿に、側近たちは完全に怯えきって一歩も動けない。

己の思い通りに動かない戦況に、オーデルのプライドはズタズタに引き裂かれそうだった。

この機に父上の悲願でもあるエスカマインの国土を蹂躙し、己の武功として華々しく凱旋するはずだったのだ。


「……ん? 待て。見ろ、あそこを!」


焦りで血走ったオーデルの目が、戦場の右翼を捉えた。

ガフールが中央で暴れ回っているせいで、エスカマイン軍の陣形が大きく右に偏り、側面ががら空きになっているではないか。


「ハッ! やはり所詮は弱小国の烏合の衆! 目の前の敵に気を取られ、横腹を完全に晒しているぞ! 中央は囮にして、俺の直属の騎兵隊で側面から一気に本陣を突く! 続け!」


オーデルは腰に差した豪奢な宝剣を抜き放ち、馬の腹を蹴った。

自らの手でエスカマインを陥落させるという甘い功名心に憑りつかれ、彼は意気揚々とがら空きの側面のすり鉢状の谷間へと突撃していく。


「馬鹿め! 勝利はこの俺の……っ!?」


谷間の底へ到達した瞬間、オーデルは自身の目を疑った。

がら空きだと思っていた前方の景色が、陽炎のようにゆらりと歪んで消滅したのだ。


代わりに現れたのは、巨大な岩壁のように立ち塞がる、エスカマインが誇る精鋭魔導部隊。

そして、足元の地面から一斉に青白い光が立ち上る。彼らが踏み込んだ谷の底には、数万もの複雑な魔法陣が、蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。


「な……幻影魔法!? 罠か!!」


馬の嘶きと、兵士たちのパニックに陥った悲鳴が響き渡る。




「ええ。あなたのような、己の血筋と力しか誇るものがない単細胞の獣には、お誂え向きの罠でしょう?」


パニックに陥るランドール軍を、はるか上方の崖上から見下ろす一つの影。

エスカマイン王家三女、ルーベル。

彼女は冷たい風に銀髪をなびかせながら、手にした遠眼鏡のピントをゆっくりと合わせた。


レンズの先には、罠にかかり、泥に塗れて落馬するオーデルの無様な姿がはっきりと映っている。

それを見つめるルーベルの知的な眼鏡の奥の瞳には、嘲笑が張り付いていた。


「……ガラス細工のように繊細なお姉様を、あのような薄汚い豚が傷つけた。その事実だけで、私は今すぐあなたを八つ裂きにしたいほど怒り狂っているのですけれど」


すぅっと、ルーベルが白魚のような細い指を高く天に掲げる。

その静かな動作一つで、谷を包囲する魔導部隊が一斉に魔力を練り上げ、空気が重く軋みを上げた。


「無慈悲に殺してしまっては、面白くありませんわ。お姉様がどれほどの恐怖と絶望を味わったか。その何百倍もの屈辱を、あなたのその空っぽの頭に、ゆっくりと、丁寧に、刻み込んで差し上げます」


振り下ろされた指を合図に、谷底の魔法陣が一斉に起動する。

重力拘束グラビティ・ホールド』──致死性はないが、全身に何十倍もの重力がのしかかる凶悪な制圧魔法。


「ぐ、がぁぁぁっ!?」


オーデルは立ち上がるどころか、顔を泥水に擦り付けたまま、指一本動かすことができなくなった。

豪華な鎧がひしゃげ、彼の自慢の金髪が泥と吐瀉物にまみれていく。

圧倒的な暴力の前にひれ伏すしかない、惨めで滑稽な姿。


「……フフッ」


崖の上で、ルーベルは小さく、しかし酷薄な笑い声を漏らした。

遠眼鏡越しに、這いつくばるオーデルと視線を一方的に合わせ、彼女は冷たい声で宣告する。


「その程度の頭で、よくもまあマイヤお姉様に釣り合うなどと思い上がれたものですわね。……滑稽すぎて、あくびが出ますわ」


もはや戦いなどではない。

それは、エスカマインの頭脳たる三女による、オーデル・ランドールという男のプライドの、完全なる解体作業だった。

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