結.めんどくさがりの賢女王
最後はシンプルに、タイトルがサブタイトル
アルテリア王国の玉座に座るセレスティアは、女王となった今も、外見にはまったく無頓着だった。
戴冠式の日、重すぎると言って伝統の王冠を拒み、代わりに軽やかな銀のティアラを選んだのは、彼女の「怠惰」な性分――正確には、最小の労力で最大の効果を求める合理主義――を如実に物語っていた。
「はあ、面倒だわ……」
玉座の上で、今日もいつもの台詞を呟くアリスティア。
しかし、その口から出るいつもの台詞は、冗長な儀式の廃止であり、非効率な法律の改正であり、国民の生活を直接改善する政策へと、確実に変換されていった。彼女が「面倒だから」と整備した行政システムは驚くほど効率的になり、「面倒だから」と簡素化した税制は民衆の負担を減らした。「面倒な戦争は御免だ」と強化した国防と外交は、平和を盤石なものにした。
それらの行動原理が全て「自分にとっての面倒を減らすため」であっても、国民からみたら「善政」に他ならなかった。
やがて、国民と世間はこの風変わりな女王を、親しみと敬意を込めてこう呼ぶようになった。
『めんどくさがりの賢女王』
―——
執務室に籠って書類の山を裁いてるセレスティアに一人の侍従が入ってきた。
「陛下、そろそろ会議の時間ですが……」
「それは私が出席しなくても問題ないだろうから、欠席するわ。それより、今はこの執務室で山となってる陳情書や報告書を片付ける方がよっぽど重要よ……あー本当にめんどくさい」
侍従は何も言わず、一礼した後に会議室へと向かった。
侍従はもちろん、会議に参加してる面々も女王の性根は理解している。女王が欠席しても、事前に指示された議題と方針に沿って、問題なく会議は進行したそうだ。
その一方、セレスティアはひたすらに執務室の机に積みあがっている書類の山を次々と処理し、夕方にはほぼ全てを片付けた。前王なら二日はかかった処理を半日で終わらせたのだ。それだけ、彼女の処理速度は驚異的なのである。
「ふぅぅ……ようやく終ったわ~」
休憩がてらに夕日が差し込むバルコニーへと歩み寄る。そこから見下ろす王国の街並みは、穏やかな黄昏に包まれていた。
今の時間帯は、人々が今日の仕事を終えて帰路に着くところだろう。
市場で買い物を済ませた主婦、今日の収入に満足そうな商人の笑顔、遊び疲れて母親に手を引かれる子供――当たり前でもかけがえのない一日を終える者たちを想像し、ごく僅かではあるが、満足げに――それでもやはり、どこか面倒くさそうに――微笑んだのであった。
「これでまた、明日も平和で面倒のない一日が来るわね。そして……」
彼女は先ほどから背中に冷たい視線を浴びせている側近の方に振り向く。彼女は『まだ仕事は残ってますよ』っとばかりに無言のプレッシャーを与えていた。
「ねぇ……ずっと独身でいるのは駄目かな?」
「駄目に決まってるでしょう。早く婚約者を決めてください」
「ですよねー」
セレスティアは執務室の机にまだ残っている書類の山。自身の縁談の書類の山をみてため息をつく。
ある人は言った。結婚は人生の墓場である。
それすなわち、結婚はとんでもない面倒ごとの塊であり、なんとしても避けたいが……
女王という立場上、避けて通れるわけがない。
「めんどくさいけど……もう覚悟決めるしかないわ」
セレスティアはしぶしぶながらも縁談の書類の山から数枚取る。
顔や肩書などは二の次。誰が一番めんどくさくない相手かっという基準で選びはじめた。
「貴族の長男は家督争いが面倒……次男も権力争いに関わる可能性が……三男で実権のない家柄か。でもそれだと周囲が政治的な駆け引きを始めそうで余計面倒。外国の王族は外交問題が……国内の大商人は金銭トラブルが……」
三日かけて数百件の縁談書類を眺めた末、彼女が選んだのは、冗談半分というか、ヴァルハリア帝国の帝都で一部の者から有名な遊び人のフールに持ちかけられて仕方なく駄目元で送られた帝国の弱小男爵家の三男坊の吟遊詩人だった。
名前はロラン。財産も権力もほとんどなく、宮廷のしきたりにも疎いが、世界各国を旅して歌を詠み、人々の話を聞いて回る自由人だった。
「彼なら、政治に口出しもしなさそうだし、面倒な派閥争いにも加わらないわ。何より、宮廷に常駐しないだろうから、私の執務の邪魔にならない」
意外過ぎる選考に、縁談を出した当人のロランが一番驚いた。彼は「女王様の目が節穴だったに違いない」と本気で疑ったそうだ。でも、王都内で拾い集めた噂話は「これもめんどくさがりの賢女王らしい選考」と笑い、中には「女王の判断は常に的を射ている」と褒めたたえる者さえ居た。
ロランとの初めての面会で、セレスティアはこう告げた。
「私と結婚しても、基本的に自由でいてもいいわよ。宮廷行事に出るのが面倒なら出なくていいし、私の執務室で仕事を手伝う必要もない。世界を旅するためのお金が必要だっていうなら用立てしてあげる。ただし、外に出たら王配としての権力を振るわないこと。そして、子供ができた時は適度に関わる事。それが、私の出す結婚条件よ」
ロランは目を丸くした後、にっこりと笑った。
「それは願ったり叶ったりです。私も権力とは無縁の立場で自由に旅を続けたいですから。身分を隠して各地を放浪し、冬には宮廷に戻ってきて、家族サービスをすることくらいならお安いご用です。ですが……私の旅の資金は両親や跡取りの嫡男に渡してください。放浪息子のせいで、いろいろ心配させてしまいましたから」
自分より両親と家を優先するロランに、セレスティアは無碍とする事なく、男爵家に少しだけの恩恵を与えた。
もちろん、息子が王配となったからって調子乗り過ぎるなっと釘を刺す事も忘れない。
そんな、いきなり息子が王配となった男爵家だが、当主夫妻や嫡男は元々権力を得るよりも静かに暮らしたい穏健派だった。女王からの恩恵や女王の親族の肩書をひけらすことなく、今まで通りの権力争いから距離を置いた、弱小男爵家に見合った質素な暮らしを続けたそうだ。
以後、男爵家と女王セレスティアの関係は権力を一切排除した親族としての距離感で交流を重ねていくのであった。
―——
翌年には結婚式が行われた。式典もセレスティアらしく簡素なものだったが、余った予算はこの1年の結婚式をあげるカップルへ向けた寄付金にすると発表。その恩恵を授かるために結婚へと踏み切る者が続出。
これは、近年の王国での出産率を上げる少子化対策の一手であり、解決策も『めんどくさがりの賢女王』らしいものだった。
その翌年には王子が誕生。
当初は、その子育てを乳母に任せっきりと思いきや、彼女は子供と接する時間を積極的に作っていた。
「面倒でも、息子に母親としての絆を作っておかないと、後々面倒になるものね」
そう言いつつも、生まれた我が子を愛おしく抱き上げる姿は、打算など全くない母親そのものだった。
ロランは約束通り、旅をするには困難な冬の時期だけ宮廷に戻った。
昼は息子と戯れるほか、妻には旅で得た噂話や言い伝えだけでなく、各地の情勢も語った。特に彼の語る情勢は重要度の関係で人材を送り込み辛い各国の辺境の田舎の情勢を事細かく拾いあげてくれている事もあってか、諜報部隊を束ねる長や商業ギルドにとっては重宝していたようだ。
また、各地で細々と伝えられている詩や踊りを実際に見聞きした事で得た幅広い芸風から、王都の楽団や一座のゲストや特別講師として呼ばれる事も多かったそうだ。
そんな彼が出演する劇団や一座の講演は、セレスティアがお忍びでこっそり訪れる事も多々あったらしい。
夜になったら寝床に入る妻と息子が安らかに眠れるような子守歌を披露し、二人が寝入ってから自分も就寝する。それが彼の宮廷での日課であった。
王子はそんな普通とは程遠い両親からの愛情と良き部分を受け継いで育っていった。
―——
セレスティアは今日も執務室にこもる。伴侶ができ、子供ができても、「めんどくさい」の口癖は変わることなく、各書類の山をテキパキと処理していくのであった。
窓の外からは、ロランの竪琴の音色とよく通る声が風に流れて聞こえてきた。
彼はあの愚かな元王太子を題材にした『倍返しざまぁ劇』を子供達にも理解できるように面白おかしくアレンジを加えながら語っている最中であり、所々で息子とその同年代の子供達が笑い声をあげる。
セレスティアは一瞬手を止め、耳を傾ける。
「……兄上も、最期には良い仕事をしてくれたと思うべきよね」
かつての幼い頃……丁度息子と同じ年頃の、まだなんの蟠りのなかった仲の良い兄妹時代の事を思い出しながらも、すぐ現実の書類に目を戻した。彼女の机の上には、新たな行政改革の案、国民からの感謝の手紙、次期プロジェクトの計画書が山積みになっていた。面倒でも早く適切に終わらせなければ、息子と戯れる時間が取れなくなるからっと、一切の手を抜く事なく処理を再開する。
めんどくさがりの賢女王の日常は、今日も変わらず続いていくのであった。彼女の『めんどくさがり』という性根が、また明日のアルテリア王国を、より効率的で暮らしやすい国に変えていくのだから。
終わり?
そして、最後にざまぁな要素を絡めて〆




