承.醜く怠惰な王女は明日から本気を出す
明日から本気出す byネ刀雪
他にも該当いるというか、イメージと違うけど、個人的にこの台詞といえばあの蓬莱ニートもどきなので(笑)
三日後、辺境の視察中に急遽呼び戻された王女セレスティアは、まだ旅装のまま玉座の間に召し出された。彼女の顔には「いったいまた何の面倒ごとが…」という、心底うんざりしたような表情が浮かんでいた。
玉座の老王は、重苦しい沈黙を破って口を開いた。
「王太子レオンハルトが、エレオノーラと婚約破棄した上で国外に追放しおった。そのせいで、一部の貴族たちの不満が頂点に達している。さらに、新たな婚約者とした平民マリアとの関係も、宮廷内に醜聞を巻き起こしている。
お前には、レオンハルトをフォローし、この件に関する後始末をしてもらいたい。かつて、エレオノーラがやっていたように」
「お断りします。あの兄上の尻拭いなど、どれだけ面倒ごとが降りかかってくるか、想像に難くありません。私はそんな役目、背負いたくありません」
セレスティアは、即座に、きっぱりと断った。
だが、老王は、王国の慣例と長子相続の大義を振りかざし、彼女の反論に耳を貸さなかった。
「これは王国のためであり、王族としての義務でもある!わがままは認めん!!」
老王の判断に、セレスティアは、深い、深い、ため息をついた。彼女は頭の中で、これからの展開を予想する。
(兄上のフォロー……それはつまり、アレの無数の失敗を無限に処理し続けることを意味する。最も面倒で、最も非効率な人生の始まり。私の一生は、アレの失態の掃除役として費やされる。なら、もっとも最適な改善策は……)
一瞬の沈黙の後、彼女は俯き、諦めたように呟いた。
「……わかりました。兄上のフォローと尻拭いを引き受けましょう」
老王は安堵の息をつき、わずかに肩の力を抜いた。めんどくさがりの娘が、王国のために我を捨ててくれたのだと思っていた。
だが、現実は全くの逆だった。セレスティアは我をこれっぽっちも捨てていなかった。それどころか、彼女は我を貫くため、ある決断を下したのだ。
(面倒ごとを根本からなくす最善の手段――それは、面倒の根源である兄上と、それを放置する父上が政治に関われない立場へと追いやる。つまり……私自身が王になればいい)
それは至極単純ながらも、真理といえる決断であった。
―——
翌日、セレスティアは表面上だと、レオンハルトの失態の後始末に奔走する疲れた妹として振る舞い、その裏では自身が王座に就くための策略を練っていた。
その第一手は、王太子の新たな婚約者となったマリアをどう扱うかだ。彼女はこの騒動のきっかけであり、彼女がこの一件をどう思っているかで今後の方針が変わる。
だから、セレスティアはまず彼女の情報を集めた。
情報はすぐに集まった。
マリアは平民出身の美貌の女性であり、これといった裏の事情は皆無。どうやら、外面だけはよい王太子に見染められたことで浮かれていただけのようだ。しかし、宮廷に身を置くうちに、彼女は真実を知っるようになった。レオンハルトが、長年貢献してきたエレオノーラを、言いがかりのような理由で追いやったという非道な真実を……
「いつか自分もああやって切り捨てられる?!」
そう感じたマリアは恐怖に駆られていた。加えて、エレオノーラを慕う貴族たちから冷たい視線を浴び、侍女たちからは陰口を叩かれている。それなのに、レオンハルトは彼女が味わう疎外感を全く理解しようとせず、むしろ「お前さえいればいい」と、物のように扱っていた。
彼女は悟った。この男の元に居たら、ロクな未来がない。最悪、破滅の道連れになる、と。
「なんとしてでも逃げないと!!」
そんなマリアに、セレスティアは近侍を通じて密かに接触した。
「兄上から逃げたいのであれば、私が手を差し伸べてあげましょう」
マリアは驚きながらも、涙を流しながらその手を取った。
だが、側近の一人が懸念を示した。
「セレスティア様、いいのですか? あの者は今回の面倒ごとの張本人ですよ。彼女がいなければ、ここまでの騒動には――」
「いいのよ。彼女は面倒ごとの『きっかけ』にはなったけど、『大本の原因』じゃないわ。原因は、兄上の無分別さと、それを止められない、あるいは止めようとしない父上。マリアはただ、無知故に巻き込まれただけ。彼女がこのまま留まり続けたら、兄上の次の気まぐれの犠牲になるか、あるいは貴族たちの恨みの的となるか、どちらにせよロクな目に合わないわ。それに……彼女が逃げる事で打てる手もあるのよ」
側近は最後までセレスティアの言葉の意味を理解できなかったが、命令には従う事とした。
こうして、マリアはレオンハルトの知らない内に、姿を消したのである。
マリアが居なくなった事に気付いたレオンハルトは荒れた。
「あの女は俺のものだ!なんとしてでも見つけ出して連れ戻せ!」
名ばかりな王太子専用の執務室で喚き散らす王太子の主張は、「マリアは自分の所有物であり、その生死すら自分の自由にできる」というものにまでエスカレートし、同席していた側近たちすら戦慄させた。
「我が兄上ながら、本当に愚かだわ」
陰からその様子を見ていたセレスティアは、冷ややかに呟いた。
側近たちの目には、もはや失望と諦めしかなかった。この王太子に仕えていれば、いずれ自分たちも、マリアやエレオノーラのように、使い捨てられる時が来るのでは……そう思い始めたのだ。
これこそが、セレスティアがマリアを逃がした真の狙いであった。
次に、セレスティアが行ったのは味方作り。
最初のターゲットは、かねてからその才覚を認めてくれていた者達。「セレスティア様が王になってくれれば、この国は変わる」と願っていた者達だ。
彼等は今までだとセレスティアの意を酌み、その願いを心の憶測に仕舞い込んでいた。
それを、セレスティア自身が「本気で王位を目指す。協力してほしい」と告げるのだ。まさしく青天の霹靂だったといえよう。
「……本心で、ですか?」
老練な官僚が代表として震える声で確かめると、セレスティアは面倒くさそうでありながらも、確固とした意思を持って答えた。
「ええ。だって、アレの後始末という終わりのない面倒を引き受けるより、自分がトップに立って面倒そのものを生み出さないようにする方が、よっぽど合理的でしょう?」
その言葉を聞いた者たちは、即座にセレスティアへ忠誠を誓って支持する「セレスティア派」として結束した。
以後も、セレスティアの勧誘は続く。非効率な旧体制にうんざりしている新興貴族、有能だが出世の糸口を失っている官僚、財政難に頭を悩ませる商人の代表たち。
そんな者達と接触し、「将来的な面倒を減らすため」という合理主義の「改善案」を出す事で、自身の王としての器を示した。
彼等は皆、セレスティアに未来を託す支持を表明。「セレスティア派」に加わってくれた。
水面下で着実に味方を増やすセレスティア陣営。そこへ、決定打ともいえる追い風が吹いた。
レオンハルトに婚約破棄を宣言され、その汚名を晴らす機会のないまま国を去ったエレオノーラの両親。王国随一の権力を持つ公爵家が、セレスティア派に加わりたいという連絡が来たのだ。
接触を試みたセレスティアに対し、公爵は静かに、確かな熱を帯びた声で語った。
「王女殿下。我が娘は、長年ただ王太子の過ちを補う道具として使われ、最後は使い古されるように捨てられました。あの愚かな王太子を許すことはできません」
公爵夫人は涙をぬぐいながらも、毅然として続けた。
「王太子も許せませんが、私達が真に許し難く思うのは、老王です。我が娘がどれだけ苦労し、どれだけ不当に扱われているかを知りながら、ただ『長子相続』の名の下に、あの愚かな王太子を擁護し、次の『犠牲』を探すことしか考えてません。問題の根本的な解決を、一切試みようとしなかったのです」
「私達は、我が娘の受けた汚名を、血でもってその報いを受けてもらいたいと思ってます。ですが、それ以上に、この腐った体制そのものを、根こそぎ変えなければならないとも思ってます。そんな私達の願いを……セレスティア様に託したいのです。どうか、私達の願いをかなえてください」
「わかりました。ですが、私は面倒ごとになりえる血濡れた玉座を望みません。穏便な形でよいのでしたらお二人の願いを叶えましょう」
「わかってました。私達も好き好んで血を流したいわけでもありません。穏便な形を望むのでしたら、血気盛んな者達を抑えてみせましょう」
公爵家夫妻は宣言通り、自身の派閥を引き連れてセレスティア派と合流。同時に血気盛んな者達、とくにエレオノーラを慕うあまりに武力行使を起こしそうな面々を宥める事に尽力してくれた。
後は頃合いをみて、レオンハルトの側近のうち、良心と現実を見据える者たちに対して、懐柔の手を伸ばした。
「次の『マリア』はあなた方の中から出るかもしれない」
「このままでは、王国ごと、王太子の沈没船に引きずり込まれる」
そう説かれた側近たちは、レオンハルトを見限ってセレスティア陣営へと移った。
こうして順調に自身を支持してくれるものを集めていくアリスティアであったが、ここで弊害が起きた。
自陣営が短期間で急速に膨れ上がったせいで、内部抗争が発生したのだ。セレスティアはその統率に、これまでにない「面倒さ」を感じた。意見の対立、権益の調整、保身からの駆け引き――どれもが煩わしい。
しかし、彼女は逃げなかった。
「今、ここでしっかり調整しておかなければ、私が王になった後で、派閥争いという大きな面倒が発生する。それは絶対に避けなければならない」
公爵夫妻の助言を聞きながら夜を徹して会議を重ね、各者の主張を整理し、王位についた際の各自の役割と恩恵を明確に提示した。
その過程は彼女にとって地獄のような煩雑さだったが、将来のより大きな面倒を避けるための投資だと考え、耐え抜いた。
こうした万全の準備と根回しによって整えられた謀反は、ある日唐突に行われた。
疾きこと風の如く、
静かなること林の如く、
侵略すること火の如く、
動かざること山の如し
この王女様がやったことは、『風林火山』そのものなんじゃね?




