1章8話「そんなに、好き?」
次の日、僕はいつもの防波堤に来た。
もちろん、うみちゃんはいない。河口も来てない。誰もいないコンクリートが僕を出迎える。
昨日から僕はずっと考えていた。うみちゃんと話す方法を。河口は告白しろと言ったけど、それよりまず家族についている嘘について聞かないといけない。
そもそも彼氏がいるんだし、僕の気持ちを伝えたって迷惑に決まってる。例え中学の時は両思いだったとしても、だ。
「平日の夜じゃ遅いから……うーん」
一人でぶつぶつと呟きながら、体が揺れる。何か思案する時は動いた方が良い、と聞いたことはあったけれど、どうやら事実らしい。
「朝は僕の方が早く出てるし……」
あれこれ考えているうちに、僕は階段を降りていた。足元が砂になってようやく我に返る。
昨日の河口のせいだ。なんとなくサンダルの跡が残っている気がするし、汽笛が木霊している気がする。ぜんぶ気のせいだと思うけど。
思えば、この砂浜に降りたのはかなり久しぶりだ。小学生の頃、うみちゃんと一度だけ降りたきり。
新品のスニーカーをめちゃくちゃに汚してから、もう降りていない。
「とにかく、話す方法を考えないと……」
思い出に浸りそうになったところで、慌てて思考を戻す。そういえば、河口はうみちゃんの連絡先を知ってた。河口に聞けば良いのか。
でも、告白するって約束しないと教えないとか言われそうだな。あと、直接言えよ、とか。あいつなら言いかねない。
連絡先を聞かずにできるとしたら、手紙かな。それだとポストに入れたらうみちゃんの家族に発見されそうだ。いつも会っている設定なのに手紙はおかしい。
「やっぱ会うしかないんだよな……」
結局どう会うかが思いつかなくて、僕は考えることをやめた。
近くで鳥の鳴き声がする。カラスとは違った、どこか阿保っぽい声だ。まるで今の僕のよう。さしずめ、うみちゃんの彼氏がカラスといったところか。
僕が砂浜の鳥なら、誰よりもお似合いなはずなのに。
落ち込みかけた頭を、波が持ち上げさせた。一定のリズムを刻む音が心地いい。僕は導かれるように、靴を脱ぎ捨てて水へ向かった。
千切れた昆布とか、砕けた貝殻とか、色んなものを蹴飛ばしていく。
「つめたっ」
夏とはいえ、素肌に触れる水はひんやりとしていた。濡れた砂は底無し沼みたいで、思ったより足が埋まる。奥へ奥へ沈んでいく感覚がちょっと不思議だった。
波は砂を巻き上げながら迫ってきて、僕の膝下を巻き込みながら去っていく。油断すると足が持っていかれそうだ。
引き波が太平洋に還っていく時、僕も砂と一緒にサラサラと溶けてしまいそうな感覚に陥った。
「……うみちゃん」
実際、このままひとつになれたら良い。
「うみ……、宇美」
ここで叫ぶ河口は、カッコ良かった。全身で好きって伝えてるみたいで。僕ももっと早くああしていれば。
「宇美、ずっと……ずっと、前から……」
今更すぎる。こんなこと。
「ずっと前から、大好きだーーーー!!」
もう、届かないのに。
「そんなに、好き?」
不意に後ろから声がする。
聞いた瞬間、落ち着かなくなる心臓。あまりにも大きく脈打つせいで、体が鼓動に合わせて揺れた。
嬉しいような悲しいような、どこか切ないような波に包まれる。良かったね、とでも言いたげな船の汽笛が控えめに重なって、やがて消えていった。
僕の大好きな音が、ようやく戻ってきた。
「そんなに海が好きなの?」
振り向けば、道路のところに自転車を押さえたうみちゃんが立っている。身につけているのはうみちゃんらしくない服やアクセサリーばかりだった。
「あ、……えと……その、うみちゃん」
うみちゃんは、まだ僕が太平洋マニアだと思ってるようだ。それなら訂正しなくちゃいけない。でも、わかっていてわからないふりをしている可能性もある。
いざ本人を前にすると、一切の言葉が出てこなかった。ドギマギしている僕をよそに、うみちゃんから話を切り出される。
「ケンちゃんを使って家族に嘘ついてたの。ごめんね」
「う、うん。いいんだよ」
「正直に話して、いっぱい怒られてくる」
ちょっとイタズラっぽく笑う、うみちゃんが可愛い。前と変わらず可愛い。例え、彼女が他の誰かのものだとしても。
「そっ、か。……そっか」
「うん。これからは、今までの倍お手伝いしなきゃ」
うみちゃんは、僕の知っている昔の姿と何も変わっていない気がした。
お父さんとお母さんが大好きで、お店のお手伝いを毎日がんばっていたうみちゃん。お父さんの新作のケーキを誰よりも楽しみにしていたうみちゃん。
僕と毎日、話をしてくれたうみちゃん。
「頑張ってね。母さん、来週お店に行くって」
僕との時間はもうないとしても、うみちゃんがまたお手伝いをする気になったなら嬉しい。彼女のお父さんお母さんも喜ぶだろう。僕の母さんも安心するはず。
寂しさを隠して笑顔を作る僕に、うみちゃんは優しい口調で言った。
「ありがとう。……落ち着いたら、ここ来るね」
ここ、来る? 聞き間違いか? 今、うみちゃんはなんて言ったんだ?
パニックになりながらうみちゃんを見る僕に、照れたような頷きが贈られた。
間違いない。うみちゃんは、ここに来るって言ったんだ。聞き間違いでも勘違いでもないぞ!
「ほ、ほんと……!? 待ってる、待ってるから!」
棚からぼた餅とはこのことだ! どういうことかわからないけど、うみちゃんがまた来てくれるなんて!
嬉しさのあまり全然カッコよくない返事をしてしまったけど、とにかく嬉しい。僕の善行を神様が見ていてくれたのかな? ありがとうメガネ!
「うん……ありがと。したっけ、ママと話してくる」
「いやいや、こちらこそ! 気をつけて帰ってね!」
ニヤけるのを必死に抑えながら、去っていくうみちゃんの自転車を見送る。
ああ、うみちゃんが今度ここに来るんだ。ずっと待っていた甲斐があった。諦めなくて本当に良かった。また会える日が楽しみだなぁ!
僕はあまりの嬉しさで、ぜんぶ忘れていた。
うみちゃんと彼氏がどうなったかとか。
自分の告白が失敗したこととか。




