↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海の音が聞こえる  作者: 渡白 斐陽
海の音が聞こえる
PR
9/28

1章9話「なまらめんこいって言えや!」




 その後、僕はうみちゃんをひたすら待っていた。


 今日で一週間になるけど、うみちゃんはまだ来ない。お店の手伝いが忙しいのかな。しばらくお手伝いしてなかった分、きっといっぱい頑張っているんだろう。


 ところで、彼氏とはどうなったのかな。僕と会えるってことは、もう別れたとか? それとも、許可が出た? まだ何も聞いていないから、下手に期待したくない。とにかく、またうみちゃんと話せるのなら今はそれでいい。


 この寂しい場所に、華やかな音が再び響くのなら何だって良かった。


「……今日もまだ、来ないかな……」


 僕の頭上は晴れているけど、遠くの方に雲が見える。ちょうど、目の前をゆったりと横切る船の真上あたりだろうか。


 右側では太陽が傾きかけていて、力強い白光から暖かなオレンジ色に変わりつつあった。コンタクトだと、メガネの時よりも眩しく感じる。


 よく考えたら夕日をちゃんと見たことがなかった気がするな。うみちゃんといると、僕は左側ばかりを見ていたから。


「ケンちゃん!」


 呼ばれ慣れた名前が背後から聞こえた。僕のことをこうやって呼ぶのはうみちゃんしかいない。けど、僕の心臓は静かなまま。


「そんなんで僕が騙されるとでも思ったのか、河口」


 振り向くと、真っ直ぐな金髪が潮風になびいていた。


「慰めようとしただけでしょや」


「お前の慰めとか要らないから」


「乙女の優しさを無下にすんな」


 言いながら、河口が僕の隣に腰かける。誰が乙女だよ、ということは黙っておいた。そもそもうみちゃんと会えたのは、こいつが間接的にメガネを壊したおかげかもしれないし。


 バレたら殴られそうなことを考えている僕をよそに、河口がドヤ顔で報告してくる。


「あのさ、この前の車。誰かわかったよ」


「……さすが!」


 やはり河口は顔が広いだけあるな。感心しつつ、僕は興味津々に河口を覗き込んで続きを待った。


「あの車、宇美の元カレの兄ちゃんのらしいよ」


「ん? ああ……兄ちゃん。…………は?」


「あいつ、兄ちゃんに恋愛相談しまくってたらしくて」


「うん」


「気になった兄ちゃんがここに寄ったら」


「はい」


「雨の中あんたが佇んでたってわけ」


「なるほど」


「やべー奴だと思ったって言ってたよ。わやウケる」


 とても愉快そうな河口に、僕は頭を抱える。聞きたいのはそこじゃなくて、もっと重要な部分だ。


「っていうか、元カレってどういうこと?」


 河口は未確認生物でも見たかのような表情を向ける。いや、その顔をしたいのは僕の方だぞ。


「あんた……宇美から何も聞いてないの?」


「また今度来るってことは聞いたけど」


「……そこは本人に聞きな」


 河口の言う通りだ。嬉しい気持ちは一旦あたまの隅に追いやって、僕はしっかりと頷く。


「ありがとう、なっちゃん」


「……な、何、なんで急にあだ名で呼ぶのさ!」


「さっきの仕返し」


 大げさに焦りだした河口は、夕日を浴びてほんのり赤く染まっていた。気づけばもうこんなに陽が落ちている。もう少しで完全に沈むところだ。


「本当にありがとう、河口」


「……なんも。うちと吉野の仲でしょや」


 言いながら、河口がフッと僕から顔を逸らす。太平洋と向き合っているみたいだ。


 僕も同じように視線を前へ向ける。上の方には、美しい空が広がっていた。


 水と空の境目は白い線が引かれ、その上はオレンジ。そしてそこから、グラデーションのように少しずつ水色になる。遠くにあった雲が千切れては、上へ上へと浮かんでいった。


「吉野は、宇美に告白できそう?」


 まんまるの夕日が地平線に隠れて、半分に欠けている。あともう少しで消えてしまいそうだ。


「この前したよ。勘違いされたみたいだけど」


「……そう、だったんだ」


 あと3分の1ほどで夕日が消えてしまう。そこから完全に沈み切るのは、時計を無理やり進めたように一瞬のことだった。


「マジで叫ぶとは思わなかったわ」


「河口の姿を思い出したら、体が勝手に」


「たいした良いっしょ。ああやって叫ぶの」


「うん。伝わらなくても、良いものだね」


「……そだね。伝わらなくても」


「あの時の河口、なまらカッコよかったよ」


 あれほど光っていた夕日が地平線に飲まれる。遠くに見えた船ももう、視界から消えるところだ。


「……河口? どうした?」


「……吉野のバーカ!」


 最後の汽笛が、震えながら辺りに響いた。


「なまらめんこいって言えや!」


 紫のベールが、オレンジと水色の空を包み込む。


 すべての色が混ざりあって、真っ黒になって。こうして夜になっていくのだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。